Aquarium  Ver.D



2000年9月某日。

「待てッ、ロンダース!!」
竜也の声はつい一瞬前まで囚人のいたはずの空間に虚しく響く。
滝沢直人もディフェンダーソードを握ったまま「ちッ」とマスクの中で舌打ちした。
あれほど大勢いたゼニットたちもかき消すようにいなくなっていた。ユウリは発射しそこねたボルテックバズーカに向かって強く首を振り、ドモンは逃げ足だけは速え奴らだぜ、と悪態を吐く。
「行くぞ!」
アヤセの声に皆頷いて瓦礫の中へ駆け出す。
囚人が退避してしまった以上、今タイムレンジャーがなすべきは奴らが破壊して行った街の被害者たちを救うことだ。
滝沢直人もタイムファイヤーの装着を解いて、シティガーディアンズ隊員として被害者救助に当たっている。タイムレンジャーの5人は装着を解かずに、そのままシティガーディアンズと協力する形になる。

広々と整備されていたオフィスビル前の広場は、今は倒れた木とコンクリート片と怪我人で騒然としている。囚人の放った数発のミサイルによって幾つかのビルの倒壊の予想されるので、非難は迅速を急用とした。

タイムファイヤーによるタイムレンジャーのヘッドハントが失敗したことは、タイムファイヤー滝沢直人自身の外には浅見渡側近の極少数の者しか知らない事情だったから、シティガーディアンズの隊員がタイムレンジャーを特別に意識しているということはない。
個人的にタイムレンジャーを対抗勢力として敵意を持つ者もないではないが、現場ではシティガーディアンズは組織的に大勢の避難者の誘導に当たり、タイムレンジャーたちは動けない怪我人1人1人をフォローする、という役割分担もいつの間にかできている。どちらかというと、組織力の優位がシティ・ガーディアンズをしてタイムレンジャーを軽視させしめている。そしてタイムレンジャーは基本的にシティ・ガーディアンズも対ロンダース勢力として味方と捉えているから、表立って対立するようなことはない。

危険と見られていたビルのひとつがいよいよ嫌な音を立てて軋み始め、それを聞きつけたシティガーディアンズの部隊長たちは一斉に「退避!」と命令を下したが、タイムレンジャーたちは逆にビルに飛び込んで行った。まだ避難しきれていない人々はビルの中に多数残っているのである。
シティガーディアンズ隊員の殆んどは命令通り逃げたが、何人かはタイムレンジャーと共にビルに残った。その中には滝沢直人もいた。

3階まで吹き抜けの玄関ホールを支えていた柱が2本、立て続けに崩れ落ちた。鉄筋作りのビルはしかしそれでも、傾いだだけで一旦瓦解を休止する。タイムレンジャーたちは生身のシティー・ガーディアンズたちを身を呈して庇っていた。崩壊の音が止むと同時にタイムレッドの下から滝沢直人が無表情に立ち上がる。
クロノスーツを着けているタイムレンジャーたちが崩れた壁や柱を押し退け、シティ・ガーディアンズの隊員たちは室内や階段の踊り場で立ち往生している人々を出口へと誘導する。4階の会議室に多数が取り残されていると聞かされて、タイムレンジャーたちとシティ・ガーディアンズは頷きあって階段を昇り始める。滝沢も再びタイムファイヤーとなって、タイムレンジャーと同じように行く手を塞ぐコンクリートの塊や防火壁を排除する。
会議室には50人近い人が残っており、衝撃で割れたガラスによって怪我をしている者も多かった。既に大きく傾いているこのビルで器具を使って窓から避難させることはできない。
傾斜していない棟の階段から、まず即席に会議机で作った担架で怪我人たちを運び出し、次に歩ける者を誘導する。作業は比較的順調に進んだ。
ぱらぱらとコンクリートが崩れ出した入り口ドアを両側からタイムレッドとタイムイエローが支え、タイムピンクとタイムグリーンが階段付近で待機し、タイムブルーとタイムファイヤーはシティ・ガーディアンズと共に室内の人々を誘導する。
最後のグループが階段を下りきり、一同に一瞬気の緩みが生じたその時、天井がスローモーションのように崩れ始め、そしてビル全体がほぼ垂直に地面に沈んだ。
シティ・ガーディアンズ隊員たちの何人かはタイムレンジャーによって辛うじて救われ、何人かは落下の衝撃と瓦礫の下敷きになることを免れ得なかった。動ける者はそうでないものを必死に救出し、最後に、1階と2回を繋ぐ階段の踊り場で分厚い防火壁の下敷きになっている隊員を見つけた。

