A WILL

 

ユウリに頼むのは、やはり酷だったか。
目の前で明らかに怒りを抑えているユウリを見ると、申し訳ない、と思ったが、一度言ってしまったことは取り返しがつかない。
思えば20世紀にいた頃、竜也やドモンはよくユウリを怒らせていたが、俺と彼女はたいしてモメたことはなかった。


戻ってきた31世紀は行く前と変わっていなかった。いや、少しは変わっていたのかもしれない。 だが直接俺たちに関係のある部分では変わっていなかった、ということだ。ドモンはグラップの世界に戻ることはできず、 ユウリの家族は生きてはいなかった。オシリスの治療法も見つかっていなかった。
俺は帰ってくるなり発作で倒れて、強制的に病院に入れられたが、3日で退院し、その後リュウヤ隊長の死について調査がなされ、 俺たちの無実が証明された。
ユウリはインターシティ警察に戻り、ドモンとシオンと俺は時間保護局に戻ったが、シオンは技術研究所に異動になった。
そして、共同で家を借りないか、とシオンに言われた。
「今まで大勢で暮らしてたのに、急にひとりじゃ淋しいです。僕もアヤセさんもひとり暮らしだからちょうどいいと思いませんか」
そんな言い方をシオンはしたが本当の理由はそんなことじゃないのはわかっている。俺は断った。だがあいつは引き下がらず粘って、 俺がそれをまた断って。
そんなある朝、俺はまた発作で倒れて意識を失い入院した。
病室にやって来たユウリは、点滴やらいくつかの機械やらに身体を繋がれた俺の横で、呆れたような顔で言った。
「どうしてシオンと暮らすのをそんなに嫌がるの」
俺は一瞬、言葉に詰まる。
これまでなら発作が起きた後しばらくすれば自然に治まって普通の生活に戻れた。 だが今度は自分の力だけでは自分を回復させることができなかった。 これからは発作が起きた場合、身体機能が日常生活できるレベルに戻るまで入院するのを避けられないだろう。 病状がかなり進んでいるのを俺は実感していた。
「他に一緒に生活するような人はいないって言ってたでしょ。それならシオンと暮らしてあげてもいいんじゃない」
「ひとりが嫌ならドモンの所へ行けばいいだろ。あそこなら家族も多いし、シオンもかわいがってもらえるだろ」
ユウリがため息をつく。
「ユウリだってひとり暮らしだ。おまえがシオンと住んだっていいよ」
「シオンはあなたと暮らしたいのよ」
俺がひとりで生活するのがはたから見ればそんなに不安か。
心配してくれるのはわかるが、いつ死ぬかわからない人間とふたりで暮らすことのストレスは大変なものだろう。
「ふたりで暮らしてたら、ひとりになったとき、もっと淋しくなる。そんな思いをあいつにさせろってのか」
遠まわしに言っていても埒があかないのではっきり言ってみた。
「とにかく、あいつがいろいろ大変すぎるよ」
ユウリはしばらく黙っていたが、
「竜也と別れることより会えたことを大事にしたい、ってシオンは言ったのよね」
「……」
「私もそう。会う前より淋しいかって言われたらそうかもしれない。だけど竜也に会わないほうがよかったなんて思わないよ。 1年で別れるってわかってたけどそれでも会えてよかった。アヤセは違うの? アヤセは竜也に会わないほうがよかったと思ってる?」
それとこれとは話が違う、と思ったが、返す言葉がなかった。
あのときは、疲れていてユウリに言い返す気力もなかった。あんなふうに身体中を繋がれているような状態でなければ、 もう少し体調が戻ってからであれば、断固反対していたはずだ。
結局ユウリに説得されて、シオンと共同生活をする、という形になってしまった。
だが、本当は自分でもそうしたいとどこかで願っていたのかもしれない。今になればそう思う。 その結果シオンに精神的負担をかけているに違いないのだが。
退院した俺はシオンが探してきたマンションへ引っ越した。
この若いハバード星人は、時間保護局の研究所でその才能をおおいに発揮しているらしい。 家に帰ってくるのはかなり遅い時間であることが多かったが、どんなに遅くなっても必ず家に帰ってきた。そして夜通し起きている。
時にどうしても寝付けない夜がある。日中には意識しないのに、どうにもこうにも恐ろしく、暗闇が耐え難いことがある。 俺はいったい何を恐れているのか。死ぬことなのか。発作の痛みにまた襲われることなのか。 それともこの恐ろしさに自分が潰されることなのか。タイムレンジャーをやっていた頃も、レースをやっていた頃も、 死はいつも隣にあったのに、今さら死ぬのを怖がっているのか。
夜が明ければなんということはない。ただ夜明けまでの時間がひたすら長かった。
そんな夜に、いつも起きている人間が同じ家にいてくれるのはありがたい。 いったん眠ることを諦めて起き出してシオンと他愛ない話をすることで気が紛れる。あいつの天然ボケに救われる。
最初の予想以上に精神的に助けられている。


