GALLANT PINK

 

 ── いったいどういうつもりなんだろ・・・。


机の上に置かれた小さな小箱を前にして、ユウリは正直、かなり困惑していた。

いったい私にどうしろ、というのだ。

アヤセの真意がわからなかった。

ちょっとはオシャレでもしろ、とか、そういうこと?
アヤセだけはそういうこと言わないって思ってたのに。
ぜんぜんわけがわからなくて、だんだん腹が立ってきた。


今日、仕事から帰ったら小さな小包が届いていた。
差出人はアヤセ。
消印はオプティカリウス星雲のラティウス。
確か先週、彼がレースで走ってた星だ。

???
何だろ、いったい・・・?

小包の中には、さらに小さなきれいな箱が入っていた。
メッセージカードも何もついてなかった。
心当たりがまるでないまま小箱を開けて、唖然とした。


小箱の中で小さな石が、目の覚めるようなピンクの光を放って輝いていた。


**********************************


地球をたってから2ヶ月。
各星のサーキットを転々と巡り、ついにここまでやってきた。
今シーズン参戦する星の中で、今回のレースが行われるラティウスが地球からは最も遠い。
ここまでの俺の成績は決して満足できるものじゃないが、それでも「復帰初年度としては上出来」と評価されているらしい。
焦ることはない。今シーズンは『ルーキー』として精一杯やるだけだから。
来シーズン以降が俺の本当の勝負だろう。

それでも、今回は最も調子が上がってきている。
いままでよりも良い位置がねらえそうな予感がする。
うずうずしていた。早く車に乗りたい。早くこの星のサーキットの感触を確かめたい。


しかし。
サーキットを走るだけが、プロレーサーの仕事ではない。
この星に着いた翌日、さっそく俺には重要な「仕事」が待っていた。
この星に住んでいる超大口スポンサーへの表敬訪問である。

言うまでもないことだが、こういう仕事は考えただけでもうんざりだ。
できることなら遠慮させていただきたい。
しかし俺はもう、そんなわがままを言うほどガキではない。

レースに参戦するには、とにかくべらぼうに金がかかる。
スポンサーあってのプロチーム、プロレーサーである。
大口スポンサーのご機嫌取りは立派に、非常に重要な「仕事」だ。

というわけで俺は今、チームの監督・チーフエンジニアと共に、 この星最大の宝石会社の本社最上階にある会長応接室にいる。
さっきからもう小一時間も、革張りのソファにすわり、ここの会長様のたいくつな自慢話を延々と聞かされて・・・。
・・・いや、貴重な体験談を有り難く拝聴させていただいている。

こういうときは、間違っても、居眠りなんかしてはいけない。
最初の頃は拷問のように辛かったが、何回か経験したらコツがつかめてきた。
こういう「仕事」はいくつかのポイントさえ押さえておけば、後は何だっていいんだ。
目を開けて、顔は笑みを浮かべたまま、頭は眠る。 ─ 俺って、けっこう器用だったんだな。マジで感心した。



ラティウスは、天然宝石の大産地として知られている星だ。
地球上で大昔から高価に取引されてきたダイヤモンドやルビーなんかも けっこう取れるらしいが、それ以上に、ここでしか産出しない非常に珍しい石なんかも いくつかあるらしい。 うちのチームの最大スポンサーであるこの会長(なんと地球人である)は その昔、裸一貫でこの星にやってきて、その超貴重な石の鉱脈を掘り当てて、 この会社をここまでに築いたんだそうだ。
(長い話を要約すると、こういうことだったんだろう。たぶん。)

「いやぁ。うちの家内も、ラティウスには是非ともついていきたい、 なんて毎回言うんですけど、何をねだられるのかと思うと、怖くて 連れて来れませんなあ。」
「うちもですよ。今回も、お土産楽しみにしてるわね、なんて釘刺されてますから、 やれやれ、ですよ。宝石ってのは、なんでこう女性をあんなに 引きつけるんでしょうねぇ。」
社交辞令を交わしながら、がははは・・・と豪快に笑う監督とチーフの横で 俺は適当に相づちだけ打ってればいい。
『爽やかな笑顔』だけ、絶やさなければそれで良いのだ。

こういう場面においては、若手ドライバーには『高感度抜群の爽やか青年』たることが要求される。
20世紀で一年間、便利屋なんて仕事をして、 いろんな種類の客の相手をしたことが、こういうところで役に立つとは 思わなかった。
人生、なにが役に立つかわからない。

