case file 20.5 さよならミンミン ver.A

 

2000年7月初旬。

「よし。オッケー」
事務所を出るなり竜也はポケットから携帯電話を取り出し、その画面を確認した。
「充電もバッチリ。ね」
と、満面の笑顔で待ち受け画面を俺に見せる。
「何が?」
俺は怪訝な表情で、ケイタイ越しに竜也の顔を見る。
「ケイタイデンワ!もう料金もしっかり払い込んだし、充電もしてあるし、今日は大丈夫だよ!」
言いながらケイタイをポケットに仕舞うと、竜也は今度はクロノチェンジャーをぽんと叩いて見せる。ああ、と俺は笑った。
俺と竜也は今、不審な時空パルスの調査の為に向かうところなのだ。
3ヶ月ほど前、俺と竜也が今日と同じような任務に赴き、ロンダーズ囚人に冷凍庫に閉じ込められたことをもちろん忘れちゃいない。忘れていないからこそ、雪辱を果たすために、「ちょっと気になる時空パルスをキャッチした」とタックが言った時、竜也はすぐさまシオン一人隔てて座っていた俺の手首を強引に捕まえて、一緒に手を挙げたのだろう。
「今日は暑いから冷蔵庫入れられてもちょっとキモチいいかも〜なんて。はは、ウソ、嘘です。もうあんなのは絶対懲り懲り…」
しかし、「雪辱戦!」などと盛り上がっていた割には、タックに指示しれたポイントへ向かう竜也の足取りに緊張感はない。いよいよ真夏の到来を感じさせる抜けるような青空と近くに感じる太陽に、夏休みを前にした小学生のように浮かれているのかもしれない。
「今回は冷蔵庫じゃなくて、燻製用の釜か何んかに閉じ込めらるかもしれないだろ。熱っついだろうなぁ、少しずつじりじり皮膚が焼けて…」
にやにや笑いながら、俺は竜也の上機嫌にわざと水を差す。このところ、俺はこんな冗談めいたことも気負わず言えるようになってきていた。この時代に来たばかりの頃は、今思い出すとちょっと恥ずかしいくらいピリピリしていたような気がする。俺がこんなふうになれたそのきっかけは、間違いなくあの日、あの冷凍庫の中で竜也にオシリス症候群のことを打ち明けたからで、そう思うと今回竜也の子供っぽい提案に付き合うことも、俺は何んとはなしに嬉しいような気分なのだった。
「わー!やめてよアヤセー!うっわ、それ絶対ヤダ、すっごい苦しそう」
半袖のシャツから覗いている腕を日光から庇うように、竜也は両手で自分の腕を交互に擦った。
「でもさぁ、冗談じゃなくて、またロンダーズなのかな」
自分で自分の腕を抱いたまま、竜也が些か表情を硬くして俺を見る。
「それを調べに行くんだろ」
俺は素っ気無く答えた。竜也は何やら思案顔で俺の顔を凝っと見ていたかと思うと、急に立ち止まった。
「竜也?」
数歩先に行ってから俺は振り返り、立ち止まる。
竜也はまだ自分の腕を庇う格好のまま、俯いている。俺は首を傾げた。
「これ」
不意に顔を上げ、小走りでアヤセに追いついた竜也は、そのまままた肩を並べて歩きながら、ケイタイを仕舞ったのとは反対のポケットを探った。
「非常用の食料もばっちりだから。何があったって大丈夫だよ」
と、竜也が俺の目の前に翳して見せたのは、キャラメルの箱。
「あ?」
アヤセは怪訝な顔で竜也を見上げる。竜也は至って真剣な面持ちで、
「オレもこの前より少しはタイムレンジャーの自覚ついてるし、ケイタイも大丈夫だし、食料もあるし。大丈夫、今回はこの前みたいなことにはならないから」
自分に言い聞かせるように言った。ああ、なるほど、と俺は思う。
「雪辱戦」という言葉はどうやら竜也の本心であったらしい。俺はてっきり、携帯電話料金未払いのことですっかり面目を無くした竜也が、仲間たちから受けた屈辱を晴らそうとしているのだというふうに解釈していたのだったが、竜也が屈辱と思っていたのは、自分自身のことだったようだ。死を目前にして取り乱し、俺の病気の告白を聞くに至って泣き出した竜也自身の、自分に対しての雪辱戦。やけに上機嫌に見えたのはその気負いを俺に見せまいとしたからで、ケイタイだの食料だの瑣末なことに拘って見せるのは、こみ上げてくるあの時の不安を払い除ける為、か?竜也という人物を正確に理解するにはもう少し時間がかかりそうだ。
「よくあったな、キャラメルなんて」
「ああ、うん。シオンのおやつストックからもらって来たんだ。この時期チョコじゃ融けちゃうだろうし、飴は大きい袋のしかなかったし…」
相変わらず緊張感のない会話を交わしながら20分ほど歩き、そこから先はクロノチェンジャーでタックの細かな指示を受けて、目標のポイントを絞り込んでいく。
今、タックに言われるとおりに俺と竜也が歩き回っているのは、閑静な住宅街の中を走る遊歩道である。かつてはこの道なりに用水路が走っていたということを、遊歩道内に設置された案内板によって俺たちは知った。今は見事な桜並木に挟まれた駐輪場や公園や散歩道の中を、時折犬を連れた住人がのんびりと歩いている。重たそうに見えるほど茂った桜葉が強い日光を遮って、風でも吹けばこの上なく快適な空間だった。
『時空パルスの発生源は、その遊歩道沿いにゆっくりと移動している。そのまま行けばきっと追いつくだろう』
タックの言葉に、俺と竜也は顔を見合わせた。
「発生源が移動してるってことは…自然発生じゃないってことだな?」
少し歩調を速めて俺はタックに確認する。
『断定はできないが、その可能性は極めて高いだろうな…』
「でもさ、こんなとこをゆっくり移動なんて…ロンダーズは散歩でもしてるわけ?」
『発生源がロンダーズかどうかも断定はできないし、今の状況では何も判らない。とにかく、用心してくれ、二人とも』
「ああ、わかった」
タックに返事をして俺たちは頷き合い、ゆっくりと走り出した。この前方に、ロンダーズがいる可能性は極めて高い…
「竜也、子供だ」
俺が言った。竜也も気づいていたようで素早く頷く。300メートルほど前方に、とてもゆっくりした歩調で歩く少年の姿があった。犬でも抱きかかえているのか、自分の胸の辺りを覗き込むような姿勢で、俺たちの足音にも気づいている様子はない。
「もしこの先にロンダーズがいるんだとしたら、まずいな」
「うん、でも、それっぽいヤツは、まだ見えないね…」
俺は目で竜也に合図し、子供は竜也、俺はロンダーズと二手に分かれることを提案した。竜也が子供の前で立ち止まり、俺はそのまま子供の脇を駆け抜ける。
だが、間もなく後ろで
「ちょッ、ミンミン!」
「え、ええ!?うわぁ!」
子供の声と、そして竜也の悲鳴が聞こえた。
「竜也!?」
俺は慌てて踵を返す。植え込みに倒れた竜也の上に子供が飛び掛るのを見て、まさかアレがロンダーズの擬態だったのかと一瞬蒼褪める。
「こらっ、ミンミン、ダメだろ、降りろっ」
「ちょちょちょ、な、なに?な、く、くすぐったいってば、ちょっとぉ!」
竜也の上に白いボールのようなものが乗って、忙しなく動き回っていた。
『竜也、今きみの上にあるものが時空パルスの発生源だ!』
突然クロノチェンジャーからタックの声が聞こえ、竜也はほとんど条件反射のように、植え込みに背中を預けた不安定な姿勢から腕を伸ばして自分の腰に纏わりついている白っぽいモノを捕まえた。
「ミンミン!」
その竜也の手に子供が掴みかかり、二人分の重量に遂に耐えられなくなった植え込みの躑躅の枝枝がバリバリと派手な音を立てて折れた。


