見習いサンタクロース

 

暗い部屋で1人椅子に座ってクリスマスツリーを見上げている。
ちょっと前までは賑やかだった。みんなで後片付けをして、ドモンがホナミを送って帰って来て、 みんな眠るのが惜しい気がしたのかいつもよりずいぶん遅い時間になるまでなんだかんだと喋っていたのだけれど、 ついにさっき寝室に引き上げた。
今は、さっきまでの喧騒が嘘のように静かだ。
リュウヤ隊長に21世紀には大消滅が起こると言われたり、タックがちゃんと回復していなかったりと、 気になることはいろいろあるのだけれど、竜也さんは戻って来たし竜也さんのおとうさんも元気になってくれそうだ。
クリスマスツリーを見上げていると、シオンは自然に笑顔になってしまう。
窓を少しだけ開けてみると冷たい風が入って来た。さっき雪がチラホラ降っていたがいつの間にかやんだらしい。 これじゃとても積もりそうにない。
ほんとに雪はやんでしまったのだろうか。
見て来ようかな。
鍵を取りだそうとしてちょっと躊躇する。夜中に近所を散歩することは時々あるがいつもタックに声をかけている。 タックは必ず、気をつけるようにと言ってくれる。
きょうはタックは何も言わない。
「行ってきます」
シオンは小声でそう言うと、そっと部屋を出て鍵をかけた。


もう日は変わったので、きょうはクリスマスイブではなくてクリスマスだ。
クリスマスの夜というのはどんなものかと思ったけれど、いつもの夜と違った感じではない。とても寒くて空気が冷たくて静かだ。 雪はとっくにやんでしまったらしい。
どこへ行こうかな。
クリスマスが近くなってから建物や庭の木にたくさんの電球を取り付けるようになった家が何軒かあり、 とても綺麗なので時々遠回りして見に行っている。
きょうも見に行ってみようか。
あれ?
シオンはふと足を止めた。
曲がり角の家の前に誰か立っている。
暗いので目を凝らしてみた。
その人は、白い縁取りのついた赤い服を着て、白いボンボンの付いた赤い帽子を被っている。
もしかしてサンタさん?
シオンはごくりと唾を飲み込み、ゆっくりと近づいて行った。
20世紀にはほんとのサンタじゃないサンタさんが大勢いることは知っている。初めて見かけた時には驚いて握手を求めて しまったのだけれど、商店街でチラシを配ってたり、短いスカートを履いてケーキを売ってたりするサンタさんは、 竜也が言うにはほんとのサンタさんではないらしい。
だけど、きょうはクリスマスの夜である。
そしてここは商店街ではない。
こんな夜にこんなところに1人でいるのはほんとのサンタさんじゃないだろうか。
「なに?」
気がつけばシオンは、いつの間にかサンタのまん前に立ち、まじまじと顔を見つめていた。
「あ、ごめんなさい」
はっとして後退りする。
サンタはシオンから視線を逸らし、煙草をくわえた。
サンタさんは煙草を吸うんだ。
シオンは思わず声を上げそうになり慌てて口を押さえる。
煙を口から吐き出したサンタは、よく見ると手に灰皿を持っており、足にはサンダルを履いている。
シオンはテレビや本で見たサンタの姿を思い浮かべてみるが、どんな靴を履いていたのか思い出せない。 サンダルではなかったような気はするけれど。
サンタは煙草を消し、家の中に入ろうとした。
「あの」
シオンが声をかけるとサンタは振り向いた。
「あの、ほんとのサンタさんなんですか!」
サンタは家の中へ入るのをやめて、シオンのほうを向く。
「声が大きい。今、真夜中だから」
「あ、ごめんなさい」
シオンは慌てて小声になる。
「ほんとのサンタには見えない?」
「いえほんとのサンタさんには会ったことがないんでわからないんですけど」
サンタはそのままシオンの前まで歩いて来て
「サンタってのは1人じゃないんだよね」
神妙な顔で言った。
「ほんとのサンタは1人なんだけど、1人で世界中を回るのは大変だからさ。ほんとのサンタの仕事を手伝ってる人が 世界中にいるわけよ。だから俺はほんとのサンタじゃないんだけど、それでもやっぱり正真正銘のサンタなのよ」
「はい」
確かに、たった1人で世界中の子どものところへ行くのは無理だろう。
「あんまり煙草とか吸っちゃいけないんだけど、きょうは一仕事終えたところだからちょっと一服したくなった」
そう言って、灰皿をちょっと持ち上げた。
「はい、お疲れ様です」

