トゥモローリサーチ襲撃事件



2000年10月某日。

午後10時半を5分ほど過ぎたところ。
今トゥモローリサーチ事務所には、ソファで竜也が長々と伸びているほかは人の気配はない。竜也は風呂上りの濡れた髪のままでパジャマ代わりのスウェットを着て、1日の労働を終えたという満足な笑顔を浮かべてソファに俯伏せている。

他の4人はコンビニへ夜食の買出しに出かけたところである。飲みものやちょっとした菓子くらいのことなのでいつもなら誰かが代表で行かされることが多かったが、今日はたまたま銘々欲しいものを吟味したいと言い出して、皆で連れ立って行くことになったのだった。
しかし帰宅がいちばん遅かった竜也ひとりは、何か炭酸系のジュースとハーゲンダッツのラムレーズン買ってきて、とだけ言ってとっととソファに横になってしまった。
疲れているのなら静かに寝かせてやろう、ということで、4人はのんびりと目的地へ向かい、殊更ゆっくりと買い物をしていた。
「竜也さん、寝ちゃったでしょうか」
飲み物コーナーのガラス扉に張り付くような格好で、シオンが言う。
「まあ、寝てたら寝てたで、明日食うだろ」
アヤセがミネラルウォーターのボトルを取り出しながら答える。
「ハーゲンは高いからダメって言ってるのに・・・」
ユウリはアイスボックスからラムレーズンのミニカップを取り出して悶々としている。
「いいじゃねえか、100円や200円のこと、たまには大目に見てやれよ」
ドモンが、自分もこれまたハーゲンダッツのバニラの、しかも500mlを手にして言った。
「お前がこっちで我慢すれば、竜也に買って行ってやれるんだがな」
アヤセはドモンの手の500mlパックを取り上げてミニカップと替えた。
「僕はこれがいいです、いいですか?」
シオンは最近お気に入りのパピコ(チョココーヒー)を両手で捧げ持つようにしてユウリたちに示した。
「ああ、2本入って100円だものね、助かるわ」
ユウリはドモンをちらりと睨んで言い、それでもラムレーズンをドモンが持つカゴに収めた。そこには既に5本のペットボトルが並んでいる。ドモンもユウリの気が変わらないうちにといそいそバニラのミニカップをカゴに入れた。それにシオンのパピコ、ユウリのコーヒーゼリーが加わる。
「アヤセさんはいいんですか」
「ああ、俺は腹は減ってないから」
「だったらその分おれに食わせろよ」
「イヤだね」
「働かざるもの食うべからず、ですよ、ドモンさん」
「もう、いいんならそろそろ帰るわよ。飲みものぬるくなっちゃうじゃない」
カゴを持ったドモンと財布係のユウリがレジに並び、シオンとアヤセは店の外で月の見えない夜空を見上げた。


4人を送り出してからどれほど時間が経ったのか、竜也はソファでの何んとも言えず幸福なまどろみから、かちゃりという玄関の開く音で現実に連れ戻された。数人分の足音が事務所のドアに近付いてくるのへ向かって
「お帰りぃ・・・」
無意識に微笑んだままの声で言った。緩慢な動作でドアの方へ顔を向けた竜也の平らな頬に、ヒタ、と冷たい刃物の感触が当てられた。
「ん?」
竜也はまだ口元に微笑みを湛えたまま、自分に影を作って立つ人物の顔を確認する。むッとする煙草と酒の匂い、日焼けした顔色、ぱさついた金髪、ちゃらちゃらと音を立てるたくさんのアクセサリー。その後ろにも似たような背格好の人物が4人・・・。
「寝惚けてんじゃねえよ、起きろよコラァ!!」
竜也の目が開いてバネのように飛び起きるのと、ナイフを持った男が叫びざま手を引くのと同時だった。竜也の頬に当たったままだった刃が倍の力で皮膚の上を辷る結果になり、跳ね起きてソファの長さ分隔てて3人の男と対峙する格好になった竜也の頬を赤い雫が流れる。
竜也はまだその流れるくすぐったい感触しか感じておらず、顔を切られたことには気付いていない。
「なんだよあんたたち!」
竜也は侵入者たちをきッと見据えた。5人ともまだ二十歳にはならないだろう。ぎらぎらとした攻撃性だけを発散しながらその方向の定まらない幼稚な瞳に、竜也は教え子である誠のかつての姿を見た。手にした力に呑み込まれて進むべき道を見失った少年。
「お前コレが観えねえのかよ!ぶッ殺すぞ!!」
ナイフを構えた男が顔の前でその刃を蛍光灯にかざして見せる。背後の4人はじりじりと竜也の両脇を囲むように回り込んで来る。