破壊した植え込みから逃げるように、俺たちは近くの公園に移動した。
分厚い植え込みに守られているような小さな公園に入るなり、子供が涙目で俺たちを振り返った。腕にはしっかりと竜也に乗っていた白っぽいモノ…というか動物だったのだが…を抱いている。
「あなたたち、ミンミンの元の飼い主ですか?」
「え?」
「ミンミンを連れて行かないでください、ミンミンを僕に譲ってください!いえ、あの、売って下さい!」
「えっと、あの…え?」
竜也が助けを求めるように俺を見るが、俺だって何が何んだか判らない。とにかくクロノチェンジャーで、子供が抱いている動物が本当に時空パルスの発生源なのかどうかをもう一度確認する。タックから間違いない、という回答が来て、それを竜也に耳打ちすると、竜也は困った顔のまましゃがみ込み、子供に目線を合わせて言った。
「あのね、この子のことちょっと調べたいから、オレたちと一緒に来てくれないかな?」
単刀直入すぎやしないかと俺が心配になった途端、案の定子供は本格的に泣き出してしまった。
「イヤだ!ミンミンを連れて行かないで下さいッ、お願いですから!!」
逃げ出そうとした子供を慌てて捕まえ、俺たちは冷静な話し合いをするべく箱ブランコに乗り込んだ。この狭いスペースの中でなら、子供も俺たちの話をちゃんと聞かざるを得まいと考えたのだ。

