A RANGER

 

目覚めた途端はいつも妙な気持ちになっている。とても悲しかったりとても興奮していたり、その気持ちはその都度違うが、 落ち着いて平常心で目覚めたことは一度もないかもしれない。
きょうは妙に淋しい気持ちで目が覚めた。 急に起き上がるといつものように頭痛がして、ああ俺はまた31世紀に戻ってきたんだ、と実感する。
常にすこぶる健康で体力には自信があるのに、時間移動だけは身体に合わないらしい。 最初にデータ酔いになったのは20世紀に行った時で、ホームシックだとからかわれたがホームシックのせいだけじゃない。 いつだってデータ酔いも他のレンジャー連中よりひどいんだから。
それなのになぜ時間保護局のレンジャー隊員なんて仕事を俺はやっているんだろう。 一緒に20世紀へ飛ばされたメンバーの中で、今も時間移動する仕事に付いているのは俺だけだ。
この仕事をしていればいつかまた20世紀へ行けるかもしれない、なんて思っているわけじゃない。 今移動している時間はせいぜい20年前までだ。千年も前に移動するような機会はおそらく、いや絶対にないに決まっている。 竜也にも、そしてホナミちゃんにも、もう一生会うことはないんだ。


「ドモン、そろそろ行かないと」
一緒に時間移動した同僚に声をかけられて、俺はようやく立ち上がった。 今回捕まえた奴を警察の担当者に引渡さなければならない。まだ囚人じゃないんだが31世紀へ連れ帰る移動中は圧縮冷凍させてある。
俺が他の奴らより少し遅れて引渡し部屋に入ると、警察の奴らも既に部屋に入っていた。きょうの担当者は若い男と若い女。 女のほうはユウリだった。
ユウリは31世紀へ帰ってきた後インターシティ警察の捜査官に戻った。きょうのように現場で顔を合わせたことも何度かある。
ユウリはいつものようににこりともしないで所定の手続きをすませた。帰り際、俺が片手を上げて挨拶すると無表情のまま頷き返してきた。
きょうはさっさと帰って寝ようと思って部屋を出ると、少し離れたところにユウリが立っていた。俺を待っていたらしい。
「5分だけ、時間いい?」
そう言われてドキリとする。
「何かあったのかよ」
今回の時間移動は1か月近くにも及んだので、俺がいない間に最悪の事態が起きたのかと心配になる。
そんな俺を見てユウリは初めて微笑んだ。
「いい話よ」


アヤセの病気の治療法が見つかった、とユウリは言った。もっともその方法はまだ完璧とは言えないらしい。 手術した後に投薬治療するらしいが投薬の期間が長くてまだ臨床実験が終わっていない段階だという。だが完治する可能性は高いという。
本当なのか。夢じゃないのか。
これだけでも驚愕する話なのにユウリは更に、このプロジェクトにはシオンが関係していると言ったんだ。
「21世紀から帰ってきてからずっと、オシリスのこと調べてたらしいの」
シオンは文献のみで独自にオシリスについて学習し、治療法についてのいくつかの可能性を考えた。 そしてその方法が実現可能かどうか医療研究所に問い合わせた。 シオンが考えた方法の中に今回採用された治療方法のきっかけになるものがあったらしい。
医療研究所は驚いてシオンが何者なのか調べ、優秀な頭脳を持つハバード星人の唯一の生存者であることがわかって納得し研究に参加してほしいと思ったが、 ハバード星人を勝手に雇用することはできない。 シオンの優秀な頭脳を欲しがる機関はいくらでもあるが、今シオンは時間保護局の研究所の所属であり時間保護局が彼を手放すわけがない。
結局シオンは非常勤のアドバイザーのような形で医療研究所のオシリス研究に参加することになった。
「実験にも参加できず、臨床実験が始まっていることも具体的に実用化する日程も知らされてなかったみたい。 ただ頭脳だけ求められてたのよ」
ユウリは眉間に皺を寄せて話した。
「そのくせ研究に協力していることは極秘にさせてたの。 噂を聞いてあっちでもこっちでもシオンを必要としたら時間保護局が困るからよ。まったくどっちも利用するだけしてるんじゃないの」
だんだん怒りが込み上げてきたようで話しながら拳を握り締めている。
「おまえも知らなかったのか」
恐る恐る訊ねると
「知らないわよ。アヤセだって知らなかったんだから私が知るわけないじゃない」
アヤセはシオンと共同生活をしている。それなのに隠していたのか。
「シオンにしてみれば実用化するかどうかわからないのにアヤセに話して期待を持たせるのもどうかと思うし、 極秘の約束を破って後々のアヤセの治療に影響しても困るし、言えなかったのよ」
シオンがオシリスの研究をしていたなんて俺は全く気づかなかった。 アヤセは俺やユウリより遥かに他人の気持ちに敏感な奴で、ましてシオンと一緒に暮らしているのにそれでも気づかなかったんなら、 俺やユウリが気づかないのはまあ当然だろう。
「シオンのこと、少し気をつけてあげたほうがいいのかもしれないわね」
「気をつけるって…」
「利用されやすいし、狙われやすいかも」
ユウリの表情がどんどん厳しくなっている。
そういやシオンは20世紀で誘拐されたことがあったな。まあ、あれは頭脳とは関係なかったけどな。
「でも、今度のことは、よかったんだよな」
俺が言うとユウリは微笑んだ。
「そりゃそうよ。本当によかった」


