おかえり

 


窓の外を見ると、いつの間にか雨が上がっていた。
以前は天気なんて気にしたことがなかったのに、何かにつけて空を見上げてしまうのは20世紀で生活した影響だろう。
あの空の遠い彼方にある星にシオンはいるのだ。

「シオンは戻って来ないつもりなのかしら」
つい口にしたら、テーブルから立ち上がりかけていたアヤセがユウリを振り返った。
「さあ。何か言ってたか」
「そうじゃないけど」
シオンがテージョ星に留学してもう3年になる。 テージョ星はとても遠い星で気楽にちょくちょく帰って来れるようなところではないから、シオンは3年の間一度も地球に戻って 来ていない。
と言っても音沙汰がないわけじゃない。会ってはいないが時々異星間通信で ニコニコと元気そうな姿を見せてくれる。
近くにいてもアヤセとは今日のように仕事の打ち合わせで会うぐらいだし、 ドモンとだって彼が近況を訊ねてくれた時に言葉を交わすぐらいでめったに会わないから、 もしかしたらアヤセやドモンよりシオンと顔を合わせる時間の方が長いかもしれない。
「行って本人に聞いてくればいいじゃないか」
「え?」
「テージョ星は綺麗なところらしいから、ドモンと一緒に行って観光して、ついでにシオンに会って来ればいい」
テージョ星は気軽に観光に行くには遠すぎるし渡航費も安くはないが、 一般人が行けない星ではない。
「有給残って、使い道に困ってるんじゃないのか」
有給休暇の有無なんて言われたくないので一瞬ムッとするが、これまで殆ど休んでいなかったからそろそろ 休まなくてはならないのは事実だ。 シオンの顔を見に行くには今はちょうどいい時期かもしれない。
「そうね。シオンにはアヤセに聞きにいけって言われたから来たって言えばいいかしら」
そう言い返したら、アヤセは、なんだそれ、と笑った。
「まあ、ユウリが何か口実がなきゃ行けないってんなら、俺が口実になってやってもいい」
「なに、それ」
同じように答えて笑いながら、確かに自分は口実を必要としてるのかもしれないと思う。
トラブルに巻き込まれているわけでもなく充実した日々を送っているように見えるシオンに、用事もないのに会いに行くなんて 考えられなかった。

「もし本当にシオンがテージョ星に永住したいと思ってるなら、あいつにとってよほど居心地がいいってことだろ」
シオンが永住なんてことを考えてるのかどうはわからない。 だがテージョ星人は地球人より頭脳が発達してるから シオンの考えを理解できる人も多いだろうし、シオンの能力を生かせる場所もあるだろう。 そして何より今はないシオンの生まれたハバード星に近い所にある。 シオンが魅力を感じたとしても不思議じゃない。
「そんな居心地がいい場所を見つけられたとしたら、あいつにとってはいいことだ」
「そうよ。もちろんそう思ってるわ。シオンがいいならそれでいいのよ」
「だからさ。会いたければ会いに行けばいいんじゃないのか。 シオンがどこに住もうが何をしてようが、俺たちとシオンのこれまでが変わるわけじゃない」
アヤセは宇宙磁力線病のキャリアだから太陽系の外に出ることができない。 彼がもし自由にテージョ星へ行くことができる立場だったら、もっとずっと前に1人でシオンを訪ねていたかもしれない。 この人なら口実なんて必要とせず、思ったままに行動するだろう。

