言葉よりも確かなもの
ここに俺たちがいる。
そう感じた。
「…アヤセさん」
隣に立っているシオンがこっちを見ずに口を開く。
「これ、僕たちの絵ですね」
俺と同じ興奮を感じてるのが声でわかる。
「ああ、きっとそうだな」
シオンと俺は、その絵から目を離せずに呆けたように立ち尽くしていた。
鳥羽賢治。
誰でも知っている有名な画家の名前だ。俺たちにとっては、20世紀で出会った画家志望の青年の名前でもある。
31世紀に帰って来てから意識的に鳥羽賢治という名前に目を留めるようにしてきたので、十数年ぶりに彼の絵画展が 開かれるという情報はシオンに誘われる前から知っていた。
これまでスクリーンの上でしか見たことがなかった彼の作品を生で見るのも悪くないと思った。
何より20世紀というあの時代から今まで、1,000年の時を経てずっと存在しているものをこの目で見てみたかった。
絵の価値なんてよくわからないから、ちょっとした好奇心で観に来ただけだ。
それが今1枚の絵の前で立ち尽くす破目なっている。
この絵に描かれているのは20世紀の大地と空。
そして空に輝く赤と青と黄色と緑と、そして一際鮮やかなピンク色の光。 ちょっと虹のようにも見えるけどこれはたぶん虹なんかじゃない。
この5色の光はたぶん俺たちだ。
タイムレンジャーのことは口外しない。
その約束を彼はおそらく守ったのだろう。
俺たちの姿を描かずに俺たちを描いてくれたのがこの絵なのだと、なぜか確信できた。
「不思議ですね。どうして僕たちだってわかるんでしょう」
絵画を見ている他の大勢の客の存在を慮ってか、シオンは興奮を押し殺したような声を出す。
「さあ。それが芸術作品の力ってものなんだろ」
俺もシオンも、この絵の持つ不思議な力について言葉にする術は持ち合わせていない。
「あ!」
シオンが隣の絵を指差す。
「ユウリさん!」
指差した絵はユウリの絵なんかじゃない。少し小ぶりな風景画だ。
空にピンク色の光が見える。
「あ。あそこにも」
その隣の絵にも、また少し違ったピンク色の光が見えた。
「凄い! ユウリさんがいっぱいいます!」
「おい、シオン」
思わず声が大きくなって視線を集めている。シオンは我に返ってちょっと肩を竦めた。
「ユウリさんがいっぱいいます」
今度は小声で囁いた。
「ああ」
大声は上げなかったけれど、俺も驚いている。
鳥羽賢治の何枚もの絵の中に、確かにピンク色の輝く光が描かれている。
その中にはかつてスクリーンで見たことのある絵もあったのだが、スクリーン上では気づかなかった。
本物を見て初めてわかった。
このピンク色の光はユウリだ。
その姿は描かれていないが、ユウリは確かに描かれている。
いろんな絵の中にユウリがいる。
「僕たちの絵だと思ったあの絵、ほんとは違うのかもしれませんね」
シオンがポツリと言ったのは、絵画展の会場を出た後だ。
「僕たちを描いたんじゃなくて、僕たちと一緒にいるユウリさんを描いたのかもしれません」
「ああ、そうかもしれない。ついでに俺たちも描いてくれたのかもな」
鳥羽とユウリは数日間しか行動を共にしていないけれど、そんな時間の長さは重要じゃない。
俺にとってたった1年間暮らしただけの20世紀が重要であるように、鳥羽にとってユウリと共に行動した数日間は 重要だったのだ。
「ま、ついででも嬉しいけどな」
「はい! 嬉しいです。絵って今まであまりちゃんと見たことありませんでしたけど、凄いんですねえ」
シオンが嬉しそうに顔を上げる。
「ユウリさんにはこの絵画展、絶対に見てもらわなきゃいけませんね」
「ああ、ドモンにも見るように言っとくか。ついでに」
「そうですね。ついでに」
シオンはふふふ、と笑って
「竜也さんも鳥羽さんの絵を見ているといいですね」
俺が思っていたのと同じことを口にした。