窓の外を見ると空はいつの間にか明るくなっていた。
よく眠れなかった。きょうは入隊式だから、気持ちが高ぶっているのかもしれない。
こんなことで興奮して眠りが浅くなるなんて。
「まるで子どもみたいだわ」
思わず声が出た。
1人で暮らし始めたばかりの頃、誰とも喋らないでいると自分の言葉を忘れそうで怖くなって、 誰も聞いている人はいないのに時々わざと声を出して喋ってみたりした。
今ではそんなことは滅多にしないのに、ごくたまに、ふとした拍子にいつの間にか独り言を言ってしまうことがある。
こんな独り言を言っちゃうことこそ子どもの頃のわたしみたいだ。そう思うとなんだか可笑しい。 自覚はなかったけど緊張しているのだろうか。
レンジャー隊の新入隊員の研修は個別に行われるので入隊式のきょうまで他の新人には会ったことがない。 きょう初めて顔を会わせ、時間保護局のレンジャー隊員としての日々が始まる。
ユウリはただの新入隊員ではなく、本当はインターシティ警察のマフィア担当捜査官である。
今回時間保護局の潜入捜査をしている目的はドルネロの犯罪を阻止するためである。 ドルネロ自身は今は逮捕されているのだから心配することはないという意見もインターシティ警察の中にはあったが、 ドルネロにはいろんな方面に仲間がおり何かをたくらんでいるのかもしれないから、油断はできない。
潜入捜査するのは初めてではないが、ドルネロはユウリにとっては特別な存在だからいつもより緊張してしまうのは当然だ。
しかし特別だからこそいつもよりいっそう落ち着かなければならないし冷静にならなければいけないということは、よくわかっている。
いつも見ている写真を手に取る。
3人とも写真の中で微笑んでいる。
「いつもと同じようにやるから大丈夫」
おとうさん。おかあさん。メイ。
きょうもわたしを見守っていてね。



窓の外にはいつもの朝と同じ風景が広がっている。
1年に1度しか眠らなくていいハバード星人なので、シオンは毎日窓から、夜が明けたばかりの朝を見ていた。
その見慣れた風景がきょうはなんだかいつもと違って見える。空が輝いているような気がする。
きのうの夜からワクワクして朝が来るのが待ち遠しかった。
いても立ってもいられなくて、突然思い立って真夜中に髪を青く染めてみた。3歳の頃からいろんな色に染めているけど青く するのは初めてだ。
青い髪の人は地球人にも異星人にもあまりいないから、きょう初めて会うレンジャー隊同期の新入隊員のみなさんに 覚えてもらえるかな。
窓から離れて鏡の前に立ち、頭のてっぺんや後ろのほうを確認する。ちゃんと青くなっていて嬉しくなる。
きのうまでの研修で、これまでの時間移動や時間保護局についての歴史や、いろんな武器の使い方やフォーメーションの組み方なんかを 勉強した。これまでにやってきたこととは違うことばかりだったから、とてもおもしろくて、時間がたつのがとても早かった。
きょうは研修よりもっと楽しみにしていた入隊式がある。やっと他の隊員の人たちに会うことができる。 どんな人たちに会えるのかと思うと、落ち着かない。
時間保護局のレンジャー隊員としての日々がどんなものなのか、今のシオンには全然予想がつかない。
きっとこれまでに経験のしたことのない全然知らない世界なんだろう。そう思うとちょっぴり不安もある。だけど、 不安よりずっと期待のほうが大きい。
もう一度窓の外を見てみる。これからは窓の中から外を見るのではない。自分もこの窓の外の世界で生きていくのだ。 そう思うと、自然に笑顔になってしまう。



「にいちゃん、もう起きないと。にいちゃん」
さっきから身体を揺すぶられているのはわかるが、だからと言ってそうすぐに起きる気にはなれない。もう少し。 もう少しだけ眠らせてほしい。ドモンは寝返りを打って布団を被る。
「もう! また遅刻してクビになったらどうすんだよ」
顔面に衝撃を受けて、ようやく目が覚める。
目を開けると、自分の上に一番下の弟が乗っかっていた。
どうやら頬を引っ叩かれたらしい。こいつ、いつの間にかずいぶん腕力がついた。その成長ぶりにちょっと驚く。
「クビなんて、そんな縁起でもないこと言うな」
「だってそうだろ!」
起き上がって弟の髪をくしゃくしゃと触ってやると、弟は嬉しそうに笑って
「もう寝るなよ!」
と叫んで、バタバタと部屋を出て行った。
朝は苦手だ。
グラップの試合は夕方から始まるから朝早く起きる必要なんてなかった。
こんなに朝早く集合だなんて信じられねえ。 時間保護局には朝も夜も関係ない、とか研修で言われたけど、こういつもいつも早く起こされるんじゃたまったもんじゃない。
グラップをやめさせられて何か月になるだろう。やることがなくて暇を持て余してたら時間保護局入隊を勧められた。 筆記試験が全然わかんなかったから、こりゃだめだと思ってたら意外にも合格通知が来た。
それからと言うものあれよあれよと言う間に、研修やら何やらがあってきょうが入隊式だ。
まあ、何もしないまま家にいるのは肩身が狭く、いいかげん居辛くなっていたのでちょうどよかったのかもしれない。
遅刻ぐらいでグラップから追放だなんてのはおかしいから、絶対に何か裏がある、復帰運動をするべきだ、 なんてことを言ってくれる人たちもいたけど、正直そんなにグラップに未練があるわけじゃない。 たぶん俺はほんとはあまり闘うのは好きじゃない。
グラップを仕事にするようになってわかったが、人を殴るのもそんなに好きじゃない。
立ち上がって、大きく伸びをした。
時計を確認する。これなら初日から遅刻することはなさそうだ。



