眠れないあなたへ
眠れない。
布団を被ってもドモンの鼾がうるさくて仕方がない。
きょうに限らずいつもうるさいのだが、ドモンは眠りについた直後から鼾をかくわけではなく騒々しくなるまでにはある程度時間が かかるので、本格的に鼾が聞こえ始める前にこっちが眠ってしまえば気にならない。
きょうはいろいろ考えていたせいか眠りそびれてしまった。
仕方がないので羊の数など数え始めたりしてみたらかえって目が冴えた。羊の数を数えながら眠りに落ちた人なんてこの世に いるのだろうか。いつもそうだ。羊の数を数えているといつの間にか他のことを考えてしまってよけい眠れない。
眠れないとアヤセの静けさが気になる。静かな夜なら寝息が聞こえるけれど、今はうるさくて聞こえない。
生きてるんだろうか。
ついそんなことが気になってしまう。
生きてるに決まってる。
あたりまえだ。わかっている。
わかってるんだけど、気になりだすと気になってしかたない。近寄って確かめたくなるが、起こしてしまったら困るし、 だいたいそんなことを気にしてるなんて思われたくない。
冷凍庫に閉じ込められた日にアヤセ病気のことを聞いて以来いろんなことが気になる。もともとはやる気がなさそうだった運転代行の 仕事を勧めたのは竜也だが、やると言ったのはアヤセ自身で、大丈夫だとアヤセは言うのだからそう信じるしかないと思うのだけれど、 本当に大丈夫なのだろうか。
そもそも竜也はオシリス症候群というのがどんな病気なのかまったく知らない。調べたくても調べようがない。 アヤセが説明してくれたことが本当に本当のことだという確証はない。
こっそりタックに聞いてみようかとも思ったが、不審がられずに聞き出す自信がない。もしこっそり聞いていたことがアヤセにばれたら 一生口を聞いてもらえないような気がする。そう思うと聞くに聞けない。
今この20世紀でアヤセの状態を知っているのがアヤセと自分しかいないのだと思うと、とてつもなく不安になる。
何で俺なんかに話したんだろう。いっそ何も言わないでくれたらよかったのに。
ふとそう思ってしまって、いや冷凍庫で無理に聞き出したのは俺だったのだ、と思い出す。アヤセは言いたがっていなかった。 俺が教えてほしくて聞き出したのだ。
言わないでほしかったなどと思ってしまったことが恥ずかしくなる。
何も知らずにいるなんて嫌だ。自分の知らないところでアヤセが苦しんでいるなんて絶対に嫌だ。だから教えてくれてよかった。
だけど、それならユウリだってシオンだって、このうるさいドモンだってそう思うんじゃないのか。 自分の知らないところでアヤセが苦しんでるなんて嫌じゃないのか。
知ったらきっと悲しむだろうけど、だけど俺と違ってオシリス症候群のこともよく知ってるだろうし、 どうすればいいのか俺よりずっとちゃんと判断できるんじゃないだろうか。
偽善者。
大学時代に言われた言葉を思い出す。そうなのかもしれない。あの時あいつが言った言葉は正しかったのかもしれない。 ほんとはアヤセを心配しているのではなくて、俺自身がどうしたらいいかわからなくて誰かに助けてほしいと思っているのだ。
「最低だな」
思わず声に出してしまったら、そのタイミングでドモンの鼾が静かになり、アヤセが寝返りをうつ気配がした。
竜也は慌てて身を硬くする。
「眠れない時はあったかい牛乳がいいんですよね」
「あ、いいよ。シオン」
「遠慮しないでください」
空腹でものどが渇いてもいないので、遠慮しているわけではないのだが、既にシオンは読んでいた漫画を放り投げて 台所へ飛んで行ってしまった。
竜也は苦笑して1人でソファーに腰掛ける。
周りのすべての人が眠っているのに自分だけが起きているというのは淋しいものなのかもしれない。誰かが起きてくると嬉しいのかもな。
1年に1度しか睡眠を取らなくていいのなら1日はずっと長くなる。ちょっと羨ましいけど、 それは布団の中でぬくぬくと眠りを貪る喜びも1年に1度しか味わえないということでもある。
ハバード星人唯一の生き残りということは、自分と同じような身体の特徴を持った人が周りに誰もいないということだ。
それって凄く孤独だ。
思えばユウリは目の前で家族が全員殺されているし、アヤセは病気に罹っているし、シオンはたった一人のハバード星人の生き残りだし、 ドモンは……、ドモンはよくわからないけど、とにかくみんなそれぞれ辛いことを経験していて、 それを乗り越えて今ここで俺と一緒にタイムレンジャーやったりトゥモローリサーチやったりしている。
俺にはそういう辛いことを乗り越えた経験がない。
いや、そりゃ俺なりにはいろいろなことしてきたつもりではいるけれど、ユウリ達ほどの状況には陥ったことがないから、 物凄く辛かったり悲しかったりした時に自分がどんなふうになっちゃうのか想像ができない。