「やっぱり家族には何も話してないんだ」
今、俺が渡した一枚のディスクを手に、ユウリは明らかに怒りを抑えている。
シオンと共同生活をすることを決めたときの入院から、もう何度目になるのか数えてないのでわからないが、 俺はまた発作後の入院中だった。もう退院間近なので今はベッドの上に起き上がって話ができる。
「で、これは何?遺書とでもいいたいわけ?」
俺は自分の病気のことを家族に話してなかった。これからも話す気はない。別に家族とうまくいってないわけではない。 むしろ関係は良好といったところだ。だからよけい今は家族に会いたくない。 これは強がっているのでもなんでもなく本心だが、このまま何も知らせずに死ぬようなことがあったらやはりまずいよな。 そう思って自分の気持ちを喋ってディスクを作った。問題はそれをどうやって家族に渡すかなのだが、迷った挙句ユウリに託した。 俺に何かあったら家族に渡してほしいと。
「だいたい私は、あなたの家族のことなんてこれまでに一度も聞いたことないし。それに、いったいなんなのよ」
「……」
「あなたが病気を隠してたって知った時の私たちの気持ちがあなたにわかる? 自分が知らないところで息子が苦しんでたって、死んでから知る親の気持ちがあなたにわかる?」
ユウリの言う事はすべてもっともだった。
「これを渡したいっていうなら自分で渡したら」
ユウリはそう言って視線を逸らした。彼女の両親と妹は、彼女の目の前で暗殺されている。そういう人間に頼むようなことではなかった。
「俺の父親は今は他の星にいて地球にはいない。地球に戻ってくれば連絡あるから会ったりもするよ。 母親はずいぶん前に親父とは別れて再婚してる。そっちに女の子がふたり、俺と父親の違う妹たちがいる。 今、12と13か。遠くに住んでるからめったに会わないけど、電話では時々話してる」
「……」
「今、うまくいってるから、壊したくないんだ。それは家族のためっていうより俺のためでさ、 俺のせいで家族が困ったり悲しんだりするのを見るのが嫌なわけだ。今の状態のままでいてほしい」
「……」
「確かに、親の気持ちを考えずに自分のことだけ考えてる」
ユウリは何も言わず下を向いている。
「だけど死ぬと決まったわけでもないしな。話すつもりはないよ」
子どもを持って初めて親の気持ちがわかるというなら、俺には永遠に親の気持ちはわからないかもしれない。 そして親と妹を突然失った子どもの気持ちもわかるはずがなかった。
「ユウリに頼むっていうのも変だよな。悪かった。そのディスクは返してくれ」
俺は手を伸ばしたが、ユウリはそれを無視してディスクを自分のバッグにしまった。
「アヤセは、カッコつけてるのよ」
下を向いたまま呟いた。
「これは私が預かります。シオンなんかに渡されても困っちゃうから」
「…いいのか」
「帰るわ、またね」
ユウリは顔を上げると、さっさと部屋を出て行った。
俺はつくづく自分のことしか考えていないな、と思う。
ユウリは泣いていたのかもしれない。