ちょっと痛い目に合わせればすぐに退散するだろうし、一気に落としてしまって、縛り上げて警察に突き出すということだってできるだろう。しかし、と竜也は考えてしまった、何んとか話し合いで解決できないものだろうか?
「こんなことして何になるんだよ!金が欲しいなら働けばいいし、ケンカしたいなら刃物なんか使うな!ここには金なんかないけど、体動かしたいなら相手してやるぜ!」
「うるせえ!ふざけんな!!」
ナイフの男が言ったのを合図に、5人が一斉に襲い掛かってきた。頭数ばかりで竜也がてこずるほどの相手ではなかったのだが、どうしても直接に反撃する気になれなくて、竜也はほとんど攻撃せずに狭い事務所を逃げ回った。
「てめえふざけんな!!」
竜也の後ろにいた2人の男がポケットに手をやり、こいつらも刃物持ってるのか、と竜也が姿勢を立て直した途端、目と鼻に強い刺激を感じて竜也は前後不覚になった。


『コイツ、ちょろちょろ逃げ回りやがって!うぜえんだよッ!』
『ざけんじゃねえよ、誰がてめえの説教なんか聞くかバーカ!』
どす、と嫌な音、そしてごほっという苦しそうな声。
来た時と同じようにのんびりと家路を歩いていた4人は、突然クロノチェンジャーから聞こえて来た不穏な音声にぎょっとして足を止めた。
「何んだよこれ?」
ドモンがクロノチェンジャーと皆の顔を交互に見る。
『皆んな、今どこにいるんだ』
クロノチェンジャーから聞こえて来た声がタックのものだと判るのに少し時間がかかった。いつものようにスピーカーから発声しているのではなく、言語中枢回路の内部から直接通信しているらしい。
「タック?どうしたの?今の声は何?竜也は?」
ユウリが厳しい声で畳み掛ける。
『侵入者だ、5人いて3人はナイフ、1人は棍棒、1人は防犯用スプレーで武装している。竜也が捕らえられた』
「竜也が!?」
アヤセが信じられないという声で聞き返す。皆も同じ気持ちでクロノチェンジャーに顔を寄せる。
『侵入者はどうやら未成年らしい、竜也は手加減したんだろう』
「あのバカ!」
ドモンが悔しそうに舌打ちする。
「侵入者は何物なんですか、未成年て、人間なんですか?」
「ロンダースではないの?」
同じことを考えていたらしいシオンとユウリが掛け合いのようにクロノチェンジャーに話し掛けた。
『判らない。少なくとも5人は地球人だが、ロンダースとの関わりがあるのかどうかは何んとも言えない』
「竜也はクロノチェンジャーをしてないのか?」
アヤセが訊いた。相手がロンダース絡みなら、クロノチェンジャーに何んらかの興味を示すはずである。これに答えたのはタックではなくシオンだった。
「してないはずです。竜也さんお風呂入る時はいつもクロノチェンジャーをロッカーに仕舞うんです。今日はお風呂出てきてそのままソファに寝ちゃったはずですから」
「そう・・・タック、あなたはどうしてるの?」
シオンの言葉を聞きながらユウリがタックに言う。
『僕は今のところただの置物と思われているようだ。だからだからスリープモードのまま、マイクだけオンにして通信している』
「そのまま通信を切らないでいてね。わたしたちも直ぐに帰るから」
4人は走れば帰り着くのに5分とかからない場所にいたのである。タックと話しながらももう足は慌しく動き始めていたし、ユウリの言葉をきっかけに4人は走り出そうとした。ところが
「待ってください!」
シオンが急に立ち止まった。
「何んだよ、どうした!?」
ドモンが苛々と振り向く。
「もしも侵入者とロンダースに関係があったら、僕たち全員で行くのはまずいです」
「・・・そう、か。奴らには俺たちの顔知られてるんだもんな」
アヤセが唇を噛む。
「周囲で別の奴が様子を窺ってる可能性だってあるものね」
ユウリも悔しげに足を止める。
「だとしても竜也があそこにいるってバレちまったんだからどっちみち同じだろ!?」
言ってドモンは尚も走り出そうとしたが、シオンに腕を掴まれた。
「僕たち全員が揃わなきゃ、トゥモローリサーチがタイムレンジャーの本部だって気付かれなくて済むかもしれません。竜也さんだけがあそこに住んでるって思われるかも」
「それが判らないから奴らも直接は踏み込んで来ないのかもしれないわ。この時代の人間を手先に使って・・・」
「俺たちがいない間に事務所が襲われたのは、不幸中の幸い、って訳か」
「じゃあどうするんだよ!大体ロンダースかどうかだってはっきりしねえんだろう!?そんなことでまごまごしててタダの強盗とかだったらどうすんだよ!竜也ヤバイじゃねえか!」

