ブルービーズ

 

目の前に置かれた2つの携帯ストラップ。
1つには青と白と透明のビーズが編みこんである。もう1つは同じデザインの色違い。 青ではなくてオレンジ色のビーズが使われている。 ちょっと色が違うだけで随分印象が変わるものだ。
「天美さんは、どっちが好き?」
質問の意図を図りかねてなんと答えたらいいのか迷って、ひとみの顔をしばし見つめた。
ひとみはいつもと同じようにニコニコと笑う。常に笑顔を絶やさないポーカーフェイスだ。
「どっちも綺麗」
素直な気持ちを口に出せば、ひとみは更に嬉しそうに微笑む。
「どちらかと言えば、こっちが好き、かな」
正直に、青い色のビーズのストラップを指差した。
「やっぱり? なんとなく天美さんはこっちだろうなって気がしてた」
「持田さんが作ったんですか」
「そう」
「すごい。器用なんですね」
「そんなことないよ。よく見るとこういうところとかちょっと揃ってなくて。全然きちんとできてないんだけど」
ひとみは青いストラップを手に取って、あきらに差し出した。
「あのね。よかったら使って」
「え?」
「私がこっち」
そう言って、もう片方の手でオレンジの方を手に取る。
「どうして」
「えっと、これ作ってたら、天美さんとお揃いにしたいなあって気がして急にもう1つ作りたくなったの。 天美さんには青い色が似合うかなあ、なんて思って。だから」
「いいんですか」
うん、と頷くひとみから、おずおずと青いストラップを受け取った。 手の中で青いビーズがキラキラと光る。オレンジのも綺麗だけどあまりにも華やかで可愛らしくて、 やはり自分にはこっちの落ち着いた色合いのほうが好ましい。
「嬉しい。ありがとうございます」
「よかったぁ」
顔を上げれば、目の前にひとみの満面の笑み。 本当に嬉しそうに笑ってくれるから、一緒にいるとこっちまで幸せな気分になる。 自然にあきらの顔にも笑みが零れる。



上着のポケットから携帯電話を取り出そうとした時、いつもと感触が違うことに気づいた。
電話を引っ張り出すと、小さなビーズがポロポロと床に零れ落ちた。
「あ……」
いつの間にかストラップのビーズがテグスから外れている。 慌てて零れ落ちたビーズを拾い集めた。
落ちたビーズを集めるために 台所から小さなボールを持ってきて、ポケットを裏返してポケットの中に落ちている青や白や透明の 小さなビーズをボールの中に全部空ける。
パラパラと音を立ててボールの中にキラキラとビーズが落ちて行くのを呆然と見つめる。
すべてのビーズを拾い集めることができたのかどうかわからない。

どうしよう……。

今日は魔化魍に遭遇した時に吹き飛ばされて転んでしまったから、その時に潰してしまったのだろう。
よく考えれば当たり前のことだった。
携帯電話は重要な連絡手段だから常に手放すことはできない。 鬼の弟子である以上走ったり転んだり怪我をしたりということはたびたびあることで、そんな場所に こんなに可愛らしくて華奢なストラップを付けていくべきではなかった。
甘かったのだ……。
日常の生活も大事にするようにとイブキさんに言われたけれど、だからと言って魔化魍を相手にしている時に日常を 引きずっていいわけがない。
わかっていたつもりだったのに。
わかっていなかった。
その結果がこれだ。
せっかく作ってくれたのに……。



なかなか学校に行くことができなくて、やっと行けるようになってもストラップのことは言い出せなくて、 どうしようかと思うままに時間だけが流れた。
「天美さん、久しぶり!」
久しぶりに登校した教室で、ひとみがオレンジ色の携帯ストラップを揺らしてみせたので、やっと言い出す決心がついた。
この笑顔を裏切りたくない。この人の信頼には誠実に応えたい。
「持田さん……」
「え、なに?」
「ごめんなさい」
思い切って切り出せば、ひとみは不思議そうな顔をする。
「携帯、ポケットに入れたまま転んじゃって」
バラバラになったストラップを見せる。テグスから完全に外れてしまったビーズは小さなマッチ箱の中に入れてある。
「あれ?」
「ごめんなさい。せっかく作ってくれたのに」
ひとみは差し出されたストラップを見つめた。
「壊れちゃったんだ」
残念そうな顔をしていたのかもしれない。そんなひとみの表情を見るのも申し訳なくて、 どうしていいかわからず、ただ俯くしかない。

「治せるよ」
顔を上げると、ひとみはいつもと同じように微笑んでいた。
「え……」
「落ちたビーズ、殆ど拾ってくれたでしょう。だからまた作り直せるよ」
「ほんとに?」
「うん。だから天美さん、泣かないで」
「え?」
驚いて、ひとみの顔をまじまじと見つめる。
「なんか泣きそうな顔してる」
私が?
泣くとしたら、それは自分ではなくて、せっかく作ったストラップを壊されたひとみのほうではないかと思う。
それなのに私が泣きそうな顔をしてるというのか。
「オリエンテーリングしてるんだよね」
それは安達君が言った嘘。
だけどそれを嘘というわけにはいかなくて、そっと頷く。
「大変なんだね。転んだりとかするんだ」
「……そう」
「ごめんね。ちゃんと治せるから、ちょっとこれ貸してて」
謝らなければならないのは私のほうなのに。
「今度は、キーホルダーに付けます」
携帯に付けるのは無理だ。また壊してしまう。
「それなら壊さないから」
それなら、きっとひとみの善意に応えられるから。
「うん」
ひとみは、満面の笑みをあきらに向けた。



家の鍵をあけようとする時に鍵に付けられた青いストラップを見るとほっとする。 鬼の弟子として行動する時間が終わったことを教えてくれる。
イブキさんの弟子として行動していても、それなりにリラックスしているつもりだったけれど、やはりどこかで緊張は していたのだろう。 キラキラ光る青いストラップは、鬼の弟子から普通の高校生へ戻るときの気持ちの区切りになってくれた。


だけど、もうそんな区切りも必要ない。
鬼の弟子を辞める。
そうイブキさんに告げた。
もう携帯ごとストラップを踏み潰すようなことはない。

青いビーズのストラップを、家の鍵から携帯電話に付け替えた。
もともと鍵ではなくて携帯に付けるために作られたものだから、こっちのほうがしっくりくる。
もうこの携帯にイブキさんから緊急の呼び出しが入ることはない。 おそらく香須実さんや日菜佳さんから連絡が入ることもないだろう。 それならいっそ携帯なんて私には必要のないものかもしれない。
考えて考えて決心して決めたことだから後悔はない。


そんなことを思っていたら、手の中で携帯電話が震えた。
「はい……」
「もしもし」
電話の向こうから聞き覚えのある低い声が聞こえた。
どうしてか不意に泣きたくなった。





 

 




 

 

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