「そうかもしれないわね」
ユウリはアヤセから視線を外して窓の外を見た。雨が上がった空にはいつの間にか太陽が顔を覗かせている。
「だけど、会いたければ会いに行けばいい、っていうのは難しいことだわ」
少なくとも自分には難しいことだ、とユウリは思う。
「会いに行ってもシオンには用事もあるだろうし。忙しいかもしれないじゃない。 私が行くことでシオンの邪魔なんて絶対にしたくないもの」
アヤセならその場で状況を判断して、シオンの負担にならないように行動するだろうが、 自分にはそんな器用なことはできそうにない。
「相変わらず難しく考えるんだな、ユウリは」
アヤセは小さく苦笑いした。
「目的があれば恐ろしく無茶な計画もたてるのにな」
目的があれば。そうロンダーズを逮捕するような目的があれば何だってする。 でも今回は目的はないのだ。
「旅行の目的は観光だ」
「え?」
アヤセはユウリの隣に立って、ユウリと同じように窓の外に目をやった。
「あんな空よりずっと向こうの星に行くんだ。観光以外に何があるってんだ。 観光のついでにちょっとだけシオンの顔を見てくればいい」
観光のほうがメインで、シオンに会うのはついで…。
「なるほど……」
そういう考え方をすればいのかもしれない。
少し納得して頷いたら、アヤセはユウリを見て、なっ、と笑った。







時計を見たら既に到着時刻を過ぎていた。 急いで車を降りて到着ゲートを探す。
「おい!」
いきなり肩を掴まれて、 反射的にその手を返す。
「痛ってぇ! 何すんだよ」
「あ……」
ドモンが顔を顰めて自分の右手をさすっていた。
「何度も声かけたんだぞ。すっげえ早足で歩いてるし。全然気づかねえのな」
「ごめん、痛かった?」
「痛えに決まってるだろ!」
「ドモンは来れないのかと思ってた」
「間に合いそうだったからさ。ユウリこそ今日は泊まりじゃなかったのか」
「代わってもらったわ」
「そっか。そりゃそうだよな。久しぶりにシオンが帰って来るんだからな」


テージョ星に観光旅行に行く。その計画を前向きに考え始めた頃、シオンから地球に帰ると連絡があった。
……それは、一時的に?
通信映像のシオンに聞いてしまった。
……え?
……また地球で暮らすってこと?
そう聞き直したら、シオンは少し不思議そうな顔をして、そうです、と頷いた。

あまりにも急な話だったからシオンが本当に帰って来る気がしない。 地球で少し暮らして、また行ってしまうんだろうか。 それも確かめられないまま帰星の日を迎えた。


「あれじゃないか」
ドモンが指差す方を見るとアヤセがいて、その横に黒い髪の青年が立っている。
「あいつ、またでかくなってないか」
ハバード星人の成長の過程は地球人と殆ど変わらない。
3年前に既に背の高さはアヤセを越していたような気がするからそれほど背が伸びたわけではないだろうが、 体格がしっかりしたのかもしれない。
それだけじゃなくて、なんだかとても大人っぽく落ち着いて見えるのは 内面的に大人になったからだろうか。

アヤセが気づいたらしく、シオンに何か告げてこっちを顎でした。
シオンは振り返り、ちょっと探すように視線を泳がせる。 やがてユウリとドモンを見つけると、嬉しそうに顔中で笑った。
「ドモンさん! ユウリさん!」
飛び上がるようにして両手をブンブンと大きく振る。
その姿はまるで子どもみたいで、大人びた姿と全然似合わない。
思わずドモンと顔を見合わせて、2人とも吹き出した。
「全然変わってねえなあ」
ドモンは感に堪えたような声を出した。

全然変わってないなんてことがあるわけない。 シオンはテージョ星でいろんなものを見て、いろんなことを知って、想像もつかないような経験をたくさんしているはずだ。
だけど、前と変わらない笑顔で地球に帰って来た。
大はしゃぎのシオンを見ながら、少し呆れたように笑っていたアヤセと目が合う。

アヤセ。
やっぱり私には観光なんてできない。
私はただシオンの顔が見たいだけなの。
だからシオンがこの先どんなところに行って、どんなことをするとしても、
私はここにいて、 いつでもシオンが帰ってくるのを 迎えたい。
だから

何度でも言いたい。



「おかえり、シオン」








 

 




 

 

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