十数分に亘る竜也の説得にも、シンゴと名乗った少年は屈しなかった。
「僕を癒してくれるのはミンミンだけなんです。絶対に離しません」
白いふわふわしたミンミンを膝に抱いて、シンゴはやや可愛げのないセリフと共に俺と竜也を睨んだ。
「いや、だから、別にきみからその子を取り上げるつもりは…」
竜也から受け取ったトゥモローリサーチの名刺と俺たちの顔とを、シンゴは胡散臭そうに見比べている。
「ただね、オレたちは、その…ミンミンのことを、ちょっと調べさせてほしいんだ。ちょっと、気になることがあるから…」
竜也は言葉を選びながら優しく言い聞かせるが、シンゴはまだ緊張を解こうとしていない。
「調べるっていっても、ミンミンに痛いことしたり、怖い思いさせたり、そんなこと絶対しないから。もちろんきみにも立ち会ってもらうし」
「その前に、まず聞かせてほしいんだが、君はそいつをどこで手に入れた?」
竜也の言葉を遮って俺は言った。優しい竜也とは違う俺の尋問口調にシンゴが一段と体を硬くし、俺は竜也に睨まれて脇腹を肘で小突かれたが、無視して続けた。さっきからこのミンミンて動物を見ていて、ずっと引っかかっていることがあるのだ。一見ウサギに見えるけれど、ウサギにしては体が丸いし、羽毛の質も奇しい気がする。俺には少々思い当たることがあった。
「さっき君は、オレたちをそいつの元の飼い主と思ったんだよな?てことは、買ったんじゃなくて拾ったんだろう?どこにいたんだ、そいつは?」
矢継ぎ早の質問から逃れようとするように、シンゴはミンミンを抱き寄せて箱ブランコの背もたれぎりぎりまで身を引いてしまう。堪りかねたように竜也が俺の肩を引き戻し、代わりに自分がシンゴの隣にするりと移動して、シンゴの怯えが伝染したようにプルプル震えているミンミンの頭をそっと撫でる。
「ごめんね、でも、どうしても聞かせてほしいんだ。きみがこの子をどうやって手に入れたんだとしても、オレたちはこの子をどこかへ連れて行っちゃったりしないから。絶対に。だから、教えてくれないかな?」
そう言っている間中竜也はミンミンの頭をゆっくり撫で続け、ミンミンは目を閉じて、竜也の手に少しずつ擦り寄るような仕草をし始める。気持ちが良いらしい。
「さっきの、遊歩道のところで…」
そんなミンミンの様子を見て、シンゴが漸く重い口を開いた。
3日ほど前、シンゴの帰宅コースであるあの遊歩道の植え込みの中で、ミンミンは震えていたのだという。子猫だと思った少年は不用意に手を伸ばして引っ掻かれるのを警戒して、たまたまポケットに持っていたキャラメルを見せて気を引こうとしたところ、すごい勢いで飛び出してきたのだそうだ。
「そっか…」
シンゴの言葉を受け、何んとなく意見を求めるように竜也が俺を見た。俺は徐に手首からクロノチェンジャーを外すと耳に宛てて話し出した。ケイタイ電話の振りをしようとしたのだが、自分の姿を思い浮かべるとけっこう滑稽かもしれない。
「なぁ、タック、さっきからどこかで見たことあると思ってたんだが…、こいつ、ネオペット『ヤグー』のハイブリッドじゃないか?」
『あ、アヤセさん?僕、シオンです。今、さっき送って頂いたミンミンさんの画像を元にタックに調べてもらってるんですけど、多分そうだと思います。そう考えると、時空パルスのことも説明できますし…』
「そうか。じゃあ、それが判ったんなら、今こいつを無理にそっちに連れて行く必要はないんだな?」
『そうですね。別にミンミンさん自身には危険はないですし、僕は会ってみたいですけど、ミンミンさんが嫌がってるんなら、無理はしなくていいです』
「わかった」
と言って俺はクロノチェンジャーを手首に戻し、
「そういう訳だから、今日のところはひとまず退散しよう」
と言って、竜也の腕を引いてさっさとブランコから降りた。
このシンゴの態度では今ここでこのままどんなに説得を続けても埒が明かないだろう。差し当たってこの時空パルスを発生させている動物が危険なモノではないと判れば、それで仕事は済んだはずだ。
竜也はもう一つ話が見えていないようで、ブランコを降りてからも「いいの?」という顔で俺とシンゴを頻りに見比べている。
まだブランコに乗ったままのシンゴに向かって、俺はさっき竜也がしていたのを思い出しながらミンミンの頭をそっと撫で
「近いうちにもう一度会いに来ると思うが、いいかな?その時はまたキャラメル持って来るから」
優しく見えるように顔を作って微笑んだ。シンゴは眉を顰めながらも、特に拒絶はしなかった。

