経過 ver.A
2000年2月末日。
アヤセは竜也を警戒していた。竜也の言葉は心地よい。
信じてしまいそうになる、許してしまいそうになる。
今回のレンジャー隊メンバー中、唯一の女性であるユウリがいちばん問題がない。
100パーセント、ビジネスライクで付き合って行けばいいタイプ。過不足のない仕事仲間。しかも捜査に関してはプロであり、いわば不在のリュウヤに代わるリーダーだ。こちらのやるべきことさえきちんとこなせば、鬱陶しいことを言ってこないばかりか、時間保護局との交渉にも力を尽くしてくれるかもしれない。
シオンに関しては目下観察中というところだ。
今のところ何を考えているのか予想がつかないけれど、付き合いにくい人間でないことだけは信じていいような気がする。しばらく観察して行動パターンを掴めれば、決して一緒に仕事をし辛いタイプではないだろう。
ドモンは、いちばん簡単で、いちばん厄介だ。
わがままで感情的で堪え性がなくて、独善的なくせに不寛容で自分に非があることなど思いも寄らないというタイプ。
時間保護局の特殊機動部隊ともいえるレンジャー隊への入隊は、完全に志願制である。志願者だけが各種の適性検査を受けて、最終的に入隊の可否が決定される。つまりドモンだって、時間移動をも含む特殊な任務もあり得ることを承知した上で、自ら望んでタイムレンジャーになったはずなのだ。それなのに、いざ異時代へ来て見ればバカの一つ覚えのようにこの時代への文句しか言おうとしない。
無論アヤセだって、恐らくはユウリもシオンもそれぞれに、こんな遠い時代へ、無期限で派遣されるなんて、いくらなんでも考えていなかったはずだ。しかしレンジャー隊員としてのプライドと責任感から、何んとかしてこの時代で生活する覚悟を決めたのだ。
ドモンのようなヤツを見ていると、本当にイライラする。あらゆる場面に於いて自分の感情を尊重することしか考えない奴。我慢することも諦めることも知らない、オメデタイ人間。
せめてもの救いは、あまり頭が良くないらしいことだ。身勝手な言い分を胸の内に秘めるという知恵すらないから、こちらも堂々とその身勝手さを責めることができる。ドモンは毎日、自ら進んでアヤセに正当な攻撃材料を提供してくれている。仲間と決めた仕事の分担をサボったり、皆が承知の上で我慢している不満について訳知り顔で文句を言ったり。その度にアヤセはドモンの非を容赦なく指摘してやる。ドモンが更に不満を募らせ、非論理的な反撃を仕掛けてくれば、もうアヤセの思う壺だ。竜也とシオンがドモンをなだめ、ユウリはドモンに教育的始動を発する。
アヤセは誰にも責められることなく、まんまとドモンに八つ当たりすることができるというわけだった。
竜也は。
初めて出会った20世紀の人間。この鈍さというか寛大さは、一体この時代の人間に特有の性質なのか、それとも竜也の個人的な特徴なのか。なんとなく、後者であるらしい察しだけはついたものの、だからといって竜也との付き合い方をそう簡単には決められない。
アヤセには竜也が判らない。
例えば他惑星の作家の小説を読む時、細かな習慣や心理に決定的な隔たりを感じることはあっても、最終的に共感できてしまうのは、つまりその惑星の頂点に立つような生物は、どれも皆地球人類の想像の範疇に収まるような心を持っているということだろう。
それは時代の違いにだって当てはまる法則だとアヤセは思っている。つまり、竜也が不可解なのは、竜也とアヤセの間に1000年のタイム・ラグがあるからではなくて、単に個人的な性格の違いがあるだけなのだ、と。
この原始的な時代に放り込まれて、アヤセの心は却って安心している。