竜也とドモンが反射的に駆け寄ろうとしたが
「待って!」
ユウリに呼び止められる。
「お前ら2人して登ったら、あの階段保たないぞ!!」
アヤセが内部の鉄骨を露出させている階段を指差す。確かに、階段は中段以下がほとんどなくなっており、いつ崩壊しても不思議はないという状態だった。
「でも・・・・!」
ぎしぎしと揺れる不安定な階段の上で意識を失っている彼を放っておけない竜也が、尚も走り出す素振りを見せると、
「竜也、おれが行く」
ドモンに腕を引かれて竜也は後退させられた。
「だって、ドモン!あの鉄板、1人じゃ・・・」
「任しとけって!おれはグラップのチャンピオンだぜ?」
言ってドモンは、決して走らず、けれど素早く階段を上がり、気合一閃防火壁の残骸を投げ飛ばして下の隊員を引きずり出した。その反動でいよいよ大きく揺れ出した階段を、隊員を肩に担ぎ上げて今度は全速力で駆け下りてくる。ドモンの足が離れる先から階段がみるみる崩れ落ち、仲間たちの所まで戻って来ると同時に、最後の階段も僅かに残っていた天井ごと瓦礫となって消えた。
呆然とその様を見送っていたドモンの肩の上で、担いでいた隊員が苦しげに咽せ始めた。
慌てて地面に下ろすと、内臓をやられたのか赤黒い血を吐いている。
「救護班!」
滝沢直人がタイムファイヤーの姿のままで強く呼ばわる。運ばれてきた担架が迅速に怪我人を連れて行く。
「やべえ、おれがあんな乱暴に担いだから・・・」
ドモンは、やはりタイムイエローの姿のままで救急車に運び込まれる担架を見遣っていたが、
「おれ、ちょっと付き添ってくるわ」
言って担架と共に救急車に乗り込んでしまった。
「え、ちょっと・・・!」
竜也が後を追おうとしたが、一瞬早く車は走り出してしまっていた。その後ろを「タイムイエローさん!」と叫びながら報道陣が慌てて追いかけて行く。
「行っちゃったよ・・・どうするんだよ、ドモンの奴・・・」
竜也は仲間と、そして竜也同様些か呆気に取られて立っている直人を見る。
「・・・俺も、もう撤退だ。仕事は終ったからな」
竜也の視線を避けるように装着を解いた直人が、振り向かずにシティ・ガーディアンズの車輌の方へ歩き出す。
「直人・・・」
こちらはまだクロノスーツを装着したままの竜也が、直人の背中を寂しげに見送る。
ビル崩壊の危険区域から出て来た直人が忽ち報道陣に取り囲まれるのを見て、ユウリが
「わたしたちももう行きましょう」
3人を促して小走りに駆け出した。報道陣が待ち構えているのと反対側の、ビルの残骸に塞がれた道路をこそこそと通り抜ける。人垣から死角しなっている瓦礫の陰で装着を解き、人ごみに紛れて何んとか家路に付いた。
「・・・ドモンさん、シティ・ガーディアンズの皆さんの前で、クロノスーツ脱いじゃったりしてるんでしょうか」
シオンが、先ほどからずっと気になっていたらしいことを思い切って言葉にした。
「まさか、そこまで迂闊じゃないだろう・・・」
アヤセは笑ってみせるが、すぐに真顔になってしまう。
「え?ダメなの?だって、オレ、もう正体バレちゃってるし・・・」
竜也が、少し申し訳なさそうに、上目遣いに皆を見回す。
「・・・・・・竜也は、仕方ないとしても・・・、でも、できるだけわたしたちの情報が外部に知られないに越したことはないわ」
ユウリに厳しい顔で睨まれて、竜也はしょんぼりと下を向いてしまった。
「竜也のことが親父さんにバレちまったのは事故だ、今更考えたってしょうがないだろ」
アヤセが竜也の肩を叩く。
「ええ、そうよ。・・・だからこそ、これ以上わたしたちの顔が知られることは避けたいんだけど・・・」
「でも、直人さんは僕らがタイムレンジャーだって知ってるわけですし、竜也さんのお父さんだって知ってるでしょう?だったら・・・僕らのこと、もう全部シティ・ガーディアンズの皆さんに知られちゃってるかもしれませんよね」
シオンの言葉に、ユウリも溜め息交じりに頷いた。