『ヤグー』というのは30世紀でのポピュラーなペットだ。地球の動物や他惑星の動物を遺伝子操作で掛け合わせ、更に生体ロボット工学の技術も応用して、人間の子供の5〜7歳程度の知能を与えられていて、翻訳機を使えば人間とのコミュニケーションも可能らしい。
事務所に帰ると、竜也はタックから『ヤグー』の説明を受けた。タックが数多いヤグーの種類の代表的な幾つかの画像をパソコンのモニターに呼び出すと、やはりミンミンとほぼ同じ形のものが出て来た。
「問題は、それがどうしてこの時代にいたかということよね」
皆が考えていた疑問をユウリが代表して口に出した。
「やっぱ、ロンダーズが絡んでんじゃねえのかよ?囚人の誰かのペットが逃げ出したとか」
シオンの肩を抱くようにして一緒にモニターを覗き込んでいたドモンがタックに食って掛かる。ドモンは俺たちがミンミンを連れ帰らなかったことを不満に思っているのだ。
「囚人をペットと一緒に圧縮冷凍するなんてあり得ない。今回はロンダーズは無関係と見ていいだろう」
タックがきっぱりとそう答えても、ドモンはまだ不満そうな顔をしている。
「シオン、ミンミンがヤグーだとしたら、時空パルスのことも説明がつくって言ってたよな。あれはどういう意味だ?」
思い出して、俺はシオンに尋ねる。
シオンと、それにタックの説明を合わせると、大体こういうことらしい。
時間流についてまだ何も解析されていない20世紀では知られていないが、時間流というのは時々不安定になってワームホールと呼ばれる穴を開き、人やものを引き込んでしまうことがあるらしい。時間流に引き込まれた人やモノはタイム・ドリフターと呼ばれ、元いた時代とはまったく異なる時代に放り出されてしまったり、運が悪いとそのまま時間流の中を漂うことにもなる。時間保護局レンジャー部隊の任務の中には、こういうタイム・ドリフターの救助も含まれると、そういえば入隊式で聞いた記憶が俺にもある。
そしてタイム・ドリフターとして生身のまま時間流に晒されたものは、それ自身強い時空パルスを発生させるようになってしまうのだそうだ。
つまりミンミンは、30世紀に発生したワームホールに吸い込まれたタイム・ドリフターということになる。

「20世紀と30世紀の間は、タイムジェットが何度も往復してますから、時間流の中に一種の航跡みたいなものが残っているはずなんです。30世紀でワームホールに引き込まれたミンミンさんがこの時代に来たのは、だから、すごく自然なことだったと思います」
言いながらシオンは、ヤグーたちの画像を引っ込めたパソコンのモニターに向かって何かの設計図を描き始めた。30世紀で広く流通していたというヤグーの翻訳機を作るらしい。
「今もミンミンが強い時空パルスを発生させているんだとしたら、ミンミンの時間軸はまだ不安定な状態にあるってことよね?」
タックとシオンの補足説明を深刻な表情で聞いていたユウリが、その真剣な表情を崩さずにタックに尋ねた。
「そういうことになるだろうな」
タックは静かに目を閉じて頷く。
「じゃあ、ミンミンは再び時間流に乗ってしまう可能性が高いんじゃない?自らワームホールを作り出してしまうんじゃないの?ミンミンは今、超小型のプロバイダスみたいなものなんだから」
「ああ、その可能性は高いな」
「…ミンミンを早急に30世紀に送り返すべきなんじゃないかしら。もしこの時代の時間流を不安定なままにされたら、緊急システムの発動に何かしらの影響があるんじゃない?」
ユウリの言葉に、全員がハっと顔を上げる。そんな…と竜也が小さく呟いた。


翌日、仕事からの帰りにあの遊歩道を通った。そういえば昨日竜也とミンミンを見つけたのも今くらいの時間だったことを思い出した俺は、何んとなく思いついて、少し戻ってコンビニに寄り、キャラメルを買ってから再び遊歩道の中を歩き始めた。昨日、シンゴがここにいた理由は、ミンミンの散歩だったかもしれないとふと思ったのだ。だとしたら今日もまたここでシンゴたちに会える可能性は高いはずだ。尤も、俺たちに出会ってしまったことで、ミンミンを連れ歩くことは控えようと考えた可能性も高いだろうが。
しかし、シンゴはそれほど臆病ではなかったらしい。俺は住宅街の道なりに緩くカーブした遊歩道のその先に、昨日と同じような服装と同じようなポーズで佇むシンゴを見つけた。桜の幹に身を寄せて足音を忍ばせ、俺はシンゴに近づいた。そしてそれほど大きな声を出さなくても話ができるだろうと思われるほどの距離まで歩いてから
「ミンミン!」
呼びかけて、顔の横でキャラメルの箱を振ってやった。シンゴが制止する間もなく、ミンミンは俺の手に飛びついてきた。ミンミンを抱きとめて背中を撫でてやる俺を、シンゴが悔しそうな顔で見上げている。

