今夜はカレー
「ガキだな」
アヤセにからかうように言われてムッとする。
「ガキなんですね、竜也さん」
シオンにすまなそうに言われて力が抜ける。
確かに辛いものは苦手だ。
だけど、それにしたってこのカレーはあまりにも辛すぎる。俺じゃなくたって食べられない、と竜也は思う。
「かれえよ」とドモンが顔を顰める。
ユウリは何も言わずに黙々と食べているが、手で額の汗を拭った。
「でも、まあカレーはかれえよな」ドモンは顔を顰めつつガンガン食べる。
「ちょっと辛すぎるけど、でもおいしいわよ」ユウリが淡々と食べる。
アヤセとシオンは異様に辛いもの好きなので嬉々として食べる。
そんな……。食べられないのはやはり俺だけなのだ。
ガックリである。
竜也には好き嫌いはない。
食べ物のアレルギーもないので、なんでもおいしく食べることができて幸せだなあ、と思っている。食べることが好きだし、おいしい物を作るのも楽しい。 人が作ってくれたものも大概はおいしい。
出されたものを残すなんてもってのほかだ。
そう思っているのだが、一つだけ苦手なものがある。
辛いものが駄目なのである。
別にガキだからじゃない。うちはだいたい、かあさんも親父も辛いものはあまり好きじゃなかった。だから俺がガキだということと、このことは全く関係がない。
そう思っている。
トゥモローリサーチで最初にカレーを作ったのはドモンだったと思う。中辛というカレールーを使っていた。正直に言えば、それもかなり辛すぎると思った。 本当は甘口がよかった。でもそれはいくらなんでも他のみんなに悪いと思ったから我慢した。中辛ぐらいならまだ大丈夫。辛いものは苦手だってこともばれなかった。
しかし、シオンが修理の仕事のお得意さんからもらって来た韓国土産のキムチをほんのちょっとしか食べられなかったことで辛いものが駄目だということがばれてしまった。
ばれたのであれば他の面々が気をつかって辛味を押さえた食事をつくってくれるのか、と言うとまったくそんなことはない。
特にシオンとアヤセの2人が食事当番の時にそれを求めるのは無理なのである。
「だから、ちょっとだけ食べればいいのよ」
とユウリに言われ、
「そうそう。ふだん食いすぎてんだからたまにはいいじゃねえか」
とドモンにまで言われ、そりゃそうかもしれないけど、つまんないよなあという感じである。
「じゃあ、今度俺が食事当番の時はこんなに辛いカレーにしなくてもいいよね。ルーを半分だけ使えば、次の時も使えるから節約にもなるしさ」
節約、というところを強調して言うと、ユウリが初めて気づいたらしく
「そうね。2度に分けて使うのはいいかもしれないわね」
と頷いた。
「明日は麻婆豆腐だからな」
アヤセが唐突に言う。
「えっ……」
「その予定だったんですけど……、竜也さん、駄目でしょうか」
シオンはこの時代に来るまであまり辛いものを食べたことがなかったらしいのだが、20世紀でカレーやらキムチやらを食べるようになって、 なんだか目覚めてしまったらしく、本当はなんでも辛くしたくてしょうがないのである。
そしてアヤセの行動は、そんなシオンを煽っているとしか思えない。辛口カレーだとか麻婆豆腐だとかそんなものの作り方ばかりシオンに教えているような気がする。
この間シオンとアヤセが買い出しに行った時に、安売りしていたからと大量に買ってきたのが辛口のカレールーだ。あの時は中辛だって甘口だって安かったのに、 どうして辛口ばっかりなんだよ、と思ったがシオンの嬉しそうな顔を見ていると文句も言えなかった。
今度は麻婆豆腐なのか。
「いや、いいよ。でもできればあんまり辛すぎないように作ってよ」
シオンとアヤセの2人が食事当番というのが、際限なく辛くなりそうで恐しい。
