New Year's Day
「そうだ! このまま初詣に行っちゃう?」
「行きます! でも初詣ってなんですか?」
浅見とタイムグリーンが話すのを聞きながら、Vレックスを帰して自分もさっさと帰ろうとしたら、
「直人さんも一緒に行きませんか?」
と声をかけられた。
「そんな暇はない」
後ろを向いたまま答えてバイクに乗る。
「それより腹へらねえか」
「そういや何も食べてなかったわね」
「そうだよ、初詣の前に年越しそば食べなきゃ」
「これから作るのかよ」
「直人も一緒に食べて行ってよ!」
「ドモンさんのお蕎麦おいしいですから一緒に食べましょうよ!」
うるさい声を無視してバイクのエンジンをかけたのだが、
「ありがとう」
という声に思わず顔を上げてしまった。
タイムブルーのその声に呼応するように、5人が口々にありがとう、よいお年を、と叫ぶのを背中で聞きながらその場を離れた。
大晦日は非番だった。
別に仕事を入れてもよかったのだ。大晦日だからといって特にすることもなくふだんの一日と変わりない。
一応、家の掃除をしてみる。引越ししたばかりでほとんど寝に帰るだけの家は簡単に綺麗になった。
明日も休みだから食べるものぐらい確保しておこうか、と思って買い物に出た。
そこで1人の男を見かけた。
タイムブルー、だよな、あいつは。
ふらふら歩いてるんでつい声をかけたら、金を無心された。浅見と一緒にやっている便利屋が倒産しそうなんだと言う。
そんなことは俺には関係ない。浅見の会社が倒産したっていっこうにかまわない。
だいたい、このタイムブルーという男はこの間俺を理不尽にも殴りつけておきながらその後謝りもしない。 それなのによく金の無心なんかができるものだ。
そう思っていったんは別れたのだが、別れ際の様子があまりにも憐れくさかった。 あの男が助からない病気に罹っていることはこの間聞いた。命もあとわずかで、その上会社も倒産じゃ救いがない。 浅見を助ける気はまったくないが、タイムブルーには同情しないでもない。
それに、実はタイムレンジャーには一つ借りがある。以前、崖から落ちたところをタイムピンクに助けられたことがある。 あの時の借りをここで返しておいてもいいかもしれない。
そう思ったから、金を出してやることにしたのだった。
トゥモローリサーチからまっすぐマンションに帰り、オートロックの玄関を通って部屋の前まで来た。
部屋のドアの前に見慣れない大きなトランクが3つも置いてある。
なんだ、これは。
ドアに、二つ折りのメモが貼ってあったので、剥がして中を開く。
「あいつ……」
メモを読んで思わず声が出た。
メモをくしゃくしゃと丸めて掴んだまま、鍵をかけてドアをあけ、3つのトランクをとりあえず家の中に運び入れた。
玄関先にトランクを置き、部屋の中へ入ると、床の上にじかに置いた電話の明かりが暗い部屋の中で赤く光っている。
電気を付けて留守番電話を聞く。
「……えっと、ユカです。玄関のドアにメモ貼っておいたんだけどわたしと友達と3人今晩泊めてほしいの。 1月2日にハワイに行くんできょうは他の友達のところに泊めてもらうつもりだったんだけどその友達の彼氏の会社が倒産しそう、 ってんでハワイどころじゃないらしくて泊めてもらえなくなっちゃった。直人がいつ帰ってくるのかわからないから 私たちは初詣に行ってくるんでトランクは置いていくね。突然で悪いけど友達ふたりとも高校のときの同級生だから直人のことは 知っててすごくカッコいいって言ってる可愛い子たちだよ。ほんとごめん。また電話する」
早口でまくし立てるユカの声を呆然と聞いた。
いったいどういうつもりだ……。
2日にハワイに行くってことは今晩と明日もここに泊まるつもりなのか。女3人で。
ユカは従兄妹だ。
ユカの父が直人の母親の兄にあたる。直人は高校卒業と同時に故郷を離れたが、直人の母も伯父もユカも今も故郷に住んでいる。
直人の父は直人がまだ小さいころに借金を残して死んだ。
直人も母も他人に頼るのは嫌いだったから伯父には極力頼らないようにはしてきたが、働くにつけ進学するにつけ保証人というのは必要で それは社会人の男性でなければならず、そもそも今の母の勤め先ももとはと言えば伯父の紹介で入った会社だ。
とっくの昔に故郷を離れてシティガーディアンズの本部長にまでなっている自分が伯父の世話になることは今後はいっさいないだろう。
だが過去にはさんざん世話になっており、故郷で1人で暮らしている母の近くに伯父がいることで安心できている部分もある。
伯父には借りがある。
ユカは自分の頼みを直人が断れないことを知っているのだ。
腹が立つ。
「直人、あ、よかった帰ってた?」
電話の向こうでユカは、それでも少し遠慮がちに言う。
「どういうつもりだ」