レンジャー隊のメンバーは皆、余りにも目まぐるしい現況に対応していくのに必死で、アヤセのことをいちいち気にかけない。発作の予兆を感じて突然部屋を出ても、誰も何も気にとめない。それどころではないのだ。自分のことで精一杯、だからアヤセも、見切りをつけた自分の未来について考える暇もなかったし、病気のことを忘れていられる…
竜也のいないところでなら。
竜也はアヤセに思い出させる、いろいろなことを。
諦めたはずの夢のこと、受け入れたはずの運命のこと、考えるのをやめた未来のこと。
それが腹立たしいどころか、竜也の言葉はともするともういちど夢を見そうにさせるのだ。
誰よりも竜也には警戒しなければならない。アヤセは自分に言い聞かせている。
今朝、朝食の片付け当番をサボって、ドモンが爪の手入れなどしていた。
またか、とアヤセは大した不快感もなく思う。自分の置かれた状況に対するドモンの子供じみた反抗は、ほとんど微笑ましくすらある。
「もードモン、昨日の部屋掃除だってサボっただろー?せめて食器下げるくらい手伝ってよ」
しかし竜也はこの共同生活に、皆が馴染んでくれることを心底願っているようだ。ドモンと同じくらい、こんな竜也は微笑ましい。
「手伝うんじゃなくて、ドモンが当番なんだろ。甘やかさないでちゃんと一人でやらせろ、竜也」
アヤセが竜也に加勢すると、
「そうよ、共同生活なんだから、一人一人がやるべきことをちゃんとやってくれないと困るわ。ドモン、自分の仕事をして頂戴」
ユウリがもっと厳しくドモンを追い詰め
「ほら、ドモンさん、僕も手伝いますから、ぱーっと片付けちゃいましょうよ」
シオンは座を和ませる助け舟を出す。
この時代に来てからほとんど毎日繰り返されている光景だ。
それでもドモンは頑なに皆の言葉を無視し続け、そのうちに竜也が「しょうがないなー」と文句を言いながらドモンの肩代わりをし、それをシオンが手伝い、ユウリの小言の矛先は竜也に向かい、ドモンは我関せずといった様子で皆に背を向けてソファに寝転がる。
懲りない竜也がドモンに近付いて何か話し出すのを横目で見ながら、アヤセは少々わざとらしく溜息を吐いて、洗面所に入った。
「でも、そういえばさ、爪切りなんて1000年経っても使い方変わらないんだ?」
心持ちゆっくりと歯を磨き、顔を洗って、適当に髪に櫛を当ててリビングへ戻ると、竜也がドモンの背中に覆い被さるような姿勢で喋っていた。ドモンの渋い顔に気付いていて、敢えて鈍感を装っているのか、それとも本当に判っていないのか。竜也の無邪気さは時に不可解だ。
「はぁ?」
思い切り不機嫌なドモンの返事も気に留めず、
「だってさ、シャーペンの芯の入れ替え方とか、ピーラーの使い方とか、皆んな知らなかったじゃん。でも爪切りはフツウに使ってるだろ?30世紀になっても爪切りはこの時代とあんまり変わらないのかなぁって」
ドモンの肩に両手を置いて体重を預けた姿勢で、竜也はシオンやアヤセを振り返った。
「そういえばそうですね、爪切りの形って僕たちの時代とそんなに違わないです」
当たり前の口調で竜也に同意するシオン。ドモンの顔が一層不機嫌になったのを見て、アヤセの嗜虐心が頭を擡げた。
「シャーペンやピーラーに関する知識は、さすがに瑣末すぎて強制インプットされた基礎知識にも入ってなかったんだな。でも、爪切りに関しては強制インプットするまでもなかったってことか…」
ドモンの視線を充分に意識しながら、竜也の言葉にやや過剰に感心してみせる。実際、竜也の発見にそれなりに感心してもいたから、演技するのは難しくない。30世紀の情報管理に厳しいユウリが自室で着替えているのも幸いだった。
「そうなんだぁ。そうかぁ、たしかにさ、鋏とか、あとクシとか傘とか、良く考えたら平安時代と20世紀とでそんなに変わってないもんね。1000年前から変わらないものは、1000年経っても変わらないのかぁ…」
夢みるように宙を見上げて、竜也がうっとりと微笑む。