シオン、ユウリ、アヤセの言葉にドモンが反駁する。状況がはっきりしない以上判断も下しかねて、4人は立ち往生してしまう。

もしロンダースだとしたら、トゥモローリサーチとタイムレンジャーの関係に確信があるのならば、オーグやレイホウのようにもっと確実な殺し屋を送り込んで来るだろう。竜也は捕らえられる隙があったのなら殺されているはずである。この時代の、しかもチンピラとも呼べないような子供を手先に使った理由は、今回の襲撃がトゥモローリサーチとタイムレンジャーの関係を調べるためのものだからではないか。疑わしきを片端から殺していくような乱暴なことをしてこちらの警戒を強くさせることを恐れているのだろう。
また或いは本当にただの強盗だとしたら、少なくとも室内を物色する間は竜也の身にこれ以上の危険が迫ることはひとまずないだろう。どんなふうに捕らえられているのか判らないが、その間に竜也が反撃に出る可能性だってある。
「警察に通報しましょう。相手が人間なら、それが一番の方法だわ」
めまぐるしく思考を巡らせた末に、ユウリが決断した。
「そ、そうか。なんか悔しいけどしょうがねえな」
ドモンが頷いてきょろきょろと電話ボックスを探す。右手の道路沿いの公園内にそれらしき明かりを見つけて走り出そうとしたドモンを、しかし再びシオンが止めた。
「待ってください!」
「今度はなんだよ!?」
ドモンが今度こそ怒りを帯びた声で怒鳴る。
「警察はまずいです!」
「どうして!?」
ユウリの反論も悲鳴のようだ。ところがアヤセは
「あ!そうか・・・」
シオンの言わんとするところを察したらしく、頭を抱えた。
「何よアヤセ、どうしたの!?」
「俺の免許の為に偽造した書類があるだろう、警察に踏み込まれて、もしそれがバレたら・・・」
「そうなんです、アヤセさんのだけじゃなくて、皆さんの保険証とか、けっこういろいろ造ってますから。それにいつも僕、警察の通信に侵入してますし、ログ解析でもされたら・・・」
「そんなことまでするか?こっちは強盗に入られた被害者なんだぞ、ウチん中調べられたりなんか・・・」
ドモンの不満の声に
「するわよ」
ユウリがぴしゃりと言った。捜査官のユウリの言葉にはこういうとき説得力がある。
「パソコンの中までは調べられないにしても、偽造書類の類はまずいわ。どうしよう・・・」
「やっぱ俺たちで何んとかするしかないだろ」
アヤセは言いながら腕を組んで作戦を練っているらしい。


予め用意して来ていたらしいガムテープで、竜也は両手足をぐるぐると巻かれた。口は塞がれなかったので、そんな芋虫のような姿にされても尚、竜也は侵入者への説得を諦めない。
「何んの為にこんなことするんだよ!こんなことして何になるんだよ!お前ら高校生か?学校行ってないのか?何かやりたいことないのか!?夢、あるだろう!?やりたいこと、やろうと思えば何んだってできるのに、どうしてこんなことしか・・・」
ナイフを持ったままの1人が黙らない竜也の腹を苛立たしげに蹴り上げた。
「ッせえって言ってんだろ、黙れよクソ野郎!!何様なんだよお前、ガッコウの先生かあ!?」
咽せて言葉を綴れなくなった竜也を、その男は続けざまに蹴り上げ、踏み付けた。
もう1人に「黙らせろよ」と言われて、その口にもガムテープを貼り付ける。そうしておいてから更に血の乾きかけた頬を殴った。
先刻は素早く的確な身のこなしで逃げ回られた所為で触れることすらできなかった竜也へ、やっと報復できることを楽しんでいるようだった。ひらりとナイフを閃かせて竜也の前髪の一部を切り取り、ふっと吹いてその眼前に散らして見せる。
「説教なんかたくさんなんだよッ!オレたちァ充分人生をエンジョイしてますよーだ!!」
スプレーの男が下卑た笑いと共に竜也の顔に唾を吐きかけた。