近くのベンチにシンゴを誘った。シンゴは俺のキャラメルを無心に食べるミンミンを両腕で抱きしめ、俺と距離を置いてベンチに腰掛ける。俺は腕を組んでその警戒心剥き出しな姿を観察した。
どうして一人でシンゴに会おうなどと思ったのか、実のところ自分でもよく判っていなかったのだ。ただ、竜也たちがシンゴにミンミンのことをどう説明するか迷っているのを見ていて、何かしら俺の中に引っかかるものがあった。
この件に関してユウリの心配と竜也の心配はまるっきり違う方向を向いている。ユウリはこの時代の時空パルスを乱されるのを嫌って、できればミンミンにさっさと元の時代に帰ってもらいたいと思っているのだろう。一方竜也は、再びタイム・ドリフターになってしまうかもしれないミンミンとシンゴが離れ離れになるかもしれないことに単純に同情している。いずれにしてもシンゴに30世紀のことを話さなければならなくなるので、本当にそれをする必要があるのかもう少し検討してみるということになり、結果としてユウリと竜也は、この件をひとまず保留することで意見が一致しただけだ。
「なぁ」
考えが纏まらないまま、俺はシンゴに声を掛けてみる。シンゴはビクっと震えて俺を睨み上げた。シンゴの腕の中で、キャラメルを両手で抱えたミンミンがピピっというような可憐な声を出す。長い耳がぱたぱたとシンゴの手の甲を叩き、シンゴは俺に向けたのとはまるで別人のような優しい顔をして、ミンミンの頭を撫でた。
「ミンミンがいなくなったら、お前どうする?」
できるだけ怖い大人に見えないように表情を和らげて言ったつもりだったが、成功しなかったのかもしれない。シンゴがまたものすごい目つきで俺を睨んだ。
「お前、友達いないのか?昨日も今日も学校から帰ってきたら、ミンミンに付きっきりか」
言っているうちに、自分が何に引っかかっていたのか、俺は判ってきた気がした。ミンミンを連れて行かないで、と涙を浮かべて訴えたシンゴのミンミンへの執着ぶりに違和感を覚えたのだ、俺は。そりゃあ可愛がってるペットを連れて行かれそうになったら誰だって必死に抵抗するんだろうが、どう言ったらいいのか、ペットに対する愛情と少し異質なモノをシンゴの態度の中に感じたのである。単なる思い込みだと言われたら反論する材料はないけれど。
「ミンミンが今のお前の全てか?」
何も答えてくれないシンゴに、俺は更に言葉を継いだ。シンゴの表情が始めて少し和らいだ。やや長い間の後に、シンゴは大きく首を縦に振った。
「拾ってたった四日なのに?」
「引っ越してきて1週間だもん」
シンゴが始めて口を開いた。涙を堪えているような声だ。
「ああ、だからまだ友達いないのか」
「そうだよ…。友達もいなくなっちゃったし、今度の学校、吹奏楽部ないし」
「吹奏楽やってたのか」
「チューバ」
「すごいじゃないか」
「音出すだけだって大変なんだから。重いし。オレ超頑張ってやっとレギュラーんなったばっかだったのに」
「ああ…」
俺の溜息はちょっと湿っていたかもしれない。顔には出さなかったつもりだが、かなり感傷的な気分になった。
俺はベンチを少し移動してシンゴのすぐ隣に行き、その頭を撫でた。
「頑張って目指してた目標が目の前からいきなり失くなると、辛いよな」
シンゴが俺を見上げる。もうそれほど険悪な目つきではなくなっていた。
「でもさ、それは、別に絶望するほどのことじゃないんだ。新しい目標は必ず見つかるし、以前と少し形は変わるかもしれないけど、目標を追い続けることだってできるはずだ」
シンゴの頭に手を置いたまま、しかしシンゴの顔から視線を外して俺は言った。こんなことを言うのは気恥ずかしかったし、それに、俺自身だって、こういうことを全く動揺せずに言うには、やはりまだ少し努力が要るのだ。
「チューバがなくたってミンミンがいなくなったって、お前はちゃんとやっていける」
シンゴの視線がまた険悪になってしまった。俺は卑怯にもそれだけ言い捨てると、とっととベンチを立ち上がって歩き出した。シンゴはミンミンをぎゅっと抱きしめて、俺の背中を睨みつけているだろう。