「そうなんですかあ」とか「なるほどな」とか、アヤセとシオンが相槌を打つ毎に、ドモンの表情が険しくなっていく。くるぞ、とアヤセは内心身構える
「…変わらねえ訳ねえだろう、全然違うっつーんだよ……」
全くドモンという男は、アヤセの期待を裏切らない。打てば響くとはこのことだ。
「ぜんっぜん違うに決まってんだろ!?1000年だぞ、1000年離れてて違わねえ訳ねえだろうがッ!!」
ドモンは30世紀に愛着がある。だから20世紀のすべてを認めようとしないし、20世紀の象徴である竜也に何かと言うと辛く当たる。きっとあの時代で幸せに暮らしていたのだ。アヤセの胸がちりちりと焼ける。これはきっと、嫉妬なのだろう。30世紀で余りにも苦い日々を送った自分の、幸せな人間に対する理不尽な嫉妬。
「なんでお前ら平気なんだよ、こんな訳判んねえ時代に放り出されて、何フツーに生活してんだよ!?なんでそんな、笑ったりとかできんだよ、おまえらおかしいんじゃねえのか!ここにはマトモな人間いねぇのかよ!!」
竜也はドモンの唾がかからない位置まで反射的に上体を引いて逃げていたが、ドモンは竜也の胸倉を乱暴に掴んで引き寄せ、やり場のない負の感情をぶちまけている。
「おい竜也、お前な、お前見てっとイライラすんだよ!あの憎ッたらしい隊長と同んなじ顔しやがって、なんで毎日お前の顔見ながら暮らさなきゃならないんだ、こんな暮らしさせられてんの、全部お前の所為なんだぞ、え!?」
至近距離から怒鳴られて、竜也は怒るどころか哀しそうに眉根を寄せる。同情されたとでも思ったか、ドモンの口調が一層攻撃的になる。
「畜生、お前の所為でっ、お前がでしゃばってタイムレンジャーになんかならなかったら、保護局だって諦めておれたちのこと30世紀に帰してくれたかもしれねえじゃねえか!!」
「よせドモン!言いがかりだぞ!!」
余りにも理論的でないドモンの言葉と、それに反論しようとしない竜也と両方に腹が立って、アヤセはかなり乱暴に2人の間に割って入った。
「いい加減にしろ、竜也がいてもいなくても俺たちはこの時代に取り残されたんだ、お前だって判ってるだろう!竜也に八つ当たりしたって30世紀には帰れないんだ!」
「下らないケンカはやめなさい!」
先刻からの大声を聞きつけて、着替えを終えたユウリが部屋から出てきて一喝した。
「この時代に残ってロンダースを全員逮捕する、それがわたしたちの任務でしょう、今更何を言ってるの!?」
ユウリの剣幕に誰も言葉を継げない。「任務」という言葉に、ユウリがこの場にいるだれよりも重い意味を見出しいていることを、皆承知している。結局、タイムレンジャーというロンダース逮捕を「任務」として意識できているのは、もともと警察官であるユウリだけなのだろうから。
皆が固まっているリビングを大股に横切ったユウリは、大きな目で彼らを一瞥しただけでそれ以上何も言わず、ロッカーから青いジャンパーを取り出すとさっさと玄関を出て行った。
ばたん、とドアの閉まる音を合図に、アヤセに突き飛ばされたドモンとドモンにソファに引き倒された恰好になっていた竜也が同時にのろのろと起き上がる。
竜也は気まずそうにドモンとアヤセを目で伺い、アヤセはドモンを睨みつけ、ドモンは誰とも目を合わそうとしない。シオンはおろおろとそんな3人を見比べている。
大きな動作でわざとらしく襟を直し、ドモンは玄関に向かってゆっくりと歩き出した。シオンと竜也が慌てて後を追おうとする。
シオンの手が袖に触れそうになった瞬間を見計らって、アヤセは口を開いた。
「いい加減な気持ちで時間保護局に入ったりするから、こんなことになるんだよ」
自分でも思っていなかったほど、険のある声になっていた。
「何ィ!?」
ドモンが振り返る。アヤセはドモンを見ない。入隊式で初めて言葉を交わした時と同じ腕を組んだポーズであらぬ方向を見たまま