クロノチェンジャーから中継される事務所内の様子に4人は内臓がちりちりと焼けるような焦燥感を覚える。竜也の身に起きているらしい不快で屈辱的な事柄のひとつひとつを我が身に等しく感じる。
「直人さんに頼みましょう!!」
シオンの突然の言葉に、腕を組んで考えていたアヤセ、ユウリ、ドモンは険しい顔を上げた。
「何言ってんだシオン、あのヤローがおれたちの頼みなんか聞く訳ねえだろう!」
ドモンがほとんど八つ当たりのような怒号をシオンに浴びせる。
「何か方法があるのか?」
アヤセは微かな期待を篭めてシオンを見た。ユウリも息を呑んでシオンの答えを待っている。
「クロノチェンジャーをちょっといじれば、Vコマンダーと通信できると思うんです」
「ちょっといじるって、どうやって?Vコマンダーのメカニズム、判ってるの?」
ユウリが眉根を寄せてシオンの方に身を乗り出す。焦る余りに泣きそうになっているような顔だ。
「基本的にはクロノチェンジャーと同じようなものですし、興味あったんで、Vレックスにコマンドしてる時の電磁波とかのデータ、取ったことがあるんです。だから通信回路に割り込む位なら・・・」
「そのデータ、今持ってるのか?」
どこまで期待して良いのか判らない苛立ちで、アヤセの声は棘々しい。
「いえ、でも覚えてますから」
「そう・・・でもシオン・・・」
「どうやって滝沢を説得するんだ?竜也を助けてくれって言ったって、あいつは・・・」
ユウリとアヤセは同じ懸念を抱く。ドモンもうんうんと頷いてシオンを見る。
「なんとかなると思います。とにかく呼び出すだけ呼び出してみないと」
言ってシオンは早くも自分のクロノチェンジャーを外して、いつも持ち歩いているペン型の万能ツール(目潰しにもなる)で改造を始めた。
「何もしないでいるよりよっぽどマシね。・・・わたしたちはわたしたちで何か別の手を考えましょう」
道路にしゃがみこむシオンを見下ろして、ユウリはアヤセとドモンに目配せする。


手当たり次第に事務所を荒らし回る5人には、特に目的がある訳ではないらしかった。金庫を見つけて口笛を吹いたが、どうしても開けられないと判ると(シオンスペシャルの施錠がしてあったのだから当然である)ロッカーに思い切り投げつけてそれきり興味を示さない。

しかし一向に立ち去る気配も見せず、竜也は侵入者を認識した最初の瞬間に頭を掠めた疑念を再び甦らせる。
(ロンダース、なのか?)
だとしたら、自分1人の時に事務所が襲われたのは不幸中の幸いなのかもしれない、と竜也は考えた。今回はオーグに命を狙われた時の、胃が固く縮み上がるような恐怖は感じていない。
あれから竜也も随分経験を積んで「命懸けで戦う」ということに覚悟が決まった所為もあるし、アヤセの病気のことを知ったことも関係しているだろう。恐怖に縮み上がる暇があったら、生き抜く為に何が出来るかを考えればいいのだ。

「お前1人なのかよ、もっと仲間がいるんじゃねえのかよ?女探偵とか!!」
棍棒の男が、机の上の書類やロッカーの中を散々引っ掻き回してから竜也に歩み寄ってきた。竜也の額を棍棒の先で突付く。
(女探偵?)
勿論ユウリのことだ。竜也は改めて5人の顔を見る。こいつら、ユウリのこと知ってるのか?ロンダースじゃないのか?
「何じろじろ見てんだよ!!」
これだけの暴行を加えられたにも関わらず、まるで怯まずに自分たちを見返して来る竜也の視線に5人の若者は違和感を覚えた。その違和感の正体を深く考えようとはせずに、逆に更に竜也を痛め付けることでその居心地の悪さを解消しようとして、抵抗できない竜也をさらに蹴り上げ、殴り飛ばす。竜也の体が引っ掻き回されたロッカーの中身の上に転がる。
その竜也の目の前に、竜也自身が入浴の際に外して仕舞ったクロノチェンジャーが落ちていた。
(まずい!)
竜也は慌てて不自由な体を動かし、クロノチェンジャーを5人の目から隠そうとした。しかしそれが裏目に出て、竜也の動きに気付いたスプレーの男が
「何んだ?それ」
クロノチェンジャーを取り上げた。みんなゴメン!と竜也が心で叫んだ時
「オモチャかよ?ハ!バッカみてえ」
言ってクロノチェンジャーを背後に放り投げ、また爪先で竜也の顎を蹴った。