ドモンが案じた通り、その隊員は鉄板の下敷きになった際肋骨を折っていたらしく、ドモンが肩に担いだ為にそれが内臓を傷付けてしまったらしい。
重症ではあるが命に別状はない、とのことだったが、ドモンはやはり落ち込んだ。第三総合研究所に付属している医療棟でクロノスーツのまま項垂れるドモンを、隊員や医師や看護婦たちは遠巻きに見ながら過ぎて行く。
その時、3人のシティ・ガーディアンズ隊員がドモンに駆け寄り
「タイムイエローさん、どうもありがとうございました!」
突然、揃って頭を下げた。
「武内を助けて頂きまして・・・」
ドモンが助けた隊員のいた班の班長と班員たちらしかった。彼らは皆小隊長からの撤退命令に反してビル内に残った者たちであり、ドモンも何んとなく顔に見覚えがある。
「いや、おれがあんな無茶な格好で担ぎ上げちまったから・・・」
ドモンはやはり沈んだ声で答える。
「いえ、あなたが迅速に救出して下さったから、武内は死なずに済んだんです。あのままぐずぐずしていたら、階段もろとも地面に叩き付けられていたでしょう」
「あいつ、新婚なんです。・・・あなたのお陰で、未亡人を作らずに済みました・・・」
頭や腕に負った傷に極く簡単な処置だけ施した隊員たちは、それぞれ朝霧、松本、倉本と名乗り、口々にドモンに礼を述べた。ドモンの気分も段々と和らいでくる。
「いやあ、あんたらの働きだって大したもんだったぜ。実は、シティ・ガーディアンズなんて、金で人助けするいけ好かねえ連中だなんて思ってたんだけど・・・今日おれ、あんたらも、おれたちと同じ気持ちなんだなあ、なんて・・・・ははははは」
いつの間にか廊下の隅のベンチに座って話し込んでいると、医務室から出て来た滝沢直人と目が合った。
「おい!」
直人は無視したがっていたようだが、ドモンは派手に手を振って強引に周囲の視線ごと呼び寄せる。直人は舌打ちして渋々振り向き、直属ではないにしろ上司もいる手前、ドモンの手招きに従うしかなかった。直人も顔に出来た傷に薬を塗ってきたところらしかった。それを見た倉本が
「タイムイエローさん、お怪我は?」
あちこち焦げたり、ほつれたようになっているクロノスーツを見て言った。タイムファイヤーの直人がこれだけ怪我をしているのだから、タイムレンジャーも、と思ったらしい。
「ここで装備を解いても宜しいので?」
滝沢直人が、上司や同僚の手前を慮ってかいやに丁寧な口調で言う。
「ああ?ああ・・・いや、それは・・・」
ドモンには、森山ホナミのことがトラウマとなっていて、自分をタイムイエローと呼ぶ人の前でクロノスーツを解くことに妙な拘りがあった。
「あ、我々がいてご迷惑でしたら、別室をご用意しますので」
言いながら倉本が早くも通りかかる看護婦に声をかけようとした時
「どうしたの、次の方、もういないの?」
直人が出て来た医務室から顔を除かせた女医の美しい顔がドモンの目に飛び込んだ。


流石に廊下ではしなかったが、医務室に入るなりドモンはあっさりと装着を解いた。無数にできている擦過傷や打撲を治療しようとした女医が、消毒用のアルコール綿が拭っても拭っても真っ黒に汚れるので、治療の前にいちど身体を洗って来るように、と言い出だした。
確かに今日は崩れるビルがら巻き上がるものすごい粉塵が、マスク越しでも喉や鼻に入り込んで呼吸が辛かったくらいだから、身体の方もさぞかし汚れてはいるだろう。今日はタイムファイヤーもタイムイエローもみんな真っ黒だわね、と女医が笑う。シティ・ガーディアンズと同じ湯船につかることに抵抗がないではなかったが、奇麗になってきたらゆっくりお薬塗ってあげるわ、と女医に微笑まれて、ドモンは「はい」とやにさがった。


