愛を語れない口唇に
「生クリーム」
「え?」
「ついてる」
唇の上にかなりの量の生クリームが付いている。
「そう?」
ユウリは慌てて唇の端を擦ったが、拭う箇所が間違っている。
「そこじゃない」
「え?」
唇の上にクリームを付けたままのユウリは、いつもと違ってまるで子どもみたいに見える。
「おまえたちのリーダーは浅見とできてるのか」
そう言いながら滝沢が顎で差したのは、予言者まがいのロンダーズを倒した後なぜか 言い争いをしながら帰途につこうとしている竜也とユウリだった。
一瞬リーダーとは誰のことだろうかと考えてしまったら
「ドモンさんがですか?」
シオンもまた的はずれなことを聞いた。 滝沢が言っているのはもちろんユウリのことだ。
「できてるというより、できる過程にあるってところだろうな」
俺の答えに納得したらしく、滝沢は軽く鼻で笑った。
「小学生レベルのカップルだな」
確かに……。
前を歩く2人の様子から察すると、きっと今日もここで何かがあって、それを滝沢に目撃されたのだろう。
「何笑ってるのよ」
昨日滝沢が言ったことを思い出してつい少し笑ってしまったら、ユウリが眉間に皺を寄せている。
だが唇にクリーム付けたまま怒った顔をされても説得力がない。
「ここだ」
「え?」
俺は手を伸ばしてユウリの唇の上に付いている生クリームを指先で拭った。
「あ、ありがとう」
ユウリが少し後ずさる。
「もったいない!」
突如ドモンが大声を上げて俺の手元を指差した。
「アヤセ、それ捨てんのかよ」
「は?」
おそらくドモンが言う「それ」とは、たった今ユウリの唇から拭き取ったこの生クリームのことだろう。
「珍しくシオンが貰ってきた高そうな貴重なシュークリームだぞ。それを捨てるなんて許せねえよ」
「はあ」
今日テレビの修理の仕事が入ったシオンは、仕事の後シュークリームをもらって帰ってきたのだ。 ふだん節約ばかりしている俺たちにとってシュークリームは非常に高級なデザートである。
それはわかるが、ユウリの口に付いてた生クリームを捨てずにどうすりゃいいんだ。
「馬鹿、食い意地張りすぎなんだよ」
「馬鹿じゃねえよ。俺たちは食い物を粗末にできるような身分かよ」
俺はドモンと違ってそこまでシュークリームに執着はないが、 ここで言い争うのも面倒で
「捨てなきゃいいんだろ」
指先のクリームを舐めようとした。
その時だ。
強烈な視線を感じた。
振り返ると、いつの間にかこっちを凝視していた竜也と目が合う。
「あ……、ハハハ」
気まずそうな様子を笑ってごまかそうとする竜也を見て、大いに脱力する。
竜也としては、ユウリの唇に付いていたクリームが俺の口に入ることに抵抗があるんだろう。
言わなくてもわかる。そんな目をしてる。
いったいどうしろって言うんだ……。
口へ持って行きかけた指先の持って行き場がなくなった。
「失礼します」
「うわっ、おまえ何やってんだ」
気が付けばシオンがご丁寧にスプーンを持ってきて俺の指先のクリームを掬っていた。
「いただきます」
そのままパクッとスプーンを口に咥えたシオンはにっこりと微笑んだ。
「おいしいです♪」
幸せそうなシオンの笑顔を見てますます力が抜ける。
「シオン、それじゃ間接キスじゃないか」
ドモンが嬉しそうな顔で言う。
「え?間接…なにですか?」
「でも誰と誰の間接キスになるんだろうな」
間接キスなんて言葉は久しぶりに聞いた。それこそ小学生レベルの表現だ。
「へえー、30世紀でも間接キスって言うんだ?!」
「ああ、20世紀でも言うのか?」
「うんうん。言う言う」
竜也が何度も頷く。
さっきはまさにその状態になるのを気にしてたのだろう。
バタン!
不意にドアが閉まる音がした。
「あ、ユウリさん」
ユウリが自分の部屋へ引き上げたのだ。
この馬鹿馬鹿しい会話に居たたまれなくなったのかもしれない。
「おまえが間接キスなんて言うから」
「おまえだって言ったじゃないか」
なんとなくユウリに申し訳ないことをしたような気になる。
だが元はと言えばユウリが唇に生クリームなんて付けていたのがきっかけなのだ。
仕方ない。
ああ、やっぱりアヤセとシオンを登場させようとすると 妙な話に(汗)。