シオンがクロノチェンジャーを改造する間、ドモンが事務所に電話をして侵入者たちの気を逸らせ、その隙を突いてアヤセが突入する、という段取りが組まれた。
事の成り行きをロンダースに監視されているかもしれない可能性を考えると、出来ればアヤセの突入はシティガーディアンズである滝沢の到着を待ってからということにしたいが、そこは現場の状況次第である。
アヤセは人目を避けて、やって来たのとは別のルートから事務所に向かった。タックに留守番電話に切り替えるよう指示を出してから、ドモンがひとつ深呼吸して公衆電話のプッシュダイヤルを押す。


携帯電話など取り出しながら5人が寄り集まって何か相談を始めたのをチャンスに、竜也は自分の肩口に顔を擦りつけて何んとか口のガムテープを剥がそうとしていた。そうしながら横目で全く動こうとしないタックを見遣る。
20世紀の人間の前で動くことを警戒しているのか、それともスリープモードのまま今起きていることにも気付いていないのか、とにかくタックに起きてくれるように声をかけねば、そして4人に今事務所で起きていることを伝えなければ。竜也は殴られた痛みを感じるのも忘れて、ガムテープ剥がしに懸命だった。

その時、突然電話が鳴った。
聞き慣れている音のはずなのに竜也の体がびくりと跳ね上がるほど、その音は大きいように感じた。当然頭をくっつけて話していた5人も、傍目にも判るほど驚いて音の源を振り返った。
留守番電話になっていたらしく、5回の呼び出し音の後にかちゃりと音がしてドモンの暢気な声が聞こえて来た。
『なんだ竜也、いねえのか、便所か?寝ちまったのかあ?喜べ、お前の食べたがってたハーゲンダッツのラムレーズン、ユウリの許可が出て、買えたぞ。でもな、飲み物がよう、えーと、お前炭酸て言ってたよなあ?でも、今日あそこのコンビニ、お茶系の安売りしててさあ、ハーゲン買った代わりに、飲み物は強制的にお茶ってことになっちまって・・・』


裏の小さな印刷会社のビルから、窓伝いにTR事務所の通気口へ侵入したアヤセは、無残に散らかされた床に手足を拘束されて伸びている竜也を確認した。その顔や服に血痕を見つけて、アヤセの表情が一気に険しくなる。
まずいことに、5人いるはずの侵入者たちのうち3人はちょうどアヤセの死角に入っているらしく、その姿は見えない。ナイフを持った2人が竜也に背を向けて入り口の扉を指差しながら何か言っている。
裏のビルに入ったときからクロノチェンジャーは切ってあるから、中で何が起きているのかは通気口の狭い視界から見える範囲しか判らないが、竜也が何か目的をもって懸命にもがいているらしいことは判った。
こちらに気付かないかと念じるが竜也は床に向けたままの顔を上げる気配はない。ドモンの、そう思って聞けばかなりぎこちない「暢気な声」が留守番電話のスピーカーから流れ続けている。


滝沢直人は、同僚と2人1組で契約ビル周辺のパトロールをしていた。
パトロールと言っても職務尋問などの権限が与えられているわけではない。ケンカでも見つければ営業活動の一環として無視するわけにもいかなかったが、基本的には車載無線に本部からの通報が入った時に、現場が近ければ駆けつければいいだけだったから、直人は助手席かの窓からさしたる緊張感もなく外の景色を眺めていた。