女医に教えられたとおり長い廊下を進んで行くと、シティ・ガーディアンズの訓練場と思しき建物に着く。女医に言われて受付で受け取ってきた来賓用IDカードで中に入り、矢印に従って浴室を目指すと、さきほど話をした倉本たちに出会った。
よお、と手を上げたが装着を解いたドモンを判るはずもなく、ドモンは思わず大声で「タイムイエローだよ」と言ってしまう。その言葉に周囲にいた隊員たちの視線が一斉にドモンに集まり、ドモンも流石にマズイと大きな身体を縮めたがもう遅い。このタイムイエローさんが武内を助けてくれたんだ、と英雄のように紹介されて、ドモンは頭を掻きながらまんざらでもない。そのまま大勢の隊員と挨拶を交しながら、浴室へと入っていく。
「あれ、滝沢・・・は?」
脱衣所で、首を巡らしながらドモンが尋ねると
「ああ、滝沢は研究室の方へ。タイムファイヤーのメンテナンスとかで、出動して帰って来たら必ず行くんだそうで」
「ふうん、大変なんだな。・・・あいつは風呂入んないのかよ」
「一通り報告と検査が終ったら来ますよ、いつも大体我々とは擦れ違いになる感じですけど」
埃まみれの服を脱いで、タオルで前だけ隠してどやどやと浴場へ雪崩れ込んで上がり湯を使う。事務所のそれとは違うだだっ広い風呂に、ドモンは以前一度だけ行った銭湯を思い出した。風呂はでかいに限る。
せっかくの大浴場、まず湯船にゆったりと漬かりたかったが、このまま入ったらたちまち風呂が濁ってしまうだろう、ということで、皆して仲良く並んで身体を洗い始めた。
腰掛にどっかと座ったドモンの股間を覗き込んだ松本が
「お」
とだけ言って自分のと見比べている。ドモンはにやにやしながら松本のを覗き込み、
「はー・・・」
と言った。松本は慌ててタオルで隠す。松本の向こう側にいた朝霧も身を乗り出して来てドモンのを覗き込み
「ドモンさん、こいつのは見ないでやってよ、有名なんだ」
誤解されるようなこと言ってんじゃねえよ、と松本がムキになり、ドモンのこちら側にいた倉本がばかやろうと窘める。ドモンは声を出して笑い出し、
「なあ、滝沢の奴の、見たことあるか」
両側に向かって訊いてみた。
「え、そりゃあ・・・。おれ訓練生時代から同期だし」
松本が答える。
「どうなんだよ」
「えー?おれの口から言っちゃまずいでしょ」
訊くドモンも答える松本も、そして隣で聞いている倉本たちもくすくすと笑っている。
「いや、でもさ、正直なところ、どうなんだよ」
「えー、正直も何も、見たまんまっつうか」
「なんだそれ」
「え、でもドモンさんのも、けっこう見たまんまじゃないっスか?」
「おれはそりゃ、どこもかしこも立派だもんよ」
「ははははは!」
「なんでそこで笑うよ!?」
「だって、ドモンさんそれ、滝沢と同んなじ答え」
タオルに石鹸を擦りつけながらまだ笑っている松本を、ドモンはしばしぽかんと見つめ、
「ああ!?あいつそんなこと言うか!?」
信じられない、と大声で訊き返してしまう。
「言ってたんスよ、ははは、なんだよなあ、自分に自信のある人は、みんなそんなん言うんスかね」
「だってよお、滝沢だぜ?あいつにこんな話ししかけたら鼻先で笑われそうじゃねえかよ」
「えー、別にそんなことないって、フツーに猥談とかしますよ」
「滝沢が?・・・・・・竜也んとこに来る時の態度と大分違うじゃねえか」
「竜也・・・さん、て、あの・・・?」
「あ?ああ、そう、ここの浅見会長さんの息子だよ、おれたちの仲間の・・・」
言ってしまってから、これはまだ公になっていなかったっけ、とドモンはまた首を竦めたが、シティ・ガーディアンズの中ではタイムレッドが浅見竜也であることはどうやら公然の秘密であるらしく、松本はさして驚かなかった。
「竜也さんと滝沢って、大学の時一緒だったんでしょう?」
松本が竜也の名前を口にすると、倉本が「その話はするな」という視線を向けてきた。松本はしまったという顔をしたが、ドモンはまるで無頓着に
「そうなんだってよ。でも、ちょっと判んねえんだよな、竜也は友達だったって言ってんだけど、滝沢のヤローはそう思ってなかったんじゃねえの?なーんか、おれたちの前だとやたら嫌味な奴だぜえ、滝沢って。スカした野郎って感じで」
「あー、まあね、そりゃ、タイムファイヤーになってからは、ちょっとおれたちとは違うとこに行っちゃったのかな、って感じもしますけど。でも、一緒にキツイ訓練乗り越えて来たし、それなりに仲間っスよ、おれたちだって」
な、と朝霧に顔を向けると、朝霧も頷く。
「滝沢はさ、大学が肌に合わなかったって言ってましたよ。あいつがここの訓練生になったのって、あいつが大学辞めてけっこう直ぐの頃だったらしいですけど、ここは居心地がいいって」
朝霧がかなり乱暴に泡だらけの頭を擦りながら言った。言い終わって強い勢いのシャワーで漱ぎを始め、それを機に皆話を中断して、黙々と頭や身体を洗った。
漸くきれいになって湯船に漬かり、格闘技の話などで盛り上がって、そろそろ松本たちは上がると言ったが、ドモンは
「いや、せっかくのでかい風呂だから、も少し堪能させてもらうわ」
言っていかにもきもちよさそうに顔を拭った。隊員たちは笑いながら、じゃあお先に、と出て行った。