更に翌日。
シオンが完成させた翻訳機を持って、俺たちはぞろぞろとシンゴ少年の家へ向かっている。
一昨日、シンゴ少年に住所を尋ねたのだがとうとう答えてくれなかったので、仕方なくタックがミンミンの時空パルスを辿って住所を調べた。
最初は竜也とユウリだけで来ると言っていたのだが、シオンとドモンがミンミンを見たいと駄々を捏ね、俺も俺なりにあいつのことが気になっていたから、結局5人全員連れ立って出かけることになってしまったのだ。トゥモローリサーチ社のお寒い営業状況をユウリは恨んだことだろう。
「シンゴくん、判ってくれるかなぁ…」
手の中のキャラメルの箱を凝っと見つめて、竜也が頼りない声を出す。
「判ってもらうしかないわ。タイムゾーン理論を正確には理解できなくても、とにかくミンミンを手放すことは承知してもらわないと」
感傷の欠片も無いユウリの言い方に、竜也が顔を曇らせる。
「だからよぅ、ホントのこと言おうとするからややこしくなるんだって。元の飼い主が見つかったからとかなんとか適当なコトいって、さっさと連れて来ちまえばいいじゃねえか、そのヤグーをよ」
ドモンの大雑把な意見を聞くと、ユウリと竜也が異なる理由でそれぞれドモンを睨みつける。ドモンはその視線に肩を竦めて黙り、タックは羽を広げて目を閉じた。
「でも、せっかく翻訳機作ったんですし、そのシンゴくんに、ヤグーとの会話をちょっとだけでも楽しんでほしいです」
シオンは掌ほどの大きさの四角いメカを両手で持って、これまた竜也ともユウリとも違う理由で寂しそうな顔をしていた。
「だいたいさ、オレは、今日いきなり、シンゴくんとミンミンを引き離そうなんて考えてないからね。今日はあくまで事情を説明して、シンゴくんに心の準備をしてもらうつもりで…」
竜也はユウリに対する最後の抵抗とも取れる発言をした。この点については結局、事務所でも結論の出ないままに、竜也とユウリはシンゴの家に向かって出発してしまっていたのである。
「なに暢気なこと言ってるのよ。ミンミンの所為で時間流が歪んで、タイムジェットの航行に影響が出たらどうするの?それに、強い時空パルスを発生し続けてるミンミンにロンダーズが気づく可能性だって大いにあるのよ、そうなったらシンゴくんが危険に巻き込まれるかもしれないじゃない。悠長なこと言ってる場合じゃないのよ。判るでしょう?」
ユウリの言うことはいちいち尤もで、竜也は反論の端緒を掴めないまま俯き、やがてシンゴの家の門に辿り着いてしまったのだった。
呼び鈴を押してこちらの身分を告げると、約2分の沈黙の後に、シンゴ少年がミンミンを連れて扉の中から姿を現した。
シンゴは、俺たち5人の大所帯のを見て体を竦めた。
「えへへ…。こんにちは」
と愛想笑いをした竜也を無視して、シンゴはミンミンを抱きしめ口を引き結んでいる。
俺は竜也の背中を突付いて「キャラメル」と言い、その言葉に慌ててポケットからその箱を取り出した竜也の手首を俺はすかさず捕まえて、
「ミンミン、来い!」
と呼びかけた。ミンミンは一もニも無く俺に向かって飛びついて来て、俺はそもままミンミンを門の外まで駆け出し、それを追って竜也たちが駆け出し、俺たちを追いかけてシンゴも駆け出し……そうやって、シンゴは俺の計略通り遊歩道までおびき出されて来てくれた。
ミンミンをシンゴに渡し、シンゴとミンミンをベンチに座らせると、竜也は自分が理解できる範囲の言葉だけを使って、ミンミンの正体と、その存在がこの時代に及ぼす影響の可能性について語って聞かせた。
「信じられないかもしれないけど、ほんとなんだ。このままじゃ、きみ自身も危険な目に遭うかもしれないし、ミンミンだって急にまた時間流に飲み込まれて漂流してしまうかもしれない。今すぐにとは言わないから、ミンミンをオレたちに預けてくれないかな。オレたちが責任持ってミンミンを元の時代に送り返すから…」
「あなたたちがタイムレンジャーだっていうの?」
片手でミンミンを抱き、もう片方の手にシオンから受け取った翻訳機を持ったシンゴ少年は、不機嫌に俺たちを見上げた。竜也の話を余り信じていないのだろう。
「だったら、僕とミンミンを守ってくれればいいじゃない。ミンミンを狙ってロンダーズが来るっていうなら、タイムレンジャーがやっつければいいだけだろ。なんで僕がミンミンと別れなきゃなんないの」
少年の攻撃的な口ぶりにユウリやドモンは明らかに気分を害したようだ。しかし、怒った顔で口を開きかけたユウリを竜也は手で制し、シンゴの目を見て根気強く説得しようとする。
「だから、たとえオレたちがロンダーズを追い払っても、ミンミン自身がまたタイム・ドリフターになっちゃうかもしれないんだよ。その可能性はけっこう高いらしい。もしそうなったら、ミンミンは全然別の時代に放り出されちゃうかもしれないんだぞ?恐竜の時代にミンミンが放り出されたらどうする?危ないだろ?でも、オレたちに預けてくれれば、タイムジェットに乗せてミンミンを安全に30世紀に帰してやれる。30世紀の時間保護局がミンミンを受け取ってくれれば、ミンミンの乱れた時空パルスもちゃんと元通りに調整してくれるっていうし…」
「やだよ!」
竜也の言葉を遮って、シンゴがいきなり立ち上がった。翻訳機ごとミンミンを両手で抱きしめ、目にはまた涙が浮かんでいる。
「どうして僕とミンミンを無理やり引き離そうとするんだよ、タイムレンジャーのクセに弱いものいじめすんなよ!ミンミンいなくなったら僕また一人ぼっちじゃんか!」
「弱いものいじめなんて、そんな」
「ミンミンは絶対渡さない!」
待って、と肩に置かれた竜也の手を振りきり、シンゴは俄かに走り出す。俺たちも後を追おうとしたが、それより早くシンゴが「あっ」と叫んで尻餅を突いた。
「ロンダーズ!」
俺たちは一斉に身構える。忽然と現れたロンダーズ囚人とゼニットがシンゴの前に立ち塞がり、転んだ拍子にその腕から転げ出たミンミンを鷲掴みに捕まえていた。
「簡単すぎてつまらない仕事だなぁ」
長い耳をパタパタ振って暴れるミンミンを軽々と自分の目の高さまで持ち上げて、そのロンダーズ囚人は言った。
俺たちはシンゴに後ろに下がっているように言い、一斉にクロノチェンジする。
「なんだ、タイムレンジャー、いたのか。ターゲットに手を焼かされるのは楽しいけど、警察や保護団体とやり合うのは苦手なんだよな」
ミンミンを手に掴んだまま囚人はゼニットの後ろへ隠れるように後退し、俺たちはゼニットの群れと戦い始める。
俺やユウリが逃げるように言っても、シンゴは聞かなかった。ゼニットたちとの戦いの最中から竜也が抜け出し、ミンミンを捕らえている囚人の脚を狙って決定的な攻撃を浴びせる。奴が倒れた隙にシオンがミンミンを奪取してシンゴに渡し、俺たちはすかさずボルテックバズーカを構えた。囚人に向けてプレスリフレイザーを放った正にその最中にシンゴの悲鳴が聞こえ、囚人が圧縮冷凍されるのと確認する暇もなく竜也はシンゴに駆け寄った。シンゴに襲い掛かったゼニットを、ミンミンがその手首に噛み付いて撃退している様を見て、俺は思わず感動したものだ。シンゴも同じ感動を感じていてくれればいいが、と思う。
ミンミンが噛み付いたゼニットは竜也が最終的に撃退し、それを合図にしたかのように、その場に残っていたゼニットたちも尻尾を巻いて逃げていった。
「ミンミン、怪我したのか!?」
装着を解いた竜也がシンゴとミンミンの傍らに膝を突いた。俺たちも竜也の背後に付き添うように集まった。ミンミンはぴぴっと元気に鳴いている。竜也はほっと息を吐いたようだったが、シンゴは青ざめて
「ミンミン?どうした?ミンミン!」
両手でミンミンの体を押さえつけるようにした。俺の隣でそれを見ていたシオンが急に
「あ、危ない、ミンミンから離れてください!」
叫び、竜也とシンゴの腕を強く掴んだ。その拍子にシンゴの手がミンミンから離れたが、ミンミンは宙に浮いたままで、よく見るとカタカタと小さく震えていた。その動きは震えというより振動に近い。
「ミンミン!」
シンゴはミンミンに手を伸ばしたが、その手をユウリが掴んで引きずるようにミンミンから引き離す。
「ミンミンはまた時間移動するわ、ものすごい時空パルスよ。ミンミンに触れていたらあなたもワームホールに引き込まれてしまう」
言って、ユウリは激しく光を点滅させるクロノチェンジャーをシンゴに見せた。しかしシンゴはミンミンの方へ手を伸ばし、体を捩ってユウリの手から逃れようとする。
「そんな、こんな急に?」
竜也もシンゴ少年の腕を捕まえたが、ユウリやシオンに聞き返す声には抗議の色があった。
そうするうちにもミンミンの体はますます激しく振動し、突然、何かに吸い込まれるように消えた。
「やだぁッ、行かないでよ、なんでだよ!僕を一人にしないでよ!」
シンゴ少年が悲痛に叫ぶ。俺は誰にも聞こえないように小さく溜息を吐いた。竜也は所在なさ気に泣いているシンゴの肩を抱いたが、シンゴはその腕を邪険に振り払った。シンゴの手からシオン作の翻訳機が零れ落ちる。
シオンが寂しそうにそれを拾い上げ、
「あ」
小さく声を上げ、竜也にその画面を見せた。
「あ、これ、ミンミンの言葉…?」
受け取った竜也はシオンを見上げ、シオンが頷くのを見ると、画面をシンゴに示した。
『アリガトウ。ゴメンネ。ダイスキ。』