いい加減に終わってくれないかな・・・。
さすがに、慣れない表情を無理矢理作ってるとだんだん疲れてくる。

「では、今後とも私どものチームにご支援のほど、どうぞよろしくお願いします。」
真剣にほおの筋肉がつりそうな気がしてきた頃、やっと監督の口から 締めの言葉が発せられた時には、心底ほっとした。
ほんの1時間、すわって笑って相づちを打ってるだけなのに、 丸1日の本戦レース以上に疲れたような気がする。

「アヤセくん。君にはとても期待してるよ。来週のレース、楽しみに させてもらいますよ。」
ご機嫌の会長が差し出した手をしっかりと握り返しながら
「はい。頑張ります。どうぞよろしくお願いします。」
と(これも爽やかに)挨拶を返す。

では失礼します、とドアに向かい、部屋を辞そうとしたその時。

「ああ。アヤセくん。」
背後から会長が俺を呼び止めた。
「はい?」
振り向くと、会長はにこにこと笑いながらこちらを見ている。
一瞬、監督と目を合わせると、
「じゃ、先に出てるから。」
監督は一言小声で言うと、チーフといっしょにさっさと出ていってしまった。
俺だけがこの部屋に残された。

・・・げ。なんなんだよ、いったい・・・。

「まあ、もう一度こちらにかけなさい。」
会長は表情を崩したまま手招きしている。
しかたなく、もう一度戻ってソファの元の位置に腰掛ける。

おい・・・。なんかへんなことされたりするんじゃないだろうな。

いろんな星にはいろんなヤツがいるから(地球にも変なヤツはいっぱいいるけど)、 さすがに警戒してしまう。
(今じゃ、クロノチェンジもできないし)

「君。紅茶を入れ替えてきてくれたまえ。それと、『アレ』を。」
俺の正面に座り直した会長はにこやかな表情のまま、彼の秘書に言った。
ラティウス星人である秘書は一言、はい、と返事をすると、無表情のまま出ていった。
(ラティウス星人の表情の変化は地球人にはとてもわかりくい。)

「・・・ところで。アヤセくん。君にはもう、大事なガールフレンドが居るのかい?」
唐突に会長が聞いてきた。
「はあ・・・。まあ、一応・・・。」
こういう類の質問には曖昧に答えておくのが一番無難なのだ。
「そりゃそうだな。これだけの美男子を、地球の女性陣が放っておくわけがないか。」
豪快に笑う会長に、いや、そんなことは・・・などと言いながら、俺も適当に笑っておく。

・・・なんなんだよー。

しかしここにきて、どうも俺の作り笑顔は限界だった、らしい。

会長は急に少し気まずそうな顔をして苦笑した。
「・・・ああ。すまないね。大事なレースを前にした君に、べつに何かしようってわけじゃないから。 どうか肩の力を抜いてくれたまえ。」
と言われてしまった。
「いや、そういうつもりでは・・・」
とか何とか言いながら、冷や汗がでる。
とりあえずは今のところ、相手が本格的に気を悪くしているわけではなさそうなので、ほっとする。
俺もまだまだ修行が足りないな。

じきに、二人の秘書が良い香りのする二組のティーカップを載せたトレイと、巨大なアタッシュケースを持って入ってきた。
(『アレ』と呼ばれたものはたぶんコレなんだろう。)

「実は君に見せたいものがあってね。」
会長はそう言いながら、アタッシュケースを俺の目の前に置くと、無造作に開けて見せた。

うわっ。

様々な光の乱反射で、一瞬目が眩む。

その中には。
一面に色とりどり、様々な宝石がぎっしりと、競うがごとく輝いていた。

・・・しかし。
これ見て、俺にどうリアクションしろ、っていうんだ。

「す、すごいですね・・・。」
極めてありきたりな言葉をとりあえず言ってみた。
相手はそれを、俺が宝石に感心して言葉も出ない、と受け取ってくれたらしく 満足げににこにこしている。

リラが見たら、狂喜乱舞だろう・・・。

思わず思い出したのはリラだった。
あの甲高い声まで蘇ってきて、心底げんなりする。
勘弁して欲しい。
なんでこんなところであんな女のことを思い出さなきゃいけないだ。
ついつい自分で突っ込んで、さらに気分が盛り下がってしまったところに、追い打ちをかけるように会長が言った。

「どれでも好きなものを言いたまえ。私から君の彼女へのプレゼントだ。」

スポンサーからこういう申し出を受けることは、けっこうあるのだ。
そういうときは、中の上、もしくは上の下程度の価格帯のものを 選んでおくのが鉄則である。

しかし、俺は宝石の値段なんてさっぱりわからない。
興味もないし、女に贈ったこともないから、じっくり見るのも今日が初めてだ。
・・・。こんなことなら、今までつき合った女の誰か一人にでも 宝石くらい選んでやってたらよかった。
こんなことで後悔する日がくるなんて、思っても見なかった。

