11.憂鬱な食卓

 

 仕事が押して、夜10時過ぎ。
 とっくに夕飯の時間は終わっている。
 今日のメニューはなんだろうかと1人家路を急いでいるユウリのクロノチェンジャーに、突然連絡が入った。
「ユ、ユウリ……」
 苦しそうなタツヤの声に、一気に身体が凍りつく。一体何が……。最悪の事態を予想して、声に答える。
「どうしたの? まさか、ロンダース!?」
「まずいんだ、みんなやられちゃって……」
「なんですって!?」
「動けないんだ、早く帰って来てくれユウリ!」
 連絡が途絶えた瞬間、全身から血の気が引く音が大音量で響く。ユウリは慌てて走り出した。


「胃腸炎……?」
「ああ。どうやら4人の症状を見ているとそのようだ。何度も嘔吐を繰り返しているようだし」
 タックからの話によると「このあいだ魚を食ったから、今日は肉だ」といい、ドモンが2割引の牛肉のタタキを買って帰ってきたのが発端のようだ。きちんとユウリの分も小皿に3切れ、冷蔵庫で保管されている。
 ユウリが大慌てで帰ってきたとき、リビングでは死屍累々といった状態で4人がぐったりしていた。初めは何かのウイルステロかと勘ぐった。居場所がバレ、ロンダースが襲って来たのかと思ったがとんだ杞憂で終わった。
「牛肉のタタキにあたったのね。食べなくてよかったわ……」
 仕事が遅くなったことにこんなに感謝したことはない。男性陣は皆死んだような顔で、寝室でぐったりしている。4人には悪いが、自分もああなっていたかも知れないと思うとぞっとする。
「あ……」
 ふと思った。これでは明日からの仕事に支障がでる。5人ともそれぞれスケジュールが埋まっていた。それにロンダースが街で暴れだしたら、1人で手に負えるか……。 それにもっと重要なことがある。
 食事はどうすればいいのだ?
 自分でも嫌と言うほど分かっているが、料理が得意なほうではない。最近はいろいろなメニューを覚えてはいるものの、こういう非常事態には何を食べさせればいいのか分からない。お粥くらいしか思い浮かばないが、ユウリにはどうやって作るのかまったくもって不明だ。
 頭の中が真っ白……というよりは不安で真っ暗になっていた矢先、玄関のチャイムが鳴った。
 こんな時間に誰だろうか。立ち上がろうとするより先にドアが開き、突然の来訪者が入って来た。
「ドモンさん! 一体どうしたの!」
 半ば泣きそうになっているホナミだった。


「なあんだ、胃腸炎かあ」
 お茶をすすりながらほっとしたようにホナミが言う。彼女もドモンから連絡が来ていたが、仕事中だったため出られず、留守電のメッセージを聞いて飛んで来たらしい。何を吹き込んだのか知らないが、とんだお騒がせ犯である。
「ごめんなさい。なんだかお騒がせしてしまったみたいで」
「いいえ、大丈夫ならいいんです。あ。病気だから大丈夫じゃないか……」
 ホナミがちら、と寝室のドアを見た。
「あの、ユウリさん」
「はい?」
「その、お邪魔じゃなかったら、わたしにも手伝わせてほしいんだけど」
「え?」
「看病っていうか、ほら、ユウリさん1人じゃ大変でしょう! 4人も見ないといけないし、仕事だってあるだろうし。買出しとか、食事とか……わたしは仕事一段落ついたところだからしばらく暇だし。それに……ドモンさんのことが、心配だから……」
 最後の言葉が本音なのだろう。彼女の真剣な気持ちがストレートに胸に刺さる。そんなにもドモンのことが好きなのか。
 それにユウリにとってありがたい申し出だった。食事の面では少なくともホナミのほうが役に立ってくれる。他人に頼るのはまだ慣れないがそんなことは言っていられない。この際、いろいろと教えてもらうことにしよう。
「はっきり言うと食事をどうしようかと悩んでいたの。特にこんな場合、何を食べさせればいいか全然で」
「胃腸炎ですから、とにかく水分補給が大事です。あとはやっぱり食事はお粥ですね」
「そう……」
 うちの冷蔵庫に何か栄養になるようなものが置いてあっただろうか。2人で冷蔵庫の中身を確認する。今月はかなり台所事情が厳しく、2リットルのお茶のペットボトルが数本、あとは使いかけの野菜くらいしかなかった。
「うちのマンションの近く、深夜営業のスーパーがあるんですよ。ちょっと遠いですけど急いで行ってきます。そこのほうがいろいろとあるだろうし」
「ありがとう。助かるわ。……あ、領収書もらってきてくださいね。お金、負担してもらうわけには」
「いいですよ! これくらい。困ったときはお互い様ですから」
 太陽のような笑顔を残して、彼女はすばやく出て行った。


「うちではダシを昆布で取るんです。そのほうが病人には優しいんで」
「へえ……」
 彼女はわざわざ家から土鍋を持ってきてくれた。お粥を作るのには、土鍋がいいんだそうだ。ホナミが分量を量っているところを見ると、米を少量しか使わなくていいみたいだ。これは収入が少ないときに使えるな、とユウリは頭のすみで思った。
 土鍋に昆布を入れてダシをとり、そこに米を入れる。
「昆布はあとで刻んで冷凍保存しておけば、便利ですよ。私は佃煮にしてます」
 言いながらも、ホナミの手はぱっぱと動く。母親のようだな、とふと思う。
「土鍋にお米がくっつかないように、かき混ぜます。事前にお米を水につけてたらこの作業はいらないんですけど。あ、ユウリさん。梅干と味噌とってくれます?」
「あ、はい」
「うち、お粥に塩って入れないんです。かわりに箸休めでその梅干と味噌を混ぜて、それで塩分を取ります。でも胃腸炎の人にはきついかもしれないから、これはわたしたちの分です」
 ホナミが土鍋から目を離さずに言った。
 なんだかこういう場面を見たことがある。料理番組の先生とアシスタントのようだ。自然と頭の中で番組のテーマソングが流れる。まさか彼女と料理をすることになるなんて。
「あ、なんだか料理番組みたいですね! ユウリさんと料理することになるなんて、なんだか不思議」
 そして楽しそうに料理番組の曲を鼻歌で歌う。自分と同じことを考えていると思うと、ユウリもつられて笑ってしまった。
「そうですね」