およそ1か月ぶりに時間保護局の自分のブースに戻ると、留守中にシオンから何度も電話やメールが入っていた。
内容はさっきユウリに聞いたのと同じだが、自分が関わっていたことについては触れていなかった。 どの伝言も必ず最初に「いいお話です」と言っているのが可笑しい。 シオンは俺の留守中にたびたび電話やメールをくれるが、伝言が入っていると一瞬ドキリとする。 いい話をするのか悪い話をするのか初めに言ってくれと頼んで以来、必ず「いいお話です」とか「普通のお話です」とか入れてくる。 悪い話というのは今までなかった。
早速シオンに電話してみる。
「ドモンさん、いつ帰ったんですか。いま帰ったんですか。今度長かったですよね。 ドモンさんいつ帰って来るかと思って毎日電話しちゃいました」
大声を出さないように気をつけつつ嬉しさを抑えきれないといった感じである。
いつもと変わらない様子のシオンは無邪気で、とてもさっき聞いたような大きな仕事をしているとは思えない。 だけどこいつは昔も今も俺なんかには想像できないような苦労をしているのだ。
だいたいあんな状態のアヤセと一緒に住んで毎日顔を合わせていれば辛いこともありそうなもんだが 愚痴めいたことを言うのを聞いたことがない。そうかといって愚痴を言うのを我慢している、といった感じでもなかった。 アヤセの状況を本当はわかってないんじゃないかと疑ったこともあったが、結局誰よりもわかっていたんだよな。
ユウリが言っていたように、変なことに巻き込まれないようにしてやりたい。
「おまえ、すごかったらしいじゃん」
「え?」
「ユウリに聞いたよ。ずっと研究してたんだってな」
シオンは少し声のトーンを落とす。
「全然すごくないんです。でも少しは役に立ったところもあって、それはよかったですけど」
「そうだよ。よかったよ」
「はい」
と返事したシオンの声が、なんだか普段より大人びて聞こえた。


アヤセと俺とは一応同じ部署だが、あいつは今はデスクワークで現場に出ることはないので、めったに顔を合わせることはない。 あいつがいる部屋へ向かうこの通路を歩いているとあの時のことを思い出す。アヤセが時間保護局で初めて発作を起こした時のことだ。