当然、そのアタッシュケースの宝石にプライスカードが添えられてるはずもなく。

ええい。なんでもいいや。適当に選んでやれ。

もう、どうでもいい気持ちで宝石群をぐるりと見回した、その時。
一つの小さな石が強烈な印象で、俺の目に飛び込んできた。

それは目の覚めるような鮮やかなピンクだった。
最も甘さを感じるはずの色調なのに、どこか清々しい不思議な光を放つピンクの石。
キラキラと誘うように輝く大小の宝石の中で、その小さな石だけが誰にも媚びずに凛とした輝きを放っていた。
まわりの大粒の宝石に埋もれそうな小さな石なのに、動じることなく静かにその存在を示しているように見える。

一人の女性を思い出す。

よく似てる、と思った。
宝石と彼女。もっとも不釣り合いな組み合わせ、なんだけど。

「これ、は・・・?」
そのピンクの石をゆっくりと指さすと、それまで余裕の笑顔を浮かべていた会長の顔が急に引きつった(ような気がした)。
「・・・アヤセくん。さすがによく知ってるねぇ・・・。」

GALLANT PINK ─ そのピンクの石は、ラティウスでもわずかしか産出しない、非常に貴重な石なのだそうだ。

実は会長も、その石だけは商業ベースに乗せず、密かに大切にコレクションしているのだと言う。
もちろん、その石がラティウスの外に出たことはないらしい。

驚いた。こんなに小さな石が、そんなに貴重なものだなんて。
スポンサーへの表敬訪問をしている俺の立場としては、ここは即座に別の石を選ぶべき、だった。
だけど。
その石がどれだけ貴重なものか、なんて俺には関係ない。
一度見てしまったら引き下がれない。どれでも好きなものを選べ、と言ったのはそっちじゃないか。

だって、どう見たってこれはユウリの石、だろう?

黙って会長の目をじっと見たら、
「・・・ほんとにいい目をしてるな。君は。」
そう言って会長はにやりと笑った。
「よし。じゃあ、こうしよう。来週のレースで君が勝ったら、この石をプレゼントさせてもらうよ。」


その瞬間、このレース、もらった、と思った。
絶対勝ってやる。

こんな石、送りつけられて、困惑しているユウリの顔が目に浮かぶ。
ユウリのことだから、困るどころか、怒るかもしれないな。

けど、この石が「ユウリのところに連れてってくれ。」って俺に言ってるんだ。
しょうがないだろ。
この星で初勝利を挙げられたら、ユウリのお陰だな。


サンキュ。ユウリ。



***************************************



いつまでも石とにらみ合っていてもしょうがない。
おそるおそるそのピンクの石のネックレスを手に取ってみる。

それはユウリの手のひらの上で灯の光を受けると、よりいっそうキラキラと輝いた。
小さいけれど、凛とした雰囲気を放つ、不思議なピンクの光だった。

・・・なんてきれいな石なんだろう。
素直にそう思ってしまった。
思わずしげしげと見入ってしまう。

・・・・・・?!!

じっくり見入って気がついた。
そのピンクの石に寄り添うようにあしらわれていたのは、真っ赤なルビーだった。
輝くピンクの脇で、包み込むような暖かい光を放っていた。

以前に、こんな暖かい光を感じていたことがあったような気がする。


 ── いったいどういうつもりなのよ。


ため息を一つ、つく。
笑ってしまった。
手の中で輝く石をもう一度しばらくじっと見つめた後、ユウリはそれをゆっくりと 丁寧に小箱の中に戻して、そっと蓋を閉じた。
それを両手に包み込んで目を閉じる。


・・・・・・アヤセの、ばか。


ずっとずっと大切にするよ。
たぶん、これを身につけることはないだろうけど。


ありがと。アヤセ。






  - END -





設定は、笠原 綾さんのお話「未来〜31st Century〜side ユウリ」から勝手にいただいてしまいました(すみません、笠原さん!)。
一応「赤桃前提の青桃」っぽいもの、を目指して書いてみたのですが・・・。ぜんぜん色気ありませんでしたね。(だめだ、こりゃ/笑) Nanase



(樹里より)
これはもう私の好みそうなお話を書いてくださったんですね。そうなんですよ〜。こういうお話大好きなんです。 青桃とは言い切れないこの感じが好きです。アヤセも頑張っていて嬉しい!
Nanaseさん、ありがとうございます!
このお話の元ネタである笠原綾さんのお話は、リンクページで紹介しているメーリングリストに登録すると読めます。このお話を読んだ後で「未来〜31st Century〜side ユウリ」を 読むとまた格別ですね。
 


頂き物の目次へ