朝早く起きるのは久しぶりだ。
まだ時間に余裕があるのでゆっくりコーヒーをいれて飲んでいる。
だんだん目が覚めてきた。
レースをやってた頃は毎朝トレーニングをしていたが今ではそんな必要もなくなったし、 病院に行っても意味がないとわかってからは病院からの呼び出しも無視していたので、 最近は早く起きてしなければならないことなど何もなかった。
必要がないと起きる時間というのはどんどん遅くなるものらしい。
レンジャー隊の仕事は朝、昼、夜と交替制らしいから、これからは早く起きる日も増えるだろう。
健康診断に引っかからなかったのは意外だった。そのうちはっきりした検査結果がわかって入隊が取り消されるのだろう思っていたが、 いつまでたってもそんな知らせはこない。きのうで研修も終わりきょうは入隊式当日だから、 まさかここまできて入隊が取り消されることはないだろう。
健康診断で引っかからないというのはいったいどういうことなのだろうか。オシリスだと診断されなかったのだろうか。
実はオシリス症候群という診断そのものが間違ってたりしてな。
思わず気楽なことを信じたくなり、コーヒーカップを抱えたまま苦笑する。
残念ながらそこまで楽天的にはなれない。既にオシリスの発作は何度も経験しているし、個人的に病院で検査もしてもらっている。 検査などしなければ、何度発作が起きても自分はオシリスじゃないと信じていられたのかもしれないが、 レースチームの紹介してくれた医者だけでは信用できずに複数の病院で調べてしまった。
さすがに信じないわけにはいかない。
オシリスに罹っているのは確かなのだ。
オシリス症候群に罹っていることを見抜けなかった時間保護局は結局たいした機関じゃないということだ。 レーシングドライバーになれない適性なのに、タイムレンジャーにはなれるなんてまったくばかばかしい。
ばかばかしいが、おかげで助かった。
じっとして死ぬのを待つなんて耐えられない。やることができてよかった。時間保護局は俺を受け入れた。 俺はきょうから時間保護局のレンジャー隊員になる。
コーヒーを飲み干すと、アヤセは立ち上がった。







2月の朝は寒い。
ついつい起きるのが遅くなってしまうが、これ以上寝ていたら俺のしていることは朝のロードワークとは言えなくなってしまう。
きのうの夜はタイミングが悪くて親父と顔を合わせてしまい、いろいろ言われて、そのことが気になってなかなか眠れなかったのだけれど、 それでもロードワークは日課だから辛くても休む気にはならない。
外に出ると、冷たい空気が頬にピシピシぶつかってくる。
「さみーぃ」
思わず言葉が出る。息が白い。
最初はちゃんと動かない身体だが、徐々に温まり、よく動くようになってくる。
顔だけは冷たくて風を感じる。頬に風の当たるこの感触が好きだ。頭も冴えてくるような気がする。
走りながらいろいろなことを考える。竜也にとってこの時間は、1日のうちで最も何かを考えるのに適している。 もし走っていなかったら俺の考える量というのはきっとずっと少なくなるんだろうな、などと思う。
大学卒業を目前にして、考えなきゃならないことは俄かに増えてきた。
2月になっても就職先が決まらないとは正直思っていなかった。成績はそんなにいいわけじゃないが、やる気はあるし体力だってある。 雇ってくれた人に損はさせないと思うのだけれど、不景気だと言われている昨今だから、 そう簡単に就職先が見つからなくても仕方ないのかもしれない。
俺の受験した会社に親父が働きかけて俺を入れないようにしてるんじゃないかと思ったこともあるけど、ほんとに入社させたい人材なら、 親父が何をしたとしても採用されるだろう。もしほんとに親父が何か働きかけて俺を就職できないようにしているのだとしたら、 俺には浅見グループの反対を押し切ってまで採用したいという能力と言うか魅力と言うか、そういうものがないってことなのである。
たぶん今の俺には、そういうものはないんだろうな。
大学を出たら親父とは関係のない会社で働いて社会人としてのいろんなことを勉強して、その後で自分で自分で何かやれればいいな、 と漠然と思っていたけれどそうもいかなくなってきた。
このままだと浅見グループの関連会社に強引に入れられてしまいそうだ。
そんなのは嫌だ。このまま親父の弾いたレールの上を走るなんてご免だ。
大学を卒業したら、たとえ就職先が見つからなくても親父がなんて言っても、家は出ることに決めている。
こうなったら自分で事業を始めるのがいいのかもしれない。どっちみちいずれはそうしようと思ってたんだから時期が少し 早くなっただけだ。
いずれ家を出て住もうと思って借りたままになっていたあのスペース。あの場所を使って何かできないだろうか。

そんなことを思いながら走っていた。 その時ふと目を上げたことに特に意味はない。 海岸に白い煙が立ち昇っているのが見えた。
立ち止まって目を凝らしてみる。
何だろう。火事だろうか。
とにかく行ってみよう。
竜也は踵を返し、煙の出ている場所へ向かった。

 

 


3000年2月13日の朝と2000年2月13日の朝です。

 

 

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