My heartbeat
寝起きがいいほうではないのでいつだってすっきり爽やかな目覚めというわけにはいかない。
寝る気がない時に寝るつもりじゃなかった場所で中途半端に眠ってしまった時は尚更だ。
頭痛がするのも気持ちが悪いのも 病気のせいではなく、こんなところで眠ってしまったせいだ。
運転席からずり落ちそうになっていた身体を起こして座りなおして時計を見る。寝ていたのは1時間ぐらいだから、 これならごまかせる。
ちょっと安心して、運転席に座ったままぼんやり外を見た。
夏の間、あんなに青々としていた街路樹から葉が落ちている。
思えば自分たちがこの時代に来たのは非常に寒い冬の日だったが、あれからいっせいに花が咲く春になり、黙って座ってても汗が 吹き出るような夏になり、そして今は秋だ。
30世紀にも四季はあったけれど、天候はコントロールされていたから、 こんなふうに無防備に季節の変化に任せて暮らすのは初めてだ。
竜也が言うには、同じ季節でも年によって暑かったり寒かったり、雨が多かったり雪が多かったりと違いがあるらしい。 来年は今年とどう違うのか見たいと思う。
強制インプットの期限は1年だから、本来なら1年以内にケリをつけて30世紀に帰還しなければならない。 だが時間移動体も壊れしまっているし、ロンダーズだってまだまだ大勢捕まえなければならないから、 1年以内に帰還できるかどうかはわからない。
20世紀に関する知識はなくなってしまうかもしれないが、そんなのはまた覚えればいいだけだ。
来年の今頃もこの時代にいるなんてことになるのかもしれない。
それも悪くないな。
年が変わって俺たちがまだこの時代にいて、何もかも忘れて竜也にあれこれ教えられている図を想像したらちょっと笑えた。
笑った拍子に心臓がチクッと痛んで、思わず手をやる。
心臓に手を置いてしまうのはもはや癖になっている。
本当に痛いわけじゃない。
これはさっきの激しい痛みの残り香のようなものだ。 もう痛みは去っているのに、激しい痛みの記憶が残っている。それがほんのかすかに甦る。
運転代行の仕事はやめる。
さっきそう決めた。客に怪我でもさせたら取り返しがつかない。 これまでは運転中に何があっても客に迷惑をかけない自信はあったのだが、 もうそんな程度の自信さえ持てない。
20世紀に来たばかりの冬の日に比べると明らかに氾濫を起こすことが増えている この心臓が、しっかり静かに動く日はいつかまた来るんだろうか。
正直言ってこのごろの感じだと悪くなる一方だ。
だけど。
だけどこれからも悪くなる一方だと決まったわけじゃない。
この病気がすっかりよくならなかったとしても症状が落ち着くことはあるかもしれない。 その時には、また運転代行の仕事を再開すればいい。
だから別に今日の運転が最後だというわけではない。
とうぶんはやめる。それだけだ。
手のひらを胸に当てて、正確な鼓動が刻まれていることを確かめる。今はちゃんと動いている。
車を無事客の家へ返した。
「ありがとう。またお願いね」と言われ、
「はい。ご利用お待ちしています」と笑顔で答えたものの、今後、運転代行はできるだけ竜也に代わってもらうしかない。
免許を落としたことにしようと思っているが、我ながらできの悪い言い訳だ。
もう少しましな言い訳を考えなければ。
言い訳を考えながら駅へ向かって歩いていると、突然大声がした。
ロンダーズか?
シオンが睡眠期に入ってしまったので、今はボルテックバズーカが使えないから、 どうせ出てくるならシオンの目が醒めてからのほうが都合がいいんだが。
声がしたほうに駆けて行くと、ロンダーズらしき影はなく1人の女性が呆然と上方を見上げている。
「どうしたんですか」
「どうして…」
女性の目線の先を追うと、マンションの脇の大きな木に1人の少年が引っかかっていた。
「飛び降りるなんて」
飛び降りたのか。違うだろう。マンションの非常階段にもう1人少年が立っていて、真っ青になって下を見ている。
「飛び降りたわけじゃない。落ちたんだ」
女性はおそらく大木に引っかかっている少年の母親なんだろう。え?と俺を見る彼女に
「大丈夫」
と声をかけて、マンションの影に回りこむ。
「クロノチェンジャー!」
特に危ないことが好きなわけじゃないと思っているが、子どもの頃からいつもギリギリのことをしてみたかった。
大概それは失敗して、落ちたりぶつかったりして大怪我をした。 親に怒られて泣かれて、やりすぎたと反省するんだけど、また危ないことをやってしまう。
なんでなのかな。
これまで死なずに命を繋いでこれたのは、幸運だったのかもしれない。
タイムブルーの姿になった俺は、少年が引っかかってる大木に向かってジャンプすると、 少年を片手で抱えて地上に着地した。
驚いて目を見開いたまま地上に降ろされた少年に怪我がないことを確認する。
「馬鹿。こんなことしてたら死ぬぞ」
「うん……」
少年は呆けたような顔をして頷いた。
「死んだら終わりだ」
「うん……」
少年が頷くのを確認して、その場を離れる。
「あ、ありがとう」
視線を意識してタイムブルーの装着を解けない俺は、震えるような声を背中で聞く。
「ありがとう。タイムブルー」
その声を聞きながら、泣きたいような気分になる。
運転代行はやめられても、タイムレンジャーはまだやめられそうにない。
いつか竜也に言った言葉が甦る。
馬鹿だな。
たぶん俺は、タイムレンジャーやってれば信じていられるんだ。 変わるかもしれない明日ってやつを。
このサイトを作って3周年です。ここまで続けてこられたのは、TRを愛してこんな辺境のサイトにも来てくださっている方々のおかげです。本当に。 ありがとうございます。
この話は、DVD Vol.4の城戸君のインタビューの「そんな病気を抱えながらもロンダーズと戦って、周囲に貢献するということに生き甲斐を見出していくアヤセって……」 という言葉に触発されて書きました。