隊員たちが大方いなくなってからも、ドモンは湯船のへりに腰掛けて、脛から下だけ湯に漬けてのんびりしていた。

出たり入ったりを何度か繰り返し、汗をかききってもういい加減のぼせるかな、と思ったところへ、やっと滝沢直人が入って来た。
直人は、入るなり自分に向かって手を上げてみせた大きな背中をひと目見て、僅かに眉を顰めた。湯船には来ないで真っ直ぐシャワーの方へ足を向ける直人の後を追って、ドモンはふらふらと湯船から上がった。
直人の隣によっこらしょといいながら腰掛けて、直人のを覗き込んで
「ほお・・・」
と呟いた。直人はちらりと苦々しい顔をドモンに向けて場所を替わろうとしたが、ドモンが腕を掴んで引き止める。
「まあ、いいじゃねえか。せっかくシティ・ガーディアンズに来たんだから、お前とも少しは話ししてから帰ろうと思って、のぼせながら待ってたんだぜ」
直人はドモンの腕を忌々しげに振り解いたが、わざとらしく溜め息をつくと、ドモンからシャワー1つ分離れたところに腰を下ろした。ドモンは隣へ移動しようとしたが、直人に「来るな」と睨まれ、へいへい、と肩を竦めて笑った。直人は無表情で髪を洗い始める。
「なあ、お前、大学に馴染めなかったんだって?」
「・・・・・」
「松本って奴に聞いたぜ、お前と訓練生時代同期だったって」
「・・・・・」
「でも、竜也とは友達だったんだろ、あいつとはけっこう気が合ったのか?」
「・・・松本はシティ・ガーディアンズ失格だ、命令違反なんて兵隊として最低だ」
不機嫌を隠さない低い声で、余りにも強引に話題を変える滝沢にドモンは渋い顔をしたが
「命令違反?したのか、あいつ」
知り合ったばかりの気の良い松本の顔を思い浮かべて、つい訊いてしまう。
「今日、退避命令があったのにビルの中に残ってただろう」
「だって、あれは、まだ助けなきゃなんねえ人が中にいるって思ったからだろ」
「命令は絶対だ、それが軍隊ってもんだ」
「軍隊ねえ・・・・。でも、だって、お前だって残ってたじゃねえか」
「俺はタイムファイヤーだ、そこらの兵隊とは違う。独自の判断で行動していいことになってる」
「ま、おれたちも松本たちも、人助けしようって思ったことには変わりねえんだから、いいじゃねえか。あ、お前もな」
「・・・・・・・」
「おれは、ちょっとヘマしちまったけどな。あの・・・武内だっけ?もっとうまく助けてやる方法だってあったはずだよな・・・」
「重軽傷者は150人以上、死者は9人。死者が10人の大台に乗らなかったのはお前のお陰だ」
「・・・・・人の命を数字で考えるんじゃねえよ」
「・・・浅見のお仲間の言いそうな台詞だぜ」
「悪いかよ」
「別に」
「やっぱいけ好かねえわ、お前」
「・・・ハ、だったら話し掛けるな」
直人は額から目の辺りに流れてきた泡を機械的に拭う。
「松本とかとは普通に喋るらしいじゃねえかよ」
「当たり前だろ、会話くらいする」
「もっと友達っぽく喋ってんだろ?なんで竜也やおれたちにはそんななんだよ」
「・・・・・・・」
「・・・あ、リンスインシャンプーだったのか」
「・・・・・悪いかよ」
「別に」
直人が会話を断ち切るように、いきなりシャワーを強く出して頭から全身を流し始めた。ドモンは思い出したように桶に冷水を汲んで顔を洗う。散々汗を流した後だったから気持ちよくて、継いでぬるめのシャワーを出してドモンも全身の汗を流した。
長いことシャワーを使っていた直人が漸くコックを捻って湯を止め、立ち上がってそのまま浴場を出て行こうとした。
「おい、風呂入んねえのか」
ドモンは慌てて後を追う。
「汗を流したかっただけだ。シャワーで充分だ」
「ふうん、勿体ねえ」
脱衣場にももう人はおらず、ドモンと滝沢のロッカーの場所は離れてはいたが、互いの気配はよく判った。
「お前は浅見に似てやがるんだよ」
身体を拭いて、さっきまで着ていた汗と埃まみれの服をもう1度着なければならないのか、とドモンが素っ裸のままイヤな顔をしていると、突然直人の声がした。
「あん?」
ドモンは素っ裸のまま、直人のいる方へ顔を出す。
「人の都合なんざお構いなしにてめえの言いたいことばっかりずけずけ喋りやがって、返事しねえと勝手に怒ったり、落ち込んだり」
もう粗方服を着終わった直人が、ドモンの気配に気付いていながらドモンの顔を見ずに言う。ドモンは暫く直人の横顔を見ていたが、一向にこちらを向くつもりがないらしいので、仕方なく汚い服に再び手を通し始めた。せっかく清潔になった身体に、みるみる汗臭さが戻って来る。あーあ、とドモンは情けない溜め息をつく。
「お前、竜也にもそんなふうに喋ってたのか」
「・・・あ?」
「そんなふうにずっと怒ったような顔して、竜也と喋ってたのか」
「浅見は下らない奴だった」
「・・・・・竜也、悲しむはずだわ」
「何?」
「おれはそんなふうにされたら怒るだけだけどよ、竜也は悲しそうにするだろ。あいつ、そういうとこガキだから。お前の話しろって言ったら、なーんか泣きそうな顔してたけど。こういうことか」
「・・・・・」
ばたんとロッカーを強く閉める音がして、直人が浴室から出て行った。