サンタクロースにプレゼントをもらったことはない。
しかしそれは特別なことではない。アヤセにも聞いてみたが、サンタクロースにプレゼントをもらったことはないと言っていた。 30世紀は20世紀ほどサンタクロースは活発に活動していなかったのだ。
だからプレゼントがほしいなんて思ったこともないのだが、サンタ全盛の20世紀みたいに、クリスマスにプレゼントを持って来て くれるサンタを待ちながら過ごすのもなんだか素敵だ。
もちろんシオンはもう子どもではないのでサンタからプレゼントをもらえる年齢ではない。 そのことは自分でもわかっているけれど、ちょっと残念だな、なんて思う。
「君はもう大きいから、君にはプレゼントはあげられないよ」
唐突にそう言われて、考えてることを見透かされたような気がしてドキッとした。
よほど驚いた顔をしていたのだろう。サンタはシオンの様子を見ると、少し笑った。
「もらいたかったものがありそうな顔してるな」
「もらいたかったものなんて」
「ないの?」
「あります」
間髪を入れず返事をしてしまったシオンの顔をサンタがおもしろそうに覗き込む。
「何がほしかったの」
「えっと、お米とかお肉とかお野菜とかお菓子とか」
サンタは、ふーんと頷く。
「そりゃちょっと、サンタからはもらえそうもないものだな」
恥ずかしくなってシオンは思わず下を向いた。
他にもほしいものはたくさんある。
タックが元気になってほしいとか、21世紀の大消滅が起きないでほしいとか、アヤセさんの病気が治ってほしいとか、 直人さんが竜也さんと仲良くしてほしいとか、竜也さんとユウリさんがもっともっと仲良くなってほしいとか、 ドモンさんとホナミさんが別れ別れにならないでほしいとか、僕も竜也さんとお別れしたくないとか。
シオンは顔を上げた。
「みんなが笑顔で暮らせるような、そういう明日がほしいです」
サンタは再び、ふーんと頷き、 やがておもむろに帽子を脱いた。
「この帽子は君にやる」
赤くて、白い縁取りと白いボンボンが付いているサンタの帽子をシオンに差し出した。
「君は来年からサンタ見習いだ。見習いとはいえサンタの端くれだからもうプレゼントをもらうことはできない。 これからは君が、子どもたちが笑顔で暮らせるような明日をプレゼントできるように頑張りなさい」
シオンはゆっくり手を伸ばして帽子を受け取った。ボンボンがふわふわしている。
「僕を、見習いにしてくれるんですか」
「そう。見習いだから帽子だけ」
「ありがとうございます!」
「だから、声が大きい」
「ごめんなさい」
慌てて声を潜める。
「見習いになったことは秘密だぞ」
「はい」
今度は小さな声で返事をする。
「サンタ見習いは、具体的にどんなことをすればいいんですか」
「見習いはまだ1人1人にプレゼントを渡して回るような仕事はできないよ」
「はい」
「君がさっき言ったみたいな、 明日を子どもたちにプレゼントするためにどうすればいいかを自分で考えるのが見習いの仕事。 サンタには先生はいないからさ。自分で考えないと」
「はい」
シオンが目を輝かせて頷くと、サンタは1つ咳払いをした。
「じゃあもう遅いから帰りなさい」
「はい」
このままサンタと別れるのは淋しい気がしたけれど、シオンはそのままペコリとお辞儀をした。
「ありがとうございました」
「気をつけて」
そう言って手を振るので、シオンは後ろ向きのまま少し歩き、もう一度お辞儀をして向きを変えた。
しばらく歩いて振り返ると、サンタはまだシオンを見ている。 シオンが手を振ると、サンタも手を振り返した。
またしばらく歩いて角を曲がるときにもう一度振り返ってみる。
その時にはもうサンタの姿はなかった。
シオンは立ち止まって、手に持っていたサンタの帽子をそっと被ってみた。

 

 

 

 

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