「だから留守電に入れておいたとおり。ほんと悪いんだけど他に頼る人もいないし」
「ホテルに泊まればいいだろう」
「だってホテルは高いし、直人の新しいマンションなら広そうだし」
「おまえな……」
直人の言葉を遮って、ユカは
「ごめん。おとうさんにも言われてるの。直人は今たいへんな仕事についてるし大事なときだから絶対に邪魔するなって。 だから直人には会わずに成田に行こうと思ってたんだけどこんなことになっちゃったから、今度だけ、お願い!」
直人は何度かテレビにも映っているから故郷の連中も皆、直人がタイムファイヤーとして活躍していることは知っている。 それはかまわない。
だがそれだからこそこの家に引越したことは誰にも知らせたくなかった。変に邪魔されたくなかった。 母親にだけは電話番号と住所を知らせた。母は伯父さんに知らせないわけにも、と言った。仕方がないと思い承諾した。
ユカは伯父に聞いたんだろう。
「1月2日からハワイへ行くとはずいぶんいい身分だな」
「年末から行くより安いの。これを楽しみに頑張って働いてきたんだもん」
ユカは直人より2歳年下で地元の企業で働いている。小さい時からの付き合いで 直人の皮肉めいた言い方にも慣れっこになってるから何を言われても全く動じることはない。
「おまえ、オートロックの玄関をどうやって入ったんだ」
ドアの前にトランクを置いたということは、マンションのオートロックの玄関を通り抜けたということだ。
「そんなの、外から帰って来た人についていけば入れるじゃない。3人一緒だと怪しまれるから 私だけ先に入ってあとで中からあけただけだよ」
そんなことはさも当然とばかりに答える。
まったく隙だらけのシステムだ。
「でも、直人がきょう家にいてくれてよかったよ」
もうすっかり泊まる気でいるらしい。
「おい」
「うん?」
「おまえは俺の仕事をわかってるのか」
「シティガーディアンズの本部長でタイムファイヤーでしょ。テレビでも新聞でも見てる」
「休みだからといってほんとに休めるとは限らない仕事だ。いつ召集がかかって呼び出されるかわからない。 休みなんてあってないようなものだ。それにこの家だっていつロンダーズに知られて襲われるかもしれない。 ちゃらちゃら来られたら、おまえたちが危ないいだけじゃなくて俺も足を引っ張られる。それもわかってるのか」
「……うん」
ユカは口篭る。
やれやれ、と直人は溜息をつく。
「今度はオートロックを無理矢理通るな。ちゃんと連絡しろ」
「泊めてくれるの?!」
「今回だけだ。ちゃらちゃら出歩かれてロンダーズに狙われても迷惑だからな」
「ありがとう! お雑煮作ってあげるよ。あ、でも直人が作るほうがおいしいんだよね」
上着を脱ぎポケットをまさぐってると、トゥモローリサーチの領収書が出てきた。
きょうは急なことだったから自分の個人口座からおろしたが、Vレックスを洗った代金はシティガーディアンズの経費として落とせるだろう。 今の直人は50万円の決済ぐらい自分の判断でどうにでもできる。タイムファイヤーやVレックスのための経費ならなおさら更問題はない。
だが、この領収書なら直人じゃなくても金は出る。
領収書に書かれたトゥモローリサーチの文字をまじまじと見る。
浅見会長の息子がやっている会社が危なくなっており、それがほんの50万で 助かるというのなら、シティガーディアンズは仕事内容なんてどうにでもでっちあげてトゥモローリサーチに仕事を依頼するだろう。
それなのになぜ浅見は頭を下げに来ない。
もう少し様子を見ればよかったのかもしれない。 ギリギリになってもどうにもできなくなった時に浅見がどうするか見物してやればよかったのだ。
気がつけばトゥモローリサーチの領収書を握りしめていた。慌てて開いてきれいに伸ばす。
テーブルの上にきのうCGKに届いていた郵便が置きっ放しになっていた。うっかり自宅まで持って来てしまっていたのだ。 内容は既に読んだから覚えている。大学の時の同級生がシティガーディアンズに入りたいから口を聞いてほしいと言ってきたのだ。
同級生と言ったって親しかったわけではない。そんなことを頼まれる筋合いはない。
封筒をつかむと真っ二つに破ってゴミ箱に捨てた。
インターホンが鳴る。
モニターを見ると女が3人映っていた。これから2日もこいつらと過ごすのかと思うと、うんざりする。
どうしてこんなことになったんだ。
浅見の会社に金を出してやったりユカを家に泊めてやっったり、きのうから俺はいったい何をやっているのだ。
甘いのかもしれない。
だがこれで最後だ。
自分に言い聞かせる。
今年はこんな甘い自分は絶対に捨ててやる。
力があると人に頼られて大変だろうなあと思ったんです。それでなくても直人って何気にTRの人たちを助けてくれている気がします。