 火を極弱火のまま、米が焦げないように注意する。途中、焦げそうになったら水をいれ、ちょうどいいやわらかさになったら、米粒が壊れないようにゆっくりヘラでかき混ぜる。ただ煮ればいいと思っていたが、手間隙がかかっている。
 ふんわりと、やわらかい匂いが辺りを包んだ。


 ドモンはホナミが顔を見せると病人なのかと疑うほど喜び、大はしゃぎでお粥を食べさせてもらっていた。もちろん後で3人から顰蹙を買ったが。
 食事が終わった頃を見計らって、ユウリが皿を下げに部屋に入る。タツヤだけが起きていて、ユウリと目が合った。
「タツヤ、具合どう?」
「うーん、まだ気持ち悪いな……」
「しばらく安静にしてないとだめね。仕事、あなたたちの分キャンセルしておいたから」
「ごめんね」
「……気にすることじゃないわ。仕方がないもの」
「あ、ユウリ、お粥、ホナミちゃんと一緒に作ったんだって?」
「そうよ」
「ありがとう。おいしかった」
「……そう、よかった」
 ユウリは反射的に俯いてしまった。何故かこういうときタツヤにはどんな顔をしていいかわからない。特に最近。

 病人の食事が終わった後、ユウリたちもお粥を食べる。梅に味噌を混ぜたものが、お粥とよくあって美味しい。
「タツヤさん、何か言ってました?」
「え?」
「おいしかったとか、いろいろ」
「ええ、言ってたけど……それが何か? なぜタツヤだけなの?」
「いや……あはは」
 急にこういうことを言い出すのかよく分からない。彼女は一体何を気にしているのか。
「タツヤさん、早くよくなるといいですね」
「……本当に。4人とも仕事溜まってるから、治ったらもっと稼いでもらわないと」
 症状が治らないようだったら病院に行かないといけないが、4人分の治療費を出すのも正直苦しいところだ。
「あ……そうですね……」
 ホナミが困ったように頭をかいた。


 3日ほど様子を見たが、4人とも体調がよくなってきていた。これならこのまま様子を見ようということになったが、念のため食事はお粥。もちろんユウリとホナミも。
 毎食お粥で文句を言うかと思われていたドモンは、ホナミが作ったものは文句を言わずにもりもり食べていた。


「いやー、ホナミちゃんのお粥はいつ食ってもうまいなあ〜」
「もう、ドモンさんたら〜」
「どうでもいいけど、朝からいちゃつかないでくれる?」
「妬くなよタツヤー」
「タツヤ、こんな奴はほっとけ。あ、シオン。鮭フレーク取ってくれ」
「はいアヤセさん」
 4人の病気が治ったのはいい。それはいい。ホナミがまだいるのもかまわない。
が、ちゃぶ台の上に乗っている土鍋は何? お粥? ……まだお粥?
「意外とお粥って美味いんだなー。なんていうの? 優しいっていうか」
「僕、お粥って初めて食べました。中でも卵のお粥さんが好きですねー」
「卵も美味いが、俺は鮭派だな」
「ホナミちゃんのお粥はなんでも美味いんだ、馬鹿野郎ども。ありがたく食え」
「あ、おはようユウリ」
「おはようタツヤ……あなたたちまだお粥なの?」
 もう飽きたんだけど、という言葉はさすがにぐっと飲み込む。なんだか5人とも楽しそうだったからだ。
「なんか俺達今お粥ブームなんだよね」
「なんだか食感が面白いんですよ!」
「中華粥ってのもあるんだろ? ユウリ、今度それ作ってみてくれよ」
「だったらまたホナミちゃんに作ってもらえばいいだろ、な!」
「えー、いいの? ドモンさん」
「そんなこと言って、ただホナミちゃんの料理が食べたいだけの口実だろ!」
 朝からにぎやかな食卓の輪に、ユウリは入ることが出来なかった。本当は食パンが食べたかった。焼くとかジャムがほしいとか贅沢は言わない。ただいつものようにマーガリンを塗っただけの食パン。あとコーヒー。いつも食費をけちってそんなメニューだったあの頃が懐かしく、羨ましい。
 しかし、現実はお粥。お粥、お粥!
 ……いや、文句をいうのが贅沢というものだ。収入の少ない中、こうやって朝から食べるものがあるということが素晴らしい。それにお粥用にさまざまな調味料や具材が並べられている。それらはすでに全部食べてみたものだったが。
 ため息を心の中で殺してユウリは自分の席につき、箸を取った。これしか今は食べるものがないのだ。仕方がない。……パンが食べたいけれど。
「……いただきます」




(樹里より)
はつきさんからいただきました。なんと6年ぶりの食事部屋の新作です。
お粥が本格的で美味しそう! 私も今度お粥を作る時はこのレシピで作ろうと思います。
料理番組みたいな2人、微笑ましいですね。 愛情全開なホナミちゃんと竜也のことを気にしてるのに自分の気持ちに気づいていないユウリが好対照で、それぞれ可愛い!
やっぱりタイムレンジャーは素敵ですね。はつきさん、ありがとうございました!






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