「なんの覚悟もないままにいい加減な気持ちで保護局に入って来たんだろ、どうせ。だから女引っ掛けたきゃ原始時代へでも行けって言ったんだ」
「なんだとアヤセ、てめぇ…」
「時間保護局に入るってことは、こういう非常事態だって当然覚悟してなきゃならないはずだろう!別な時代に長期滞在することだって予想の範囲内の仕事じゃないのか!?いい加減な気持ちでグラップやめて、またいい加減な気持ちで保護局入って、だからちょっとしたアクシデントにもバカみたいに動揺してるんだ、お前は!なんの覚悟もできちゃいねぇんだよ!!」
こんなことまで言うつもりはなかった。感情にコントロールが効かなくなっている。ドモンの怒りに釣られる形で、アヤセの苛立ちも雪崩を起こしつつあった。
「アヤセ、きさま…っ」
ドモンが完全に逆上してしまった。けれどももう、アヤセもこの場を取り繕う気持ちはない。ドモンが、さきほど竜也にしたように胸倉を捕んで拳を振り上ても、アヤセは避けるどころかいよいよきつくドモンの目を睨み返した。このまま殴り合いの喧嘩でもできれば、いっそすっきりすると思った。
「ちょ、ちょっと!やめてよドモン、アヤセも!ちょっとしたアクシデントなんかじゃないんだろ?だって1000年だよ、1000年!オレ、気が遠くなっちゃうよ、そんなの、自分がいきなり1000年前の世界に放り込まれたら、なんて考えたら!」
竜也が、気の毒なくらい慌てふためいて2人を押し留める。人が争うのを見るのが本当に嫌いなのだろう。
「みんなすごいよ、ちゃんとこうして生活してさ、仕事だってやって、自分の力で暮らしていこうとしてて、オレ、みんなのこと尊敬してるんだぜ?ホントにすごいよ、ドモンだって、ちゃんとタイムレンジャーやってるじゃないか、全然いい加減じゃないって、な?アヤセ、そんな言い方やめろよ、ドモンも、さぁ、ホラ、もう…」
アヤセに向かって振り上げた拳に竜也がしがみ付いて、ドモンになんとかそれを収めさせる。ドモンはアヤセを殴らずに済んで、ほっとしているようにも見えた。そんなドモンの甘さがアヤセには気に入らない。
ドモンが腕にぶら下がっている竜也をわざとらしく乱暴に振りほどくと、シオンが非難を篭めた声で「ドモンさん!」と呼んだ。しかしドモンはシオンを無視する。
玄関に通じるドアに手を掛けたドモンの背中を見ながら、
「人間てのは、図星を差されるといちばん腹が立つものなんだ」
アヤセは留めを刺してやった。
案の定、怒りも顕にビルが壊れるくらい強くドアを叩きつけるドモンを見ても、しかしアヤセの心はまるで晴れなかった。
「あれは、アヤセも悪かったと思うよ」
ハンドルを握って真っ直ぐに前方を見たまま言う竜也を、アヤセは無言で睨み返した。
教習所の申し込みを済ませてきたばかりのアヤセに、竜也は20世紀の車の様子を見せてあげると言って車を借りて来、アヤセを助手席に乗せて買出しがてらドライブに出たのだった。
他愛のないお喋りを、主に竜也が一方的にしていたのだが、ふと会話が途切れた拍子に竜也は急に真面目な顔になって、言ったのである。
「ドモンの気持ち、オレなんかよりアヤセたちの方が、ぜんぜん判ってあげられるはずだろ?」
今朝の口論のことを言っているのだということは、アヤセにもすぐに判った。どうやらこのドライブの目的は、アヤセに20世紀車の様子を見せることだけではなかったらしい。
「知るか、あんな奴の気持ちなんて」
我ながら子供っぽいと思う反論が、アヤセの口から零れていた。
そんなアヤセの反応に、竜也は寂しげに少しだけ笑う。アヤセは気まずくなって、額を窓に擦りつけた。
「仲良くやってこうよ」
とても小さな竜也の声。泣いているのかと心配になって、アヤセは思わず振り向いてしまう。竜也は前を向いたまま微笑んでいた。
