熱燗には卵焼き

 

地球に帰ってきたのは一か月ぶりだ。
久しぶりの地球はもう3月になるというのにとても寒くて、 家に帰る前に行きつけの蕎麦屋に直行した俺は、蕎麦のついでに熱燗を頼んだ。
蕎麦と一緒に日本酒を飲むというのは完全に20世紀にいた頃に見たテレビの時代劇の影響だ。 20世紀に行くときに強制インプットされた知識は1年後には消えたが、20世紀に行ってから知ったことは今でもよく覚えてる。
試してみれば蕎麦と熱燗は結構よく合う。 31世紀の蕎麦屋でも店によっては日本酒が置いてあるので、 俺が知らなかっただけでこの時代でもそれなりに人気のある組み合わせなんだろう。
「お待たせしました」
ロボットが日本酒を持って来た。 31世紀ではよほど高級な店じゃない限り給仕をするのはロボットだ。
生身の人間以上に手馴れた様子で、テーブルの上に日本酒の徳利とお猪口を置き、更に頼んだ覚えのない卵焼きののったお皿を置いた。
「これは頼んでないけど」
「卵焼きはサービスです。店長から、もしお嫌いじゃなかったら召し上がってくださいとのことです」
「どうして……」
「この間ドモンさんがいらして、その日がアヤセさんのお誕生日だと伺ったそうです」
ここはもともとドモンが知っていて教えてくれた店である。 店長は女性でまだ若いが腕は確かで、美味しい蕎麦を打つ。 ふだんは厨房にいるので姿を見ることはないが、時間がある時は挨拶に出てくることもある。
「もうお誕生日からは10日も過ぎてしまいましたけど、いつも来店していただいているお礼の気持ちです」
あらゆる女性に優しいと自称するドモンだから、店長と親しく話をしていたとしても不思議ではない。
そこで俺をネタにするな、とも思うが、たまにこんなふうに恩恵にあずかることもある。
「ありがとう。いただきます」
素直にサービスの卵焼きを受け取ると、ロボットはニッコリと微笑んで去って行った。

誕生日。
もうとっくに過ぎている。すっかり忘れてた。 自分が忘れてるのにドモンが覚えていて、こんなふうに祝われるとは。
蕎麦屋の卵焼きを食べてみる。ほんのり甘くていい味だ。
そう言えば地球を離れるときに通信機の電源を切ったままだ。 他の星でも通信はできるが、どうせそうたいした連絡は入ってこないだろうし、仕事に集中したかったので電源を切っていたのだった。
思い出したついでに電源を入れてみる。

届いているメールは2通。
どちらも2月18日に届いたものだ。

1通目は予想どおりシオンからの動画だ。
『アヤセさん、お誕生日おめでとうございます!!』
やたらテンションが高い。 祝ってくれるのは嬉しいが実際にはもう誕生日はとっくに過ぎてるし、こっちは蕎麦屋で一人で見ているのだからこのテンションの高さにはついていけない。
『33歳ですね。ぞろ目ですね。20世紀にいた時は22歳のぞろ目だったんですよね。 再びぞろ目、おめでとうございます!』
シオンがいるのは自宅だろう。よく見るとシオンの前に小さなショートケーキが置いてある。
『今日はアヤセさんのお誕生日なので、アヤセさんの好きなイチゴののったケーキを食べたいと思います』
シオンは、まずフォークでまずイチゴを刺してパクッと口に入れた。
『美味しい!』
そして次にケーキのスポンジをフォークで丁寧に切り取って口に入れる。
『美味しいです!』
そりゃおまえは美味しいだろうが、俺はいったい何が悲しくて人がケーキを美味そうに食べる映像を見なければならないのか。
『アヤセさん、帰ってきたらぞろ目のお誕生日のお祝いしましょうね!』
ケーキを食べながらニコニコと手を振って動画は終了した。

2通目はユウリからだ。
『アヤセ、お誕生日おめでとう』
さっきのシオンとは正反対で非常に低いテンション。
『最近忙しそうね。太陽系でも星によって気候は違うから……』
そこまで言ってユウリはちょっと言葉に詰まったように斜め下を向いた。
『体に気をつけて』
俺は宇宙磁力線病のキャリアなので太陽系の外には出られないが、最近太陽系の中の惑星に行く機会は増えた。 確かに気象条件は地球とはかなり違う。
しかし、ったく、母親のコメントかよ。
そう思った途端に
『じゃあ、また』
突然通信が切れた。
なんという素っ気無さだ。 あまりにもユウリらしい。

誕生日なんて時の流れの中の一日にすぎないと思ってる。
家族で誕生日を祝う習慣はないし誰かに自分の誕生日を伝える趣味もないので、誕生日だからといってふだんと特に変わることはない。
しかし30歳の誕生日に勝手に家に侵入されて無理やり誕生日を祝われて以来、シオンとユウリは毎年誕生祝のメールをくれるようになった。 そんなことはどうでもいいと思ってもいたが、何年も続くとそれは結構楽しみにもなっている。 こんなことでもなければきっと自分の誕生日なんて忘れてしまってるだろう。
そう思うので俺もシオンとユウリの誕生日にはメールするようになった。
もちろんドモンの誕生日には何もしない。ドモンからも何もこない。俺とドモンがお誕生日にメールを送り合うなんてのはどう考えても気持ち悪すぎる。