そして俺は退院し、またいつものように時間保護局の仕事に戻った。
ドモンとは同じ職場といってもそう顔を合わせる機会はない。あいつはレンジャー部隊の一員として現場に出ているか、 トレーニングに出ているかのどちらかだ。ドルネロのように大規模に過去に移動するような奴はまずいないが、 勝手に小規模に時間移動しようとする奴はけっこういる。 そういった奴らを取り締まる時にドモンは欠かせない人材として評価されている。 もともと腕っ節は強いが20世紀で1年もロンダーズと戦った経験によって的確な判断力も身につけていた。
もし病気がこれほど悪くなっていなかったら、俺もドモンと同じような仕事をしていただろう。
今の仕事は完全なデスクワーク。データ整理といったところ。はっきり言って誰にでもできる仕事だ。
不満はない。いつ倒れるかわからない人間に責任のある仕事を任せられるわけがない。 俺の病気は動き回ったから悪くなるというものではないのだが、仕事場で何度も発作を起こしているのは事実だ。 それなのに仕事をさせてもらえるのはありがたい。
発作がないときは、もうすぐ死ぬという気がしない。恐怖に囚われる夜のことを思えばおかしな話だ。 だが普段は死というものは遠いところにある。まだ自分はやれる、と感じる。 タイムレンジャーをやってた頃、レーシングドライバーを目指していた頃と同じように動ける気さえする。
実際はそういうわけにはいかない。今はあの頃のようには動けない。発作のたびに体力が確実に落ちている。 退院すれば家で多少の筋力トレーニングをしたり走ったりもしているが、やっと少し体力が戻ったかと思う頃にまた発作が起きてしまう ので、結局、体力が落ちていくのに追いつけない。
退院して、トレーニングをして、発作で入院して、また退院して、トレーニングをして。それを繰り返す日々だ。 前に向かって歩いているのに、いつのまにかどんどん後ろに下がっている。 だからといって歩くのをやめればもっと後ろに下がってしまうから、歩くしかない。

「アヤセさん、受付に面会です」
目の前のディスプレイに電源が入り、受付の前にいるユウリの姿が映し出された。
仕事場にユウリが来るなんて初めてだ。何かあったんだろうか。

ユウリは硬い表情でロビーの椅子に腰掛けていて、俺が黙って向かい側の椅子に腰掛けると、顔を上げた。
「仕事中にごめん」
「いや、いいよ。どうした?」
「オシリスの治療法、見つかってるから」
突然ユウリは言った。
「まだ公になっていないけど、1か月のうちには正式に発表されると思う。 医学的な細かいことは私にはわからないけど、最初に外科手術した後、1年から、人によっては3年ぐらい投薬治療するらしいの。 その投薬の副作用がけっこうきつくて、臨床実験はまだ終わってないんだけど、オシリスの人は一刻を争ってるでしょ。 だから臨床実験の結果が完全に出る前に見切り発車することになったのね」
「……」
「投薬治療を全部終えた人は、まだいない。だから必ず完治するとは今の段階では言い切れない。 でもそれは年月が足りなくてわからないだけだから。このやり方に賭ける価値は大いにあると思う」
まるでロンダーズ逮捕のための作戦を指示する時のような口調だ。
「だから、とにかくあと1か月はがんばって。その前にうっかり死んじゃったりしたら、ばかみたいだから。わかった?」
念を押されて思わず頷く。
「ああ…。」
「くれぐれも無理しないで。無茶しないで。おとなしくしていて。じゃあ、私も仕事の途中で来たから」
そう言って、ユウリはさっさと立ち上がろうとする。
「そんな情報、いいのか」
俺は慌てて言った。捜査の過程で得た情報にちがいない。外部に漏らしていいのか。
ユウリは小さく頷いた。
「どうせ、すぐに明らかになることよ。でもとうぶんは他の人には言わないでもらえる?」
「ああ、わかった」
じゃあ、とユウリは踵を返して歩き始めた。俺は立ち上がってそれをぼんやり眺めていたが
「おい、ユウリ」
ユウリが振り向く。
「ありがとう」
俺がそう言うと、ユウリは何も答えず、でも顔中で微笑んで手を振った。 そういえばずいぶん長いことユウリの笑顔を見ていなかった気がする。
足早に去っていく後ろ姿をなんとなく眺めていたが、その姿が見えなくなると、俺はさっきまで腰掛けていた椅子にふたたび、 ひとりで座り直した。
治療法がみつかった、と言ったんだよな。 さっきユウリが言った言葉を、ひとつずつ反芻してみる。
生きられる、ということだ。
明日が変わるかもしれない、ということだ。
可能性がある、ということだ。
いろいろなことがきちんと自分の頭の中に沁み込むまで、俺はしばらくその椅子に座っていた。

 

 

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