そんな時いきなり耳慣れない警報音が車内に鳴り響いたのである。直人も運転席の同僚もきょろきょろと辺りを見回した。どこから発せられている音なのか見当が付かなかったのだ。
漸く2人の耳が辿り着いたのは、なんと直人の手首のVコマンダーだった。それって、そんなふうに鳴ることもあるんだな?と同僚に尋ねられ、直人はまあな、と答えるしかなかった。自分もこんな音を聞くのは初めてだ、とは絶対に言えない。
どうしたらその音を止めることができるのか、慌てていないふうを装って直人が四苦八苦していると
『直人さん?』
不意に警報音が止み、どこかで聞いたことのある声がVコマンダーから聞こえた。
「タイムグリーン、か?」
運転席から訝しげな視線を投げて寄越す同僚に背を向けて、直人は出来るだけ低く抑えた、けれどもひそひそした印象を与えないように誠意一杯気をつけた声で言った。
『詳しい事情を話している暇はないんですけれど、トゥモローリサーチへ行って竜也さんを助けて欲しいんです。5人組の強盗に入られて、竜也さん、捕まっちゃったんです』
「何を言ってるんだ?頼む相手を間違えてないか?俺はお巡りさんじゃない、契約対象以外のトラブルには無闇に出動できないんでね」
竜也が捕まった、と聞いた途端に、直人の顔には自然と余裕の笑みが広がり、皮肉たっぷりの声を出すことが出来た。しかし直人のそんな表情もすぐに強張ることになる。
『直人さんが動いてくれないんなら、僕はこれからシティガーディアンズ本部の無線に割り込んで、浅見会長のご子息が危険だと通報します。そんな派手なことできればしたくはないんですけど、竜也さんの命には代えられませんから』
「会長が、そんな個人的なことでシティガーディアンズを動かす訳が・・・」
『竜也さんのお父さんに直接連絡するんじゃありません、シティガーディアンズ本部の緊急センターにスクランブル回線で通報するんです。センター勤務の中間管理職の皆さんは、会長令息の危険を黙って見過ごせるほど冷血漢じゃないと思います』
直人は意識して唾を飲み込もうとしている自分に気付いた。喉が奇妙に渇いてきている。Vコマンダーから聞いたことのない音が聞こえて来た時と同じ焦りを直人は感じていた。このガキは、俺を脅そうとしているのか?
『その際、直人さんに、友人として竜也さんが助けを求めたのに、直人さんは無視したということも伝えます。その代わり直人さんが個人的に動いて下さるのであれば、休暇中に強盗事件を解決したという記録を人事部のデータに書き加えておきます。今後の評価に影響するでしょう?』
「タイムレンジャーもシティガーディアンズに助けを求めるようじゃ、大したことはないな」
とにかくこんなガキの要求を黙って呑む訳にはいかない、という、ただそれだけの機械的なプライドが直人に無意味でつまらない言葉を言わせる。
『適材適所です。僕たちはロンダースを逮捕するのが仕事ですから。それ以外の人たちの事件を直接扱うわけには行きません』
「警察に頼めよ」
『・・・判りました。シティガーディアンズに直接連絡します』
「・・・・・・おい、ちょっと待て!」
『何んですか?僕急いでるんですけど』
「お前、シティガーディアンズの通信網に割り込むなんてできるのか」
シティガーディアンズといえば、現在の日本の最先端の技術マニュアルを持っている第三総合研究所の付属機関である。セキュリティシステムも世界一の水準を誇っているはずだった。
『今こうしてVコマンダーのシステムに割り込んでることを信じて貰うしかありませんけど』
シオンの声には控えめながら勝者の響きがあった。直人にはもうそれを否定することはできなかった。


「ドモン、こいつらの狙いはユウリだ!!帰って来ちゃダメだ!!」
必死にもがいた甲斐があって、竜也は口を塞ぐガムテープを剥がすことに成功した。留守番電話から聞こえてくるドモンの声に向かって最大級の声を張り上げる。
電話の前でおろおろしていた3人は突然の竜也の声に2度びっくりし、ドアの前にいた2人は先を争って外に出ようとした。しかし天井から降ってきた人間に襟首を掴まれもんどりうって倒れた。
「アヤセ!?」
通気口から着地したアヤセは逃げ出そうとした2人を床に引き倒すと、間髪を入れずスプレーの男に当身を食らわせその武器を奪い、振り向きざま向かってくるナイフの男と棍棒の男に発射する。ドアの前から起き上がって今度はこちらに向かってくるナイフの2人の、目の前にいた奴の手首を拾った棍棒で薙ぎ払い、突っ込んできた方はぎりぎりの距離で交わして腕を抱きこみ、背中を棍棒で殴りつける。ナイフを拾おうとする手を押さえつけてその顎を蹴り上げ、背中に抱きついてきたのは身体ごと机に叩きつけて腹に肘打ちを決める。
5人の動きが鈍くなった隙にナイフを拾って竜也の手足を解いた。
やっと自由になった竜也がアヤセの背中に向かってきたスプレーの男を、屈んだアヤセ越しに蹴り倒した。男が入り口のドアに受身も取れず無様にぶつかる、と見えた瞬間、そのドアが開き
「シティガーディアンズだ、動くな!!」
拳銃を構えた直人が入って来て、直人は竜也の蹴りを食らって加速の付いた男の体重を支えきれず、男もろとも仰向けに倒れた。


