旅の途中




すっかり夜が更けていた。
いつの間にかすっかり遅くなってしまった。
美希はふうっと大きくため息をついてパソコンの蓋を閉じた。
すべてはロンの仕組んだ大きな計画だった。 そのためにダンさんや理央や大勢の人々が犠牲になった。
この件についてレポートを書くのが美希の役目だったが、 とてもじゃないがそのすべてを理解し納得し冷静に振り返ることなんてできない。 レポートを上げるにはまだしばらく時間がかかりそうだ。

もう誰もいない居室を出て静かな廊下を歩いていると、 道場に明かりが見えた。
今ごろ誰が?
不審に思って道場の中に入ってみると、 そこにはゴウがいた。
黙々と型を続けている。
これは……
激獣ライオン拳だ。

懐かしい。 さんざん苦労させられた臨獣ライオン拳ではなく、理央がここで共に修行していた頃に使っていた獣拳のライオン拳だ。 以前はよくゴウもこんなふうに練習していた。
美しい。
理央のライオン拳は力強く拳も蹴りも重い。 だがゴウのライオン拳は理央のそれとは違って重いというより華麗で美しい。 この独自の美しさが紫激気に繋がる。
同じ型でも理央とゴウでは全然違う。昔からそうだった。

年月がたちいろんなことが変わったのに、獣獣全身変を使ったために歳を取っていないゴウは 見た目も動きもあの当時のままだ。
この先彼の身体の時計が動き出して歳を取り始めるのか、それともマスターたちと同様に不老のままなのか。 もう少し時がたたなければ誰にもわからない。


不意にゴウが動きを止めた。
「美希」
「ごめんなさい。邪魔しちゃって」
「いや。気づかなかった。相変わらず気配を消すのが上手いな」
気配を消していたつもりはなかったが、前にもそう言われたことがある。 ダンさんに憧れ、ゴウや理央に驚かされ、彼らの練習を見るのがおもしろくて仕方なかった。 邪魔しないように息を殺して見ていたから、気配が消えていたのだろう。
ゴングチェンジャーを作ることができたのもゴウの練習をずっと見ていたからだ。 ゴウや理央という優れた仲間と共に学び彼らの練習を見ていたことが、後の開発の仕事に繋がったのだった。


「ゴウのライオン拳、久しぶりに見たわ」
「結構覚えているもんだな」
美希が差し出したタオルを「ありがとう」と受け取りゴウは汗を拭いた。
狼男になっていた十数年のことはまったく覚えていない。 それなのに過去の記憶は鮮明だ。
「理央に勝ったことは一度もなかった」
「ゴウ、あなたの獣拳は理央の獣拳とはまったくタイプが違うものよ」
「ああ、わかってる」
勝ったとか負けたとかは意味のないことだと美希は言いたいのだろう。 それはゴウにもわかっている。

だた、それでも一度ぐらいは勝ってみたかった。
天地転変打で命がけで臨んだ時でさえ理央には敵わなかった。 あの時負った傷はまだ完全には癒えておらず時々痛む。
あの時、理央はとどめを刺さなかった。 友達の命を奪うのは忍びなかったのか。
理央にとって自分は最初から最後まで友達で終わった。 それが誇らしくもあるが、同時に空しくもある。
理央が生きていてくれたら一度ぐらいは勝つことができたかもしれないが、もうそんな夢は持てない。

「ゴウと理央と私で、トライアングルを作らないかと言われたこともあったわね」
「ああ、そんなこともあったな」
確かマスターシャーフーの提案だった。
「3人とも我が強いから無理だろう。レツたちのようにはいかない」
「あら、私も我が強い?」
「違うのか」
「まあ、そうだけど」
美希は笑った。
「だけど、私は実現したらおもしろいと思っていたのよ。3人の個性をうまく利用できたら強い力になったんじゃないかしら」
「どうかな」
強い力になる前に、お互いの力でお互いが潰れてしまいそうだ。 ゴウは人に合わせるのが苦手だし、理央はそもそも誰かと一緒にやろうなんて気はなかった。
昔の3人だったら到底無理だっただろう。
だが、今だったら。
自分はゲキレンジャーに加わり協力することで生み出す力を実感したし、理央の気持ちも安定した。 もし、今理央が生きていたら可能性はあったんじゃないか。

馬鹿だな。
ゴウは自分に失笑する。
もし、なんてことがあるわけがないのだ。 理央は死んだし、美希は引退した。それが今の現実だ。 3人がそれぞれ修行に励んでいた頃とは何もかも変わった。
俺だけがあの時のままだ。

「ずっと理央を追って生きていたような気がするんだ」
こんなことは誰にも言うつもりはなかったのに、つい口にしてしまう。
「だが本当はそうじゃない。俺には、理央とも獣拳とも無縁のところで生きていた年月がある」
「そうね」
頷く美希の目は優しい。
こんなに優しい目をする女性になるまでに美希は長い年月を生きてきた。 現役を退き、開発の仕事をするようになり、生涯を共にする男性と出会い、 そして子どもを生み育てた。
その年月、理央はダンさんを倒し臨獣殿を復活させ、メレと出会い、強くなるために過ごした。
それは幼かったレツが成長し、獣拳を学び立派な一人の男になった年月でもある。
その間、俺は何をしていたのか。
その年月、俺は確かに生きていたのだから、何もしていなかったはずがない。

「美希、俺は旅に出ようと思ってる」
唐突とも思える言葉だったが、美希はすぐに頷いた。
「そう」
なくした時間を取り戻せるとは思っていない。だが探しに行かなければ前に進めない。
「長期休暇の手続きをするわ」
「休暇……ね」
「そう。休暇だから。退職とは違うから」
美希はゴウの前に立ち、まっすぐゴウの顔を見上げた。
「もう、あんなには待てない。必ず戻ってくると約束して」
「美希……」
「そこでどんなことがあったとしても、もしゴウの知りたいことが何もわからなかったとしても、必ずここに帰ってきて」

ああ、美希はすっかり察していたのだ。
「私もレツも、みんなも待ってる」
狼男だった自分がいいことばかりやっていたとは思えない。 もしくはそれ以前の問題で、何も見つけ出せないかもしれない。 旅の果てに何が待っているのか予想ができない。
それでも、それがどんな旅になったとしても、俺には帰る場所があるらしい。
「まいったぜ」
ゴウはふうっと息を吐いて笑った。
「美希はいい母親なんだろうな」
「え……。何言ってるのよ」
頼りになって大らかで、帰りを待っていてくれそうなそんな目をしている。 若いころとは違う瞳だ。
「今度は土産を買ってくるよ」
そう言って笑えば
「楽しみにしてるわ」
美希も笑顔を返した。






 

 


初めて書いたゲキの話。

 

 

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