あの時、俺はやはりこの通路を歩いていていた。遠くの部屋からつんのめるように出てくるあいつを見た。 こんなに遠くにいたがアヤセだとすぐにわかった。あいつの近くを歩いていた奴らが驚いてのけぞるのがわかった。
俺は通路を走って、うずくまるアヤセの側にしゃがみ込んだ。
「おい!アヤセ!」
呼びかけると、あいつは少し目を上げて髪の毛の間から俺を見た。 苦痛に顔を歪めながら左手で自分の胸を押さえ、右手で俺の肩を掴んだ。きっと何か掴まる物を探していたんだろう。
遠巻きにして俺とアヤセを見ている視線を感じた。そんな目で見るな、と叫びたい気持ちを抑えた。 オシリスについては広く知られているが、そうそう周りで見かけるものではない。 周りの奴らが何が何だかわからずびびっているのは無理のない話ではあった。
「どうした?大丈夫か」
驚いて声をかけてきた奴に
「オシリスの発作だから。大丈夫だ」
と俺が返事をした。大丈夫というのは、とりあえずどうすることもできないという意味なのだが。
「医務室の、担架呼んでくる」
それでもそいつはそう言って、医務室の方へ走っていった。
「なにか…」
できることはないか?というようにひとりの女が俺の顔を覗きこんできたが、俺は黙って首を横に振った。 アヤセが声を押し殺して、それでも声が出てしまうのを抑えきれずに痛みに耐えているのを見ながらどうすることもできない。 この時間が終わるのをただ待つしかない。時間にしたらほんの数分だったんだと思うがとても長く感じた。
肩を掴んでいた力が少しずつ弱くなっていくのがわかった。
「治まったか」
思わずそう聞いてしまったが、あいつはすぐには答えられないといった感じで荒い息を整えていた。
しばらくして俺の肩から手を離し、やっと声を発した。
「…ああ、きょうのは軽かったから、助かった」
近くにいた男が息を飲むのがわかった。これが軽いのなら、重いときはどうなるんだ、と思ったのだろう。
だが本当にこの時は軽かったのだ。このころはもう大抵、発作の後には気を失っていた。 この時のアヤセは最悪の顔色だったが意識はしっかりしていたし、こんなに短い時間で終わったのだから軽い発作だったと言える。
医務室から担架が運ばれてきた。アヤセは一瞬考えるような顔をしたが、自分で歩いて医務室まで行くのは無理と判断したのだろう。 素直に担架に乗り込みながら、俺を見て
「おまえ、肩、大丈夫か」
と言った。
「あ?」
「さっき、掴まってたから」
確かにかなりの力で掴まられた。普通の奴だったら痣にぐらいはなるだろう。
「馬鹿にするのかよ。あれぐらい何でもねえよ。肩ぐらいいつでも貸す」
俺がそう答えると、アヤセはかすかに笑って担架の上に横たわった。
あいつはあの日そのまま入院したが、その日の夜には退院して次の日には職場に出て来ていた。
いつでも貸すと言った肩だが、あの時以降そんな機会はない。アヤセが何度か職場で発作を起こしたのは聞いている。 それはすべてあの時より遥かに大変な発作だったらしいが俺がその場に遭遇することはなかった。
あの時アヤセは俺だとわかったから肩に掴まったんだと思う。
あの後あいつは何に掴まっていたんだろうか。あの時びびっていた周りの連中も少しはあいつの病状に慣れてきていたんだろうか。 もうあんな目で見られることはなくなっていたんだろうか。


あいつがいるはずの部屋の前へ行って入り口で背を伸ばして探してみるが姿が見えなかった。 ちょうど部屋から出ようとしている奴をつかまえて「アヤセは?」と聞くと「さっきまでいたよ」と答えたので、 無事らしいなと安心する。
無事ならそれでいいのだ。無事ならむしろ姿が見えなくてほっとする。正直言えば、近ごろはいつも顔を見るのが辛かった。 久しぶりに会うと前に会った時よりあいつが痩せているのがはっきりわかるんだ。
きょうは今までとは違う。治療法が見つかったんだからな。だが今顔を合わせても何て言えばいいのかわからない。 うっかり泣いてしまいそうな気もする。だからいないならいないほうがいい。ほっとする。
「おい」
せっかくほっとしていたのに、後ろから聞き覚えのある声がした。
「出るのか入るのか、はっきりしろ」
振り向くとアヤセが立っている。およそ一か月ぶりに会うアヤセは髪が伸びている。そしてまた少し痩せている。
「なんだよ。出るよ」
脇によけた俺の横をあいつはすり抜けて通りながら
「きょう帰ってきたのか」
と俺の顔を見上げた。
「そうだよ」と俺が答えると、一瞬何か言いそうな様子だったので
「なんか、よかったみたいじゃん」
俺のほうで先に言った。
「聞いたのか」
あいつは立ち止まった。
「今ユウリに聞いた。シオンのことも」
「そうか」
「よかったな」
「ああ」
アヤセが頷く。以前より穏やかな表情をしているように見えるのは気のせいだろうか。
これ以上何か話してると俺は非常にやばくなりそうだった。
「きょうはもう帰るわ」
じゃあ、と片手を上げると、アヤセも同じように片手を上げて「お疲れ」と言って自分の席へ向かった。


俺は部屋を出て外へ向かった。別に慌てて外へ出る必要もないのだが他にどうしていいかわからない。
ビルを出て3001年の太陽の光を見る。きょうは晴れている。まぶしくて、なぜかそれが嬉しい。竜也はどうしたかなあ、と思う。
竜也、おまえはあの大消滅の騒ぎの後どうした。元気でやっているのか。
おまえに伝えたいことがあるんだ。アヤセの病気が治りそうなんだ。おまえはきっと、絶対よくなるって信じていただろうけどな。 だけど本当に治りそうなんだ。しかも、なんとあのシオンがそれに一役買っているんだ。
いつの間にか俺は涙を流していた。なんだろうな。嬉しい話なのに泣いているのはおかしい話だ。
ほんとにやばいところだった。あいつの前で涙を見せずにすんで本当によかった。涙を見せたりしたら呆れた顔をされるに決まっている。
きょうはとにかく家へ帰ろう、と思う。1か月の時間移動から帰ってきたばかりなのだから、早く帰ってゆっくり眠ろうと思うのだ。

 

 

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