「オレ、みんなのこと、大好きだから。仲良くなりたいよ」
「20世紀ってのは、キレイ事の時代か」
言ってしまってから、ドモンのことを言えないな、と思った。自分だって竜也に八つ当たりしている。
「…きれいごとじゃないもん」
相変わらず前を向いて微笑んだまま、竜也の声は更に小さくなっていく。
「…悪い」
ドモンと違って、竜也にはアヤセに八つ当たりされるどんな合理的な理由もないのだ。竜也の行いはいつも善意に基づいていて、全て公正である。ここで謝らなければアヤセは本当の悪者になる。
「ううん」
アヤセの予想通り、竜也は微笑んだまま首を横に振った。こんな仕草が偽善的に見えないのが、この竜也という男の不思議なところだ。だから暑苦しいくらいの善意にも、すぎるほどの正論にも、人の心を動かす力が宿るのだろう。
「みんなすごいかっこよくてさ、こんな、全然知らない時代で暮らすのに、全然おろおろしたりしてないから、オレ、ちょっと図々しくなっちゃってたかもって、今朝、ドモンに言われて反省した」
「何が?」
「皆んなの時代のこと、オレももっと考えなきゃいけなかったかなって…」
「30世紀のことを?どうやって?」
「うん、あの、たとえばさ、もっと、食事とか、皆んなの意見聞くべきだったかなぁとか…」
竜也はとても繊細だ。ほとんど何かに怯えているかのように。
『自分たちの明日くらい変えようぜ』とか、『諦めんなよ!』とか、いかにも骨太なことを言ったかと思えば、たとえば自分の未来が些細なことであると言われた時、またアヤセの過去を尋ねてアヤセが答えたくない素振りを見せた時、ひどくあっさりと自分の言葉を引っ込めてしまう。一体自分に自信があるのかないのか、竜也の行動パターンは、単純なようでいて読みにくい。だから付き合っていく為の距離も測り難い。いっそ懐に飛び込んでしまおうか、という誘惑に駆られるのは、そんなふうにしたなら竜也は全力で受け止めようとしてくれるだろうと、そのことだけは確実だと思えるからなのだが。
「基本的に20世紀も30世紀も、食べ物なんか変わりはない。炭水化物とタンパク質が摂れればそれでいいんだから気にするな」
「でもさ、味付けとか、料理の仕方とか…」
「俺たちはこの時代に観光に来てる訳じゃない。そこまで気遣ってもらう必要はない」
「でも、でも、オレは皆んなと仲良くやって行きたいし、なんとかできることは…」
「俺たちをもてなそうなんて考えなくていいんだ、竜也」
押し付けがましいほどの善意なのに、やはりアヤセは不快に思わない。余んまり一生懸命な竜也に思わず微笑みすら零れてしまう。
「お前こそ、もっと楽にしてろ。俺とドモンを無理に近づけさせようとか、ユウリを笑わせようとか、考えなくていいんだ。皆んな勝手にやるから。できることは勝手にどうにかなるし、できないことは力んだって仕方ない」
「そんなことないよ!」
子供に言い聞かせるような口調になっていたアヤセに、竜也が強く反論してきた。
「やってみなきゃわかんないことだってあるよ。オレ、皆んなと仲良くなれるって信じてる。ドモンだってきっと、そのうち、ちゃんと当番の仕事してくれるようになるよ」
「ドモンが30世紀に帰るのを諦める日がくるって?」
つい意地が悪くなるアヤセの口調は気にも留めず、竜也は
「…アヤセは、諦めちゃったの?」
純粋に驚きの表情を見せた。アヤセは思わず息を呑む。
『諦めんなよ、アヤセ、どんなことがあってもな!』
つい先日の、竜也の言葉が蘇る。
「ロンダース全部逮捕したら、帰れるんだろ?なんで諦めるとか言うんだよ」
竜也が少し怒っている。自分の言葉がまだアヤセに届いていないことを悔しがっているようだ。
「竜也……」
アヤセは竜也の真っ直ぐな目を見返す。言ってしまおうか?そうすれば竜也は、もう自分に希望の話をしなくなる?
