待機

 

イブキさんとトドロキさんを送り出して、暫くその場に立ち尽くした。
一緒に行けないのは仕方ない。
昨日の闘いで土蜘蛛と武者童子がとんでもない力を持っていることがわかった。
鬼になることができない私は、イブキさん達を助けるどころか足手まといになる危険さえある。
だから同行せず、待たなければならない。

わかっている。
わかっているのだ。理屈では。

だけど、一緒に行きたい。こんなところで待ってなんていたくない。
はあーっ、とため息を付いてしまって、はっとする。 今日は1人じゃない。
そっとザンキさんに目を遣ると、こっちには背を向けて机の上の地図を見ながら携帯電話に出ていた。
ため息なんて聞かれたくなかったからほっとする。ため息なんて周りの人のやる気を削ぐだけのものだ。
「エイキがこっちへ向かってるそうだ」
電話を閉じながらザンキさんが振り返る。
「エイキさん、怪我は大丈夫なんですか」
「大丈夫だって本人は言ってるからな」
「はい」
負傷した上高い崖から転落したというのに、もう復帰して闘うのだ。 それは鬼としてはごく当たり前のことだ。よほどの大怪我じゃなければ自分の力で治せてしまう。 治せるぐらいの力がなければ鬼にはなれない。
私にはまだそんな力はない。

焦っちゃ駄目だ。
イブキさんに言われたこの言葉を肝に銘じているつもりだけど。
だけど
焦る。

「鬼は待つのが仕事みたいなもんだが、すぐそこに魔化魍がいるのに待ってなきゃならないのは、まどろっこしいな」
唐突にザンキさんが切り出した。
「……はい」
さっきのため息を聞かれたのだろうか。恥ずかしい。
「まあ、おまえは、もうすぐ鬼になって嫌でも出て行かなきゃならない日がくるから」
もうすぐ。その言葉を聞いて鼓動が上がる。
「もうすぐ、でしょうか」
「ああ」
もうすぐというのはいったいいつのことだろう。数か月なのか数年なのか。 具体的にはあとどれぐらいだと思うか聞いてみたいけれど、そんなことを聞けるわけがない。
その時遠くで車の音が聞こえた。



車から降りたエイキさんは、ザンキさんと私に深々と頭を下げた。
「すみません。俺が仕留め損なったんで迷惑かけてます」
「何言ってんだ。そんなことより足の具合はいいのか」
「はい。もう大丈夫です。気分も爽快です!」
「そ……れはよかった」
「あ、ザンキさん、今 "そうかい" って言おうとしたでしょ」
「……してない」
「またまた」
エイキさんは笑いながらザンキさんの背中をポンポンと叩いて、地図を覗き込んだ。
「それで、イブキとトドロキはどのあたりを?」
エイキさんの言う駄洒落はいつもどこがおもしろいのか全然わからないのだけれど、この人がいると雰囲気が明るくなる。
怪我をしてまた同じ状況に臨もうというこんなときに時にどうして冗談なんて言ってられるんだろう、って思うけど、 鬼の人はみんなこんな感じだ。
駄洒落を言う人はいないけど、イブキさんもヒビキさんも、かつてはザンキさんも現場に向かう直前までいつもと変わらなかった。 最近はトドロキさんだって余裕があるように見える。
それでいて童子や姫や魔化魍に対した途端、一気に集中する。
私もそんなふうにならなければならない。

いつも緊張してたら持たない。
これもイブキさんに言われることだ。
緊張したり、休んだり、気持ちの持って行き方が難しい。

「じゃあ、俺も行って来ます」
エイキさんが地図から目を上げた。
「ああ、気をつけてな」
「いってらっしゃい」
ザンキさんが声をかけて、私が切り火を切ると、 走り出そうとしていたエイキさんはいったん立ち止まった。
「いいな。見送ってもらえるのも」
エイキさんは弟子もサポーターも持たず一人で行動しているから、こんなふうに誰かに見送られることは珍しいのだ。
にっこり笑って私たちに片手を上げると、背を向けて走り出した。


エイキさんが賑やかに出かけてしまえば、また静寂が待っている。
土蜘蛛と武者童子についてのいろいろな可能性はきのうのうちに検討しつくしたから、 とりあえず今現在するべきことはない。
ザンキさんは、さっき私がイブキさんを見送って立ち尽くしていた場所に立ったまま、エイキさんが駆けて行った道を見ている。
なんとなくザンキさんの後姿を見ていたら、踵を返したザンキさんと目が合った。
「3人いればなんとかなるだろう」
「はい」

……すぐそこに魔化魍がいるのに待ってなきゃならないのは、まどろっこしい。

もしかしたら、この人も本当は行きたいんじゃないんだろうか。
引退したと言っても、つい数か月前までは鬼として闘っていたのだし。 3人いればなんとかなるなら4人ならもっとなんとかなるかもしれない。 私じゃ足手まといになるだけでも、ザンキさんならイブキさんたちを助けることもできるはずだ。
「どうした?」
何か言いたそうな表情でもしてしまったらしい。
「いえ」
ほんとは行きたいんですか。なんて聞けるわけもない。
聞いてもどうにもならない。
ザンキさんも私もここで待っているしかない。
「なんでもありません」


魔化魍がすぐそこにいるなんて信じられないほど、ここは平穏だ。
鳥の声が聞こえる。
「あ、トンビ」
鳶が輪を描いていた。
武者童子はともかく、巨大な土蜘蛛が現れれば鳶だってもう少し焦ってるだろうから、 土蜘蛛はまだ姿を見せていないのだろう。
「やけに平和だな」
ザンキさんも私と同じように、静かな空を見上げている。








 

 


この後あきらやザンキさんがそれぞれあんなことになるとは想像もできない頃に書いた話です。

 

 

ヒーロー小説目次へ

HOMEへ