一ヵ月後。
「こんにちは」
シンゴがトゥモローリサーチ社に顔を出した。仔犬の『ミンミン』の散歩の途中だという。
あの日、俺は事務所に帰って来てから、仔犬の里親探しの依頼があったのを思い出して、シンゴに紹介してみようと皆に提案した。そんな上辺の代償なんてと竜也やユウリは渋ったが、俺はしつこく粘って、ウェルシュ・コーギーの仔犬の写真をシンゴに見せに行った。見せられたシンゴは案外あっさりその犬を引き取ることを承知した。俺たちに対する不信感は大いに残っていたようだが、しかし目先にぶら下がった新たな『癒し』を跳ね除けるほどの気概はこいつにはなかったのだ。
そして今、事務所にやって来たシンゴの表情は、あの日と同じ人とも思われないほど朗らかである。
「わぁ、僕、抱っこしていいですか?」
シオンは大はしゃぎでミンミンを抱き上げ、暴れられて大童している。それを見てシンゴは声を上げて笑った。
「新しいミンミン、可愛い?」
竜也に訊かれると、シンゴは勢いよく頷く。そして
「…ありがとうございました」
照れくさそうに言い、頭を下げた。
「そんな。オレたちの方こそ、ごめんね。結局シンゴくんからミンミン取り上げるようなことになっちゃって…」
竜也は慌てて頭を下げ返す。シンゴ少年は小さく首を横に振って微笑み、
「ううん、だって、あれはあなたたちにもどうしようもないことだったんでしょ。ミンミンがまた元の時代で、良い飼い主に巡り合ってくれててば、僕はそれでいいです」
シオンの手から逃れて自分に駆け寄ってきたミンミンを抱き上げ、大人びたことを言う。
「それに僕、あのミンミンを拾った時って、引っ越してきたばかりで友達もいなくて、ちょっと余裕なかったんです。今思い返すと、皆さんにちょっと失礼なこと言ったかなって、反省してます」
シンゴ少年はそう言って、もういちど5人に向かって頭を下げた。
「今はもう、友達できたのか」
アヤセが尋ねた。シンゴ少年はまた勢いよく頷き、
「おかげさまで」
また子供らしくない挨拶をしやがった。竜也たちが不思議そうに俺を見る。俺はそ知らぬ振りをし通した。
実は俺は竜也たちに内緒で、区が主催する小学校高学年〜中学生を対象にしたブラスバンドクラブをシンゴに紹介してやっていたのだが、そんなこと、永遠に秘密にしておいたって構わないだろう。
そして帰り際、シンゴは玄関の扉に手を掛けたところで振り返り、
「…それに、たった5日しか一緒にいられなかったけど、ミンミンが僕のこと好きになってくれてたって判って、嬉しかったし。あれはあなたたちのお陰でしょ?だから、感謝してますよ」
にっこり笑って言った。
俺が感じたのと同じ感動を、シンゴも確かに感じてくれていたと判って、俺は大いに満足だった。シンゴの笑顔は本物だ。
「感謝の仕方が生意気だけどな」
シンゴの後姿を見送りながらドモンが笑う。
「でも、恨まれているよりいいじゃない」
竜也も笑って言う。
「そうだよな。弱いものいじめなんて言われたまんまじゃ、タイムレンジャーの名が廃る」
俺が腕を組んで言うと、皆、笑って頷いた。