ドモンは自分の服の臭いを嗅いで溜め息をついたが、先刻の美人女医の言葉を思い出して、笑顔になって浴室を後にする。




カウンタ3333ヒットを踏み踏みされた樹里さんからお題頂戴、「ドモンと直人」でした。
確かに、本編でこの2人の組み合わせは見ませんでしたね。ユウリ、シオン、アヤセとはそれぞれ絡んでいたのに。

このお題を頂いて、真っ先に思い浮かんだのが、並んで身体洗ってるところでした(笑)。直人と、ほかの誰との組み合わせでも、一緒に風呂入らせたりしたらあらぬ誤解を招きそうですが(笑)、でも、ドモンとなら大丈夫。全然ただの男同士。うん。
もちっと「男同士のハダカの付き合い」っぽく、ざっくばらんに話してほしかったんですが、直人は中々頑なでした。

あ、タイトルは「水族館」ではなくて、密閉した容器にある割合で水と水草と魚を入れると、丁度全ての循環のバランスが均衡して、掃除も餌やりもしないでその水の中でいつまでも魚が生きていける、という、そういうモノ(状態?)を指しての「アクアリウム」です。

 


(樹里より) ドモン、他人の職場でなんてリラックスしているんだ(笑)。この人は時々こんなふうに凄くお兄さんになりますよね。
このお話の直人バージョンが青髭さんのサイト「第24代」にあって、合わせて読めば更に楽しめます。
直人はドモンに比べるとかなり辛そうです。ぜひ合わせて読んでみてください。
青髭さん、おいしいお話ありがとう!  


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