「豆板醤、抜いてやればいいんじゃねえの」
ドモンが珍しくいいことを言う。あ、その意見すごくいい! と思ったが
「そんなのは麻婆豆腐とは言わねえよ」
とアヤセに返される。
「まあ、それはそうだな」
とドモンもあっさり納得する。ふだんアヤセとドモンは意見が合わないくせに、こういう時だけは意見が合うのか。
結局、俺が我慢すればすむってことなんだよな。
竜也はため息をつきたいような気分である。
案の定、次の日の麻婆豆腐はずいぶん辛かった。しかし、これは本当ならもっと辛くなるところだったのだ、とアヤセは言う。 シオンが豆板醤を1ビン全部使いそうになったのをアヤセが止めたのだそうだ。
「シオンは本当に凄いかもしれない」
後日、竜也と二人きりになると、アヤセは言った。
「ビンから直接、豆板醤、全部食っても平気なんじゃないか」
もしかしたら、これはハバード星人の特性なのかもしれない。
「アヤセ、おもしろがってない?」
「そりゃな、シオンがどこまで辛さに耐えられるのかってことには、ちょっと興味があるな」
やっぱり。思ったとおりシオンが辛さに強いことを面白がっている。と同時に竜也が辛さに弱いことも面白がっているような気がする。
「あんなに辛かったら味なんてわかんないんじゃないの」
竜也にはずっと不思議だったのだ。あれだけ辛ければ全部同じ味になってしまうと思う。
「わかるよ」
アヤセは一応竜也の意見を否定したが、ちょっと苦笑する。
「まあドモンもユウリも味音痴だからな。味についてはよくわかってないけどな」
「ええっ、そうかな?」
「あいつらは何食ったってうまいんだ」
「確かにドモンはそうかもしれないけど……」
ドモンは常に何を食べてもおいしそうであるが、微妙な味の違いを感じているようには見えない。
だけど、ユウリはそうじゃないだろう。そりゃ、ユウリが何かを食べてまずいって言ってるのを聞いたことはないような気がするけど、 だからと言って味音痴ってことはない。
「ユウリは味はわかってるだろう」
「わかってねえよ」
「ユウリが味音痴って言うなら、いままで俺が作ってユウリがおいしいって言ってくれた筍御飯や、カボチャの含め煮や、鰯の蒲焼や、ポテトコロッケや、 チーズオムレツの味も実はわかってなかったって言うのかよ」
思わず言い募る竜也の顔を、アヤセが驚いたように見つめた。
「アヤセの言ってるのはそういうことだろ」
「いや……、今言った竜也が作った料理は実際うまかったよ。おまえの作る親子丼も最高だ。長ネギじゃなくてタマネギ使ってるところがいいよな。 ユウリがうまいって言ってたかどうかは覚えてないけどな……」
あれはアヤセが長ネギ嫌いだからタマネギを使っているのだ。あの親子丼はユウリもおいしいって言ってくれた。竜也は覚えている。
「竜也、俺がユウリのことをけなしてると思ってるだろ」
アヤセが真面目な顔で言う。
「そうだろ」
「違う。俺はむしろ褒めてる。何食ってもうまいと思えたほうがどこへ言っても楽にやれる。過去にも未来にもどんな場所にも適応できる。たいした才能だ」
「うん」
頷いてしまった。食べ物は何でもおいしいと思えるほうがいいに決まってる、と竜也も思う。
しかしアヤセの言い方は、ユウリを褒めているようには聞こえない。
「おまえ、そんな煩いこと言うなら自分でやれよ」
キッチンからドモンの大声が聞こえた。
特にすることもなく、なんとなくテレビを見ていた竜也とアヤセとシオンは思わず顔を見合わせる。
「どうしたんだよ」
立ち上がりキッチンへ行こうとした竜也は、部屋へ入ろうとするドモンにぶつかりそうになる。
「俺のイモの剥き方が気にいらねえ、って言うんだよ」
「イモの剥き方?」
きょうの食事当番はドモンとユウリなのである。