 


えええーと、言うべきことはたくさんあるような気はします(苦笑)。

「第24代」で発表しました「さよならミンミン」と併せて読んで頂くと、互いに互いのストーリーを補い合うような形になっております。
こちらはアヤセのキャラクターを重視したというか、アヤセのキャラクターに寄りかかってしまったというか、そういうバージョンです。
一続きに撮影したフィルムを時間の都合で編集し直したらこうなった、みたいな感じで読み比べて頂くと、それぞれ言葉足らずな部分を納得していただけるのでは…と思います。ハイ。
要するに、どっちもそれぞれ未完成な話ってことなんですが(汗)。


ありがとうございました〜!!
なるほど。シンゴくんが立ち直ったのは、実はこういうことがあったのね。
アヤセ・・・、あんた結構いいとこあるじゃん・・・(つんつん)(笑)

是非「24代」で発表されている本編「さよならミンミン」と合わせてお楽しみ下さいませ!!(Nanase)



青髭さんとNanaseさんのコメントは、2004年1月に青髭さんからNanaseさんへこのお話が贈られた時のものです。

(2004年12月 樹里より)
アヤセ、カッコいい〜。ヒーローっぽいなあ。
それでいて、シンゴ君の行動を冷静に達観して見ているところがまた、素敵です!


 


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