いや、違う。否定してほしい訳じゃない。アヤセが竜也に言って欲しい言葉があるとすれば、それはもう一度、明日を信じる為の言葉だ。
「…ごめん」
耐え切れなくなったのか、竜也が先に目を反らした。やはり竜也の心は測り難い。
「なんかオレ、偉そうなこと。ロンダーズのスゴさとか、全然判ってないくせに…」
せっかくだから、ちょっと高速乗ってみようか、アヤセには敵わないだろうけど、頑張ってスピード出してみるからね。
アヤセの言葉を待たずに竜也は話題を変えてしまう。ほっとしたような、それでいて寂しいような気持ちを、アヤセは持て余した。
まだドモンが帰っていない事務所に戻って来て、なんとはなしに口数少なく過ごしていた2人のもとへ、帰り道が判らなくなっちゃいました、とシオンからクロノチェンジャーで連絡が入った。
だったら迎えに行ってやるからそこを動くな、と指示してから、竜也は良いことを思いついたように
「ドモンも迎えに行ってあげようよ」
にこやかに言って、アヤセの返事を聞くより先にレンタカーのキイを持って駆け出した。
後を追って事務所を出、助手席に乗り込んだアヤセは、軽快にエンジンをかけている竜也に
「ドモンには俺が連絡する」
と申し出た。そう?と一瞬心配そうな表情を見せた竜也だったが、すぐに嬉しそうに
「じゃあ、よろしくね」
とにっこり笑った。
この笑顔を裏切ることになるだろうな、とアヤセは思って内心苦笑した。
迎えに行くのがシオンやユウリならともかく、よりによって自分と竜也では、ドモンは意地を張って迎えなど要らないと言い張るに決まっている。竜也ならそこで食い下がって、下げる必要のない頭も屈託なく下げてドモンの面子を立ててやるのだろうが、アヤセはそんなことをする気は全くない。自分がドモンにしようとしているのは、単なる駄目押しだ。どうしようもない苛立ちと、突っ張っても何も解決しない虚しさを、ドモンに更に思い知らせようとしているだけだ。
大通りへ出たところでクロノチェンジャーに呼びかけると、思ったよりも長い間の後に
『…ドモンだ』
押し殺した低い返事が返って来た。
「今どこにいる?今、竜也が借りて来た車なんだ。これからシオンを拾って帰るから、お前も乗せてほしきゃ居場所教えろ」
ドモンの忌々しげな顔を想像しながら、アヤセは殊更に明るい声を作る。竜也が横目でハラハラと自分たちのやりとりを見守っている。
『う、うるせぇっ、誰が乗せてほしいかよ、そんな乗り心地の悪い車!おれはもうあんなとこに帰らねぇからな!!探したってムダだぞ!!』
案の定怒鳴ってきたドモンに、竜也は運転席から身を乗り出して
「ドモン、何言ってんだよ!」
怒鳴り返したが、アヤセは知らぬ顔で
「そうか」
とだけあっさり返事して、さっさとクロノチェンジャーの通信を切ってしまう。
「アヤセ!」
「竜也、前見てろ」
「アヤセ、なんであんな言い方!」
「もうちょっと意地張らしとけ。今、無理に拾いに行ったって、腹の立つ愚痴聞かされるだけだ」
「でも…」
「大丈夫だ、そのうち絶対帰って来る」
それが希望的観測なのか絶望に裏打ちされた予測なのか、アヤセ自身測りかねていた。自然と唇に浮かぶ苦笑いを隠さずに竜也を見る。
「ほかに帰る場所なんか、俺たちにはないだろ」
竜也は顔はフロントガラスに向けたまま、目だけでアヤセの表情を窺っている。
「ま、そのうちなんとかなるさ。先は長いんだ」
俺はともかく、お前たちには。アヤセは深く息を吐きながら、シートに背中を沈めた。
俺だって、この心臓が止まってしまうまでには、もう少し猶予がある。それまでになんとかなればいい…ならなかったとしても、それはそれで仕方ない。
この心臓が止まるまでに、一体自分たちの関係はどのくらい改善されているのだろうか。竜也が望むような「仲の良い仲間」になれるなんてことが……