「俺が皮を剥いてたらよ、もったいないからもっと薄く剥け、だと」
え、それは確かにユウリに言われたら嫌かもしれない。
ユウリは今まで全く料理というものをしたことがなかったらしくまた興味もなかったらしく殆ど何も知らない状態であり更に手先が恐ろしく不器用なのである。
もともとユウリには料理以外に得意なことがたくさんあるのだから、やることはいろいろあり、あえて食事を作ってもらう必要もなかった。
そういうわけで今までユウリが食事当番をする機会はあまりなかったのだが、 最近は周りの皆がやっているせいかユウリも料理というものに興味を覚えてきているようなので、他の誰かと一緒に料理をする機会を増やしてみるのもいいのではないか。 そう思って食事当番にユウリも組み入れたのは竜也である。
キッチンへ行くと、ユウリがまな板の前に佇んでいた。
「ユウリ……」
竜也は遠慮がちに声をかける。
ユウリはゆっくり顔を上げた。
「ごめんなさい、私が悪かったわ」
竜也に向けて言ったわけではなく、その後ろから、シオンに押されて入ってくるドモンに言ったのである。
「へ?」
まさかユウリに謝られるとは思っていなかったドモンの声が思わず上擦る。
「私には薄く剥くなんてできないのに、人に要求するなんて間違ってた」
自分が悪かったと思えばすぐに否を認める、というのはなかなかできることじゃない。やっぱりユウリは偉い。竜也はユウリをまじまじと見つめてしまう。
真正面から謝られたドモンは驚きのあまり動きが止まっている。
驚いた顔のまま頷く。
「いや、俺の皮の剥き方も確かに大雑把だったけどよ」
ちょっと照れくさそうである。
「確かにドモンさん、大雑把ですねえ」
シオンがシンクの中から拾い上げた皮にはジャガイモの白い部分がかなり付いていた。
「う〜ん、ドモン、これはちょっとひどいんじゃないの」
これじゃ、ユウリじゃなくたって一言、言いたくなるだろう。
「うるせえ。もっと薄く剥きゃあいいんだろ、薄く剥きゃあ」
そして、きょうは竜也とユウリが食事当番である。竜也は今度こそは自分好みの辛すぎないカレーを作ろうと決心している。 辛口のカレールーを半分だけ使えばルーの節約にもなる、という意見はユウリを説得できたようである。
ユウリは先日のドモンとの言い争いのことが頭にあるのか、自分からやると言い出してジャガイモの皮を向いている。
その手つきはかなり危なっかしい。そして物凄く時間がかかっている。 竜也がやったほうがよっぽど早いのだが、せっかくユウリがその気になっているのだと思うと辞めさせる気にはならない。 だいたいこんなことは慣れなのだから、慣れればユウリだってちゃんとできるに決まっているのだ。
内心ハラハラしながら、竜也はユウリの横でニンジンを切り、タマネギを切り、肉を切り、今はサラダを作っていた。
「おい、この仕事、竜也が受けたのか」
アヤセが、メモ用紙を手にキッチンに入って来た。
「あ、そう。さっき電話があってさ。明日ちょっと朝早いけど、アヤセ行けるよね」
「ああ、行けるけど、この場所ってどこか、おまえ、わかるか」
「あとで教えるよ」
「たのむ」
そう言ってキッチンを出ようとしたアヤセが、ふとユウリの手元に目を留めた。
相変わらず真剣な眼差しでジャガイモの皮を向くユウリを暫くじっと見つめる。
「ジャガイモって言うのは別に入れなくてもいいんだよな」
「え?」
その声にユウリが顔を上げる。
「いや、ジャガイモは煮すぎると溶けるからな。カレーの材料としてはいま一つだよな」
「アヤセ、何言ってんだよ」
せっかくユウリが苦労して、ここまでジャガイモの皮を向いているのに、苦労を無にするようなこと言うなよ、と竜也は思う。
「カレーにはジャガイモは入れるもんだよ」