みんなみたいに頑張れないかもしれない。
「あーっ、今日はなんか駄目だな」
今夜は、自分が凄く駄目な奴のように思えて仕方ない。
こんなふうに自信がなくなってそうしていいかわからない時は、とりあえず眠ってしまえば次の朝にはすっきり爽やかな気分になってたりするのだれけれど。
あ、でもシオンはいつだって眠りに逃げて気分を変えることもできないんだよな。
「できましたよ〜」
シオンが2人分のカップを持って入ってきた。
「おっ、サンキュ」
牛乳を受け取って一口飲むと、温かさがのどから胃へと染みた。
「うまい」
顔を上げると、シオンが安心したように微笑んだ。
「お鍋をずーっと見てたから吹きこぼれませんでした」
シオンが初めて牛乳を温めた時、目を離したすきに鍋からすっかり牛乳を溢れさせてしまったのだった。目を離しちゃダメだと竜也が教えてからは、牛乳を温めている間中じっと鍋を見つめてるようになって吹きこぼさなくなった。 きょうもじっと鍋を見つめていたのだろう。
「あったまりますね」
シオンは両手でカップを持ってちびちびと飲みながら、上目遣いにじっと竜也の顔を見ている。
「どうしたの?」
あまりにもじっと見つめられているので、なんだか落ち着かない。
「眠くなりました?」
「え?」
シオンの眼差しが真剣なので心配になる。
「眠くはならないけど、もしかして何か入れた?」
「え?何かってなんですか」
「睡眠薬とかなんかそういうの」
シオンが開発した睡眠薬でも入れてみたのだろうか。
「何も入れてません。いつものミルクです」
「そっか。ごめん。そうだよね」
「この間、電化製品の修理に行ったら、そこに来てたお客さんが最近よく眠れないって言ってたんです。そしたら社長さんがコーヒーの 飲みすぎじゃないのかって。あったかい牛乳がいいんだよ、って」
「コーヒーはカフェイン入ってるから、かえって目が覚めちゃうよね。牛乳が眠りを誘うって話はよく聞くけどね」
「牛乳にはトリプトファンっていうアミノ酸がたくさん含まれているんですけど、これがセロトニンを作る元になるんで 寝つきがよくなるはずなんですよ」
「セ、セロトニン?」
「セロトニンは副交感神経に作用して脳を休ませる効果があるんです」
「そうなの?」
なんだかよくわからないけど、科学的に判断して、牛乳には眠りやすくなる効果があるってことなんだろう。
「俺は別に毎日眠れないわけじゃなくて今日寝そびれただけだから、無理して眠らなくてもいいよ。 今日眠れなかったら明日は良く眠れると思うし」
たまにはこんなふうにシオンとのんびり夜を過ごすのもいいかもしれない。
「竜也さん」
シオンがまたじっと竜也を見つめる。
「眠りたくなるツボを押してみていいですか」
「え?」
「首から背中にかけてツボがあるんです。眠れないお客さんの首とか背中を社長さんが押してあげてて、ついでに僕もやってもらったら凄く気持ちよかったんで やり方も教えてもらったんです。竜也さんが眠くなるかどうか試してみてもいいですか」
「で、その社長に教えてもらった指圧を竜也に試してみたら途中で眠って今に至ってるってわけか。凄いな」
「僕も、こんなに効くとは思わなくてびっくりしちゃいました」
「やっぱり単純な奴はすぐ効くんじゃないの」
「それじゃおまえにもよく効くだろうな。まあ、おまえは眠れないなんてことはなさそうだから関係ないか」
「なんだと、アヤセ、おまえはどうなんだよ」
昨夜、畳の上でうつ伏せになってシオンに眠りたくなるツボを押してもらいながら眠りに落ちた竜也は、 そのままの姿勢でシオンに毛布を掛けられたまま、朝を迎えている。4人に見下ろされながらさんざん話の種にされている今も いっこうに起きる気配はない。
ユウリが呆れた顔で竜也を見下ろす。
「いくら単純だからって催眠術じゃないんだから。ツボを押されたぐらいでそんなにすぐに眠っちゃうなんてことあるのかしら」
「でも実際に竜也はこうやって寝てるじゃんかよ」
ドモンは両腕を組み、竜也の顔を顎で指し示した。
「ツボを押してもらったのがよっぽど気持ちよかったんだな。シオン、たいした腕だな」
「うふふ、そうでしょうか」
アヤセに褒められて、シオンは嬉しそうに笑った。
「これから眠れなかった人は言ってくださいね。僕がツボを押してあげますから。ユウリさんも」
「ありがとう。でももう朝だしそこで寝ていられたら邪魔だから、起こしてあげてちょうだい」
ユウリがやれやれ、と言った顔で新聞を掴んだのを機に、ドモンとアヤセもその場を離れる。
「はい」とうなずいたシオンは竜也の側に屈み込んだ。
スースーと規則正しい寝息が聞こえる。
竜也の寝顔はとても気持ち良さそうに見えて、もう少し寝かせておいてあげたい気がした。
協力し合って頑張ってる人たちの話、……を書くつもりだったんですけど(汗)。