アヤセは竜也の横顔を見上げる。竜也はどこまで、自分たちの可能性を信じているのだろう。仲良くやろうよ、諦めるな、と、いつまで言い続けていられるのだろう。少なくともその結末くらいは見届けたい。そう遠くない将来、竜也も現実の厳しさに目覚めるだろうから…
いやいや、この竜也のことだ、或いは本当に俺たちが「良い仲間」になれるまで、永遠にでも言い続けるのかもしれない、「諦めんなよ」と。
そんな夢みたいな予感を抱かせるから、竜也には警戒しなければならないのだ。
竜也の視線を頬に感じながら、アヤセは目を閉じた。
こんなんでいかがでしょうか〜。
Nanaseさんカウンタ11111実は踏んでいたのよ記念(笑)、5000ヒットで頂戴したお題「マジギレドモン」のアヤセバージョンです。
お題を下さった方がサイトを開いておられた場合、青髭は「バージョン違い」を書いてそちらのサイトに押し付けるというワガママをずっとやってきているのですが(一つの話を視点を変えたりして書き直すのは、楽しいんです〜)、そういえばメーリングリストで流していただくという方法には思いが及びませんでした。このたび、Nanaseさんからおねだり(笑)されたのを機会に、またいっぱつやらかしてみました。
このお題のバージョン違いを書くといって、視点をアヤセに定めたのなら、アヤセとドモンの話にするのが当然なのでしょうけれど…こうなりましたねえ。あはははは。もう、根っからの竜也ファンなんだから、青髭さんてば!(開き直り)
青髭さん。ありがとうございました!!
Nanaseは大満足でございます。
実は私はこの時期の彼ら、というのが、すごーく興味あるんですよね。
「当初はバラバラだった」っていうのもTRの特徴の一つだから。
アヤセ。いらついてます。そんでもって投げやりです。
ああ、こんなんやったんやろうなあ〜。
思考は極めて論理的な彼が、自分自身で制御しきれない感情を持て余しているのが手に取るように感じられます。
彼は節目節目で、すごく考え方が前向きになっていった人だけど、このあたりではどうだったのか、は、本編見てても よくわかりませんでした。
まだアヤセのことを良く知らない竜也がほとんど無意識に言った「言葉」にどのくらい反応してたのか。
城戸くん、この頃はすごく演技が固い(苦笑)ので、小林さんの意図が読みとれない・・・。
今回、このお話をいただいて、「あーそんな感じだったのかー」って納得できました。
しかし、こんな奴に、イライラのはけ口のターゲットにされちゃったら、たまんないですね(苦笑)。
まさに「知能犯」。
ドモンには改めて心から同情しちゃうわ。
それにしても。
この9ヶ月後にはこのドモンが「アヤセ。なんでだよ。」と言って泣いてくれるのだ、と思うと。
1年後にはこのアヤセが、竜也とその時代を想って「俺は、たとえどんな良い時代になろうとも、このままでは受け入れられない。」と 言って21世紀に戻るのだ、と思うと。
じ〜ん・・・。
やっぱ、名作だよ。タイムレンジャー。 (Nanase)
青髭さんとNanaseさんのコメントは、2002年11月に青髭さんからNanaseさんへこのお話が贈られた時のものです。
(2004年12月 樹里より)
Nanaseさん、感想、なが!(笑)
最初の頃のドモンは隙だらけだよなあ。だからアヤセにターゲットにされちゃうんだよね。
ドモンとアヤセは同じ次元に立っているけど、竜也はそうじゃないんですよね。アヤセとは全然違う視点でいろんなことを言って くれる。だからこそアヤセは竜也の言葉を警戒し、救われもするのでしょう。
アヤセとドモンの話ではあっても、アヤセと竜也の話にもなっちゃうところがタイムレンジャーっぽいですよね。
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