ココロの舗道
2000年12月25日
スーパーの袋をぶら下げて、何度も歩きなれた道を歩く。
この時代の舗道は、30世紀の舗道に比べるとちょっとデコボコしているのだけれど、そのちょっとデコボコの感触が 却って心地よく感じる。
20世紀の生活は居心地がいい。
昨日リュウヤ隊長に言われた言葉を思い返す。
21世紀の大消滅。
本当にそんなものがあるんだろうか。
この穏やかな時代を消滅なんて、絶対にさせたくない。
「ユウリ!」
耳慣れた声が聞こえて振り返ると、竜也が駆けてきた。
買物袋を2つ提げた私の手から、大きな方の袋を当然のように引き受ける。
「ありがとう」
袋を渡した私の顔をちょっとだけ見てニコッと笑う。
竜也は笑顔を絶やさない人だけれども、無理して笑っている時はすぐにわかる。この笑顔は本物だ。 浅見会長の容態は今も落ち着いているのだろう。
「どう、だった」
「うん。親父の意識もしっかりしてるみたいだから、もう大丈夫」
みたい、ということは直接浅見会長を見舞ったわけではないのだ。
元気になったお父さんの姿を自分で確かめたいとは思わないのかしら。
大きくなった子どもと父親との関係というのは、うまく想像ができない。私には幼い頃の思い出しかないから、お父さんというのはいつまでも優しくて強くて誰よりも愛しい人だけど、 今もお父さんが生きていれば、もしかしたらもっと違う感情を抱いていたのかもしれない。
お父さんの跡を継いで同じ職業に付くことも私にとっては当然のことで、疑問なんて持ったことはなかった。
竜也はそうじゃない。お父さんとは違うことをしたいと思っているのだ。
「役員会のほうも」
「うん。そっちのほうも親父が元気になってくれたから、大丈夫」
竜也は、きのう会長代理として出席するはずだった役員会をすっぽかしている。
大丈夫という言葉だけでは済まされないいろんなことがあるのだと思うけど、竜也が大丈夫というのだから、 それ以上言及することはできない。
浅見会長が元気になってくれてよかった。
竜也に悲しんでほしくないから。
そして、竜也がタイムレンジャーでいてくれるから。
私は身勝手だ。
浅見会長のことを心配しているんじゃなくて、竜也が私たちから離れて行ってしまうことを心配している。
リュウヤ隊長がレッドになったことで、私たちはこれまで以上に思い知ったのだ。
私たちのレッドは竜也しかいない。
「ユウリ、柚子湯って入ったことある?」
「柚子湯?」
「そう。これこれ」
竜也は、手に持っていた紙袋を開いて見せた。 ミカンに似た黄色い実が入っている。
「冬至の日に、これを入れたお風呂に入ると風邪引かないって言うんだよね」
「あ、この間ニュースでやってた」
何日か前のテレビで見た、お湯の中に黄色い実がぷかぷか浮いていた不思議な光景を思い出す。
「身体が暖まるんだよね。入ってみる?」
覗き込むように聞くので、うん、と頷く。
「入ってみたい」
「よし。やってみよう。冬至はもう過ぎちゃったけどね」
「きょうクリスマスだからいいんじゃない。クリスマスも元は冬至のお祭りよね」
「そうか! じゃあ今日でもいいよね! 外国の冬至だけじゃなくて日本の冬至も祝おう!」
嬉しそうな表情はまるで子どもみたいだ。 昨日の戦闘中はあんなに頼りになったのに、今は全然違うから可笑しくなる。
「こんなにたくさんどうしたの?」
柚子湯にするためにわざわざ柚子を買ったわけではないだろう。
「いや、これは」
下を向いてちょっと口篭る。
「かあさんにもらった。って言うか、持たされた」
お父さんには会わなかったけれど、お母さんには会ってきたのだとわかって、なんとなくほっとする。
浅見グループの跡は継がなくても、息子であることにかわりはない。 竜也の優しさも暖かさも、そして頼もしさも、あの素敵なお母さんと厳しい浅見会長から受け継がれたものだ。
「浅見会長も、早く柚子湯に入れるようになるといいわね」
「うん。今年は無理だろうから。来年かな」
来年。
私たちの来年はどうなってるんだろう。
浅見会長が生きていることを思えば、リュウヤ隊長の言葉は必ずしも真実とは限らない。
だから2001年に大消滅なんてものは起きないかもしれない。
ずっとこんなふうに穏やかな日々が続いてほしい。 30世紀も。この時代も。
そして、ずっとこんなふうに一緒に歩いていきたい。
竜也と。
「冬至にはカボチャも食べるといいんだよね。冬至カボチャって言ってさ」
「そうなの? カボチャは買ってこなかったわ」
買出しが終わったばかりのスーパーの袋を思わず見つめる。
「買ってこようか」
つい口に出してしまった。
私が予定外の出費を提案することは珍しいせいか、竜也が驚いた顔をする。
「柚子湯に入って身体を暖めて、カボチャを食べてビタミンを取れば風邪も引かないんじゃない」
カボチャを食べる習慣は、おそらく冬に不足しがちなビタミンやカロチンを供給するためなのだろう。
「買いに行くか!」
竜也の驚いた顔が、笑顔に変わった。
そうね、と私は頷く。
買物袋を手に提げたまま2人揃って向きを変え、なんとなく顔を見合わせて笑ってしまう。
本当は、もう少しこの道を一緒に歩いていたかっただけかもしれない。
この時に買い足したカボチャのせいで、大晦日にトゥモローリサーチが倒産の危機に陥ったわけではないと思いますが……。