どうやって同僚を納得させたものか、直人はシティガーディアンズの車輌でトゥモローリサーチに乗り付けていたので、引ッ捕らえられた5人はそのままシティガーディアンズに連行されて行った。

駆けつけたドモンに締め上げられて白状したところによると、5人は、先日ユウリが浮気調査でその決定的瞬間を抑えた男に頼まれて来たものらしい。浮気がバレて離婚を迫られた男が、見当違いの腹癒せの矛先をユウリに向けて来たのである。

「でも竜也、どうしてあの時、あいつらの狙いはユウリだって判ったんだ?」
竜也の傷の手当てをし、荒らされた室内の片付けが終わった頃にはもう東の空が白み始めていた。TRの5人は眠るのを諦めて、買って来たペットボトル片手に屋上に出て日の出を観賞している。
白く眩しい朝日を浴びながら、アヤセが思い出して竜也に尋ねた。
「ああ。オレさ、最初、あいつらロンダースかと思ったんだよね。だったらヘタに喋ってココがタイムレンジャーの棲家だってバレたらまずいかな、とか考えたりもしてたんだけど、あいつら、クロノチェンジャー見ても何にも反応なかったんだよ。それに、ユウリのこと知ってたみたいだし。で、そうなのかなって」
留守番してたのがユウリじゃなくて良かった、と竜也は笑い、ユウリはその顔に残る幾つもの痣を見て、視線を逸らしてばか、と呟いた。
「おれの出番がなかったけどなあ」
ドモンが右の拳を左の掌に受け止めて、不満そうに言う。
「ドモンの電話、最高だったよ!あんまり緊張感ない声だったんで、あいつらすっかり調子狂っちゃって」
竜也がおどけて言い、ドモンが名演技だったろうが、と胸を張った。
「指揮官の判断が良かったんですよね、ユウリさん」
シオンがにこにこと笑いかけると、ユウリは更に皆から顔を背けてそんなこと、と小さく言った。
「アヤセに突入させたのとかも?」
竜也がユウリの顔を覗き込もうと、上体を大きく前に倒して訊く。しかしそれに答えたのはシオンだった。
「腕力のあるドモンさんの役目かな、っていう気もしましたけど、でも、現場の状況を見て臨機応変に対応しなきゃならない役ですからね。アヤセさんの方が適役でしたよね、やっぱり」
「ああ、なるほどね」
相変わらずにこやかなシオンと素直に頷く竜也に、それどういう意味だよ、とドモンが食ってかかる。そんな3人を呆れて眺めながら
「しかしよく滝沢が動いたな」
アヤセがシオンとユウリに言った。
「直人さん、出世欲の旺盛な人ですし、こっちには竜也さんていう切り札があるんですから、何んとかなるとは思いましたけど。でもほんとに、思ってた通りの反応でしたねえ」
ユウリから直人とシオンの一連のやりとりの様子を聞かされ、ドモンと竜也とアヤセはそれぞれに複雑な表情になった。
「親父に、助けてもらうつもりだったのか?」
竜也の不愉快の原因は明らかだ。
「いえ、それはほとんどハッタリです。直人さん、絶対助けに来てくれるって信じてましたから」
シオンの返事にも、竜也は浮かない顔である。
「お前、ほんとにアタマいいんだなあ・・・」
「別に、大したことじゃないです。クロノチェンジャーならもう何度もいじってますし」
ドモンはクロノチェンジャーをあの短時間に、しかも記憶だけを頼りにVコマンダーと通信できるように改造しおおせたシオンの、というかハバード星人の能力につくづく感心しているらしい。
「シオン、お前って・・・」
「はい、なんですか?アヤセさん」
屈託の無い笑顔を向けるシオンに、アヤセは、いや、と言葉を濁すことしかできず
「でも、今回いちばん貧乏くじは竜也だったな。酷い目に逢って」
少々強引に話題を変えた。話を振られた竜也は、さっきとは打って変わって笑顔になり
「え、どうして?オレ今回いちばん楽しちゃったじゃん。皆んなのこと信じて待ってれば良かったんだもん、いちばん簡単な役だったよね!」
4人は一瞬、呆れた顔で竜也を見上げた。竜也は笑顔のまま「ん?」と4人を見返す。ユウリがまた「バカ」と言った。