「熱燗なんて飲んでるのか」
聞き覚えのある声がして顔を上げた。
「じゃあ俺も」
ドモンは勝手に俺の前に腰掛けると、勝手に注文ボードに向かって声を上げる。
「天ぷらそばとお猪口一つ」
「おい、自分の酒は自分で頼めよ」
「それがなくなったらでいいだろ」
どうしてこいつに酒を飲ませてやる必要があるのか。 今日の支払いはドモンに任せよう。
「おまえ、いつ帰ってきたんだよ」
「ついさっきだ」
「誕生日、いなかったな」
ドモンのお猪口が届き、ドモンはロボットにありがとう、と微笑んだ。
ドモンに酌をしてやる気など毛頭ないので、ドモンのお猪口は無視してこれまでどおり手酌で勝手にやる。
「シオンがさ、この間電話したらおまえの誕生祝やりたいって言ってたぞ」
そう言いながら、ドモンも自分で自分のお猪口に酒を入れた。
「ぞろ目だからだってさ」
「ぞろ目って何かめでたいのか?」
「さあ。おまえは22歳のぞろ目は20世紀にいたけど祝わなかったからな。だからじゃないのか」
22歳の誕生日は20世紀に着いて間もなくだった。
あの時も今年と同じように自分の誕生日なんて忘れていたのだった。

……えーっ、アヤセの誕生日って2月18日だったの?!
そう言って驚いたのは竜也だった。
……20世紀に来てすぐだったんですね。
……誕生日のお祝いできなかったね。せっかくぞろ目なのに。ぞろ目の誕生日って11年たたないと来ないんだよ。

11年なんて。
あまりにも遠い未来で、想像ができなかった。いや想像はしていたのだ。確実に自分は死んでると思ってた。
それなのに、11年後もこうやって生きて動いて酒を飲んでいる。
それを思えば、確かに祝ってもいいことなのかもしれない。



「実は、驚かないで聞いてほしいんだけどよ」
11年前に思いを馳せてると、ドモンがいつの間にかこっちをじっと見ていた。
「俺、結婚することにした」
「……そうか」
「そうか、ってそれだけかよ」
それだけかと言われても、33歳の男が結婚するのは驚くようなことでもないだろう。
「誰ととか、どこで知り合ったのかとか聞かないのかよ」
「誰とだ? どこで知り合ったんだ?」
仕方ないので一応聞いてみる。
「ここの店長だよ」
「え……」
それは、驚くようなことかもしれない。
ドモンの顔をまじまじと見てしまう。 彼女が卵焼きをサービスしてくれたのはもしかしたらそのせいなのか。
「まあそういうことなんで」
ドモンは照れた様子で鼻を擦った。
「……そうか」
「お、おめでとうとかなんとかないのかよ」
「おまえと結婚するのがめでたいのかどうか」
「……だよな」
「弱気だな」
「そりゃそうだろ。あんなに頑張り屋で可愛らしくて、しかもあんなに若いんだぞ」
彼女はいつも蕎麦を打っていて客の前には時間に余裕がある時しか出て来ないので、単なる客にすぎない俺は殆ど喋ったことはない。 印象としては物静かで控えめな女性だ。
だが、彼女の蕎麦は何度も食べているからよく知っている。 あの若さでこんなに香りが高くて舌触りのいい蕎麦を作るんだからたいしたものだ。おそらく頑張り屋なのだろう。
「おまえにはもったいないか」
「ああ」
ドモンがやけに素直に頷く。
「じゃあ俺がもらってもいいぜ」
「え……」
「嫌いなタイプじゃないしな」
絶句してるドモンを見て噴出しそうになる。
「ったく、変わんねえな」
もともと女好きなのに、21世紀から帰ってきてから誰とも付き合いが続かなかった。 それは森山ホナミの存在がそれだけ大きかったからかもしれない。
あれから11年たって、やっと一緒にやっていこうと思える相手に出会えのたなら、それは祝うべきことだろう。
「脅かすなよ」
ドモンは、はあーっと息を吐いた。
「おまえ、手ぇ出すなよ」
「出さねえよ」
頼まれたって出すか。
「おめでとう」
ドモンのお猪口に酒を注いだ。
「あ、ああ、ありがとう」
それを飲み干すとドモンは急に相好を崩した。
「やっぱりぞろ目の年はいいことあるのかもな。アヤセもきっといいことあるよ」
取ってつけたように何言ってんだ。まったく調子のいい奴だ。
「あ、ここの卵焼き美味しいんだぞ。知ってるか?」
「ああ、知ってる」
そりゃ今食べたばかりだから、卵焼きの美味しさはよく知っている。熱燗に合うこともわかった。
今日は完全にドモンの奢りでいいだろう。






 

 


アヤセのHappy birthdayのつもりだったのに、いつの間にかドモンの結婚話に……。

 

 

小説へ