「煮すぎないようにするってことは、後から入れたほうがいいの?」
ユウリが生真面目な顔でアヤセに聞く。
「いや、根菜は水から煮なきゃだめだ。煮る前に、しっかり炒めときゃ大丈夫だ」
さすがにユウリに向かって、面取りしろなどという無理な注文は言わない。
ユウリは頷く。
「だけど、カレーなんてのは、何入れたっていいんだよ」
「えーっ、ニンジンとタマネギとジャガイモは必須だろ!」
竜也の声が思わず大きくなる。何を入れてもいいだなんて、怖いことをユウリに教えないでほしい。
「それはおまえの趣味」
「そうかもしれないけど、何入れたっていいってことはないだろ」
アヤセはユウリに向かって
「タマネギは必須だ。透明になるまでよくよく炒めて、必ず入れたほうがいい」
と言うとキッチンを出て行った。
アヤセのいなくなったキッチンでユウリは妙に納得した様子で頷く。
「そうよね。ニンジンとジャガイモとタマネギ入れなきゃ駄目なんて、思い込みよね」
「確かにキノコとかナスとかもおいしいけどさ」
だけど、やっぱりこれは困るんじゃないか。
竜也は包丁を置いた。
「ごめん、すぐ戻ってくる」
竜也が思うに、ユウリにとっては今が一番大事な時期なのだ。料理を覚え始めたところであり、料理に興味が出てきたところである。 ユウリはそれでなくても真面目で研究熱心なのだ。下手なことを言うと全部信じて身に付いてしまいそうである。
ソファーに座って今朝の新聞を開いているアヤセを見つけると、竜也は向かいに座った。
「アヤセ、変なこと教えるなよ」
「は?」
アヤセはちょっと目を上げる。
「あんなこと言ったら、ユウリがカレーに何入れたくなるかわかんないじゃないか。残り野菜の屑ばかりのカレーになっちゃったらどうすんだよ。 そうじゃなかったらモヤシカレーとかさ」
「モヤシのカレー……。それは食ったことないけどな。悪くないかもな。炒めたタマネギが入ってれば大丈夫だ」
アヤセは新聞に視線を戻す。
「大丈夫……って、全然大丈夫じゃないよ! シオンだけじゃなくてユウリまで自分好みに仕込むなよ」
「自分好みに仕込む……、人聞きが悪いことを言うな」
アヤセはちょっと笑って、声を顰める。
「おまえな、ユウリは味にはまったくこだわらないけど、あれで栄養のことはわりと考えてんだ。ほらタイムレンジャーが栄養失調になったらまずい、って言ってただろ」
そう言えば、一時カップラーメンが続いた時にユウリがそんなことを言ったような気がする。
「だからモヤシなんて入れねえだろ。大丈夫だ」
そうだろうか。アヤセは自信たっぷりに大丈夫だと言うが、大丈夫じゃないような気がする。
「アヤセ」
「なんだよ」
新聞から目を離さずにアヤセが答える。
「ネギが嫌いなのにタマネギはいい、っておかしくないか」
「おかしくねえよ。炒めたタマネギと長ネギは別もんだ」
そうだろうか。
新聞を読み続けるアヤセを竜也はじっと見つめる。
もしかしたら最も味音痴なのはアヤセじゃないのか。
ちらっとそんな気がした。
珍しく竜也メインなのに、こんなにバカバカしい話ですみません。
食事ネタというより、味覚ネタとでもいいましょうか。味覚は人それぞれ……という話のつもりです。
しかし30世紀になっても、人はカレーやら麻婆豆腐やらを食べているんでしょうか?
青髭さんが、この話のアンサーストーリーとして「今夜も辛ぇ」という素敵なお話を書いてくださいました! そして、Nanaseさんが、そのまたアンサーストーリーとして「いっしょにきゅうしょく」というこれまた素敵なお話を書いてくださり、さらにさらに……。
リレー小説のようになって食事部屋というコーナーができました。そちらもぜひ読んでみてください。
食事部屋へ
小説へ