傷に良くないからと、竜也は今朝のロードワークを禁止された。トーストと卵と野菜ジュースだけの簡単な朝食を皆で囲みながらユウリが
「事務所の玄関にセキュリティをつけるべきだわね」
厳しい顔で言った。
「ああ、そうだな。僕もそれを考えていた。昨日の事件はたまたまそうではなかったが、ここがロンダースに狙われる危険があることを忘れてはいけない」
タックが大きな目を瞬きさせながら同意した。
「じゃあ、僕が作りますね、異常があったらタックに直接アクセスするようにします」
「ああ、そうしてくれ」
「・・・あ!じゃあ、同じシステムでシティ・ガーディアンズにアクセスするセキュリティ・ロックを作れば、一般向けに売れますね!!」
突然、シオンが良いことを思いついた、というように皆を見回した。
「・・・そんなこと、できるのか」
立ち上がってインスタントコーヒーを淹れようとしていたアヤセが、少し眉間に皺を寄せて訊く。
「ええと、量産はできないと思うんですけど、とりあえず、ユウリさんの所にストーカーとかの相談にいらっしゃる方多いじゃないですか。そういうお客さん相手に、ちょっとづつ売っていくくらいならなんとかなると思うんです」
「いや、そうじゃなくて・・・」
アヤセは何か言おうとしたが、小さく溜め息をついて口を噤んでしまい、沈黙を誤魔化すようにドモンに差し出されたマグカップを珍しく素直に受け取ってドモンの分のコーヒーを作り出した。
「シティ・ガーディアンズは、契約した奴しか助けてくれねえんだろ?警察に繋げた方がいいんじゃねえのか」
コーヒーを淹れるアヤセの横顔をちらりと見て、ドモンがシオンに言う。
「それは無断では出来ないでしょう?警察無線に無断で介入したりしたら、それこそ捕まっちゃいます」
「・・・それってさ、シティ・ガーディアンズならいいわけ?」
竜也が尋ねると
「良い訳ないでしょ」
ユウリが低い声で答えた。
「でも、困ってる人を助けるのが、シティ・ガーディアンズの仕事でしょう?警察と違って僕らを逮捕するような権限はないでしょうし」
「でも無線に不法介入するのがいけないことには変わりないじゃないの・・・」
「まあそうですけど、でも通報があったのに、契約者じゃないからって無視したことが公になって企業イメージをダウンさせるくらいなら、広告だと思って契約者じゃなくても助けてくれるんじゃないでしょうか?」
「シオン、そうじゃなくて・・・」
ユウリの眉間にも皺が出る。アヤセは別にほしいとも言っていない竜也のカップまで勝手に取り上げてコーヒーを作り始める。竜也は取り上げられたカップを目で追ってアヤセの顔を見上げた。アヤセが竜也、ドモン、それからユウリへと視線を向けて、諦めたような表情で微かに首を振る。
「・・・シオン、別にシティ・ガーディアンズに通報されるようにしなくても、サイレンでも鳴るようにしておけば充分なんじゃないのか」
4人の気持ちを、タックがやんわりと代弁してくれた。
「え?ああ、そうか。それでもいいですね。とりあえず泥棒さんがびっくりして逃げてくれれば」
にこにこしながらアヤセに「僕もいいですか」と言いながらマグカップを差し出す。アヤセはああ頷いてそれを受け取った。
ひょっとしてシオンは、シティ・ガーディアンズを都合よく使える私兵くらいに思っているのではないのか、と、皆心の中で思うだけで口には出さなかった。シオンの笑顔が余りに無邪気だったので。・・・

 

 


樹里さんカウンタ1600踏み踏み御出題。「シオンすごーい、あたまいいー」という感じの話、ということだったのですが・・・。
パターンですねえ、コレ。
わざわざキリリクして頂いたのに、こんなどこかで見たことあるようなモノしか書けなくて(泣)。申し訳ありません。
とにかくね、「シオンの流儀」みたいに、シオンが1人になっちゃったので必然的に頑張る、っていう形にだけはしたくなかったんです。
それで、ものすんごく考えあぐねた末に・・・・・・・・こんなふうにしかなりませんでした。

 


(樹里より)
青髭さんのサイト「第24代」でキリリクして書いて頂いた作品をこちらにも頂いてしまいました。
ちょっぴり違うバージョンになっているんですよ。
シオンが更に「あたまいいー」感じで、そしてアヤセが更に更にカッコよくなっています。
シオンもいいんですが、アヤセのかっこよさがもう本当に私好みなんです!
青髭さん、ありがとうございました!!




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