2.今夜も辛ぇ
本日の夕食当番は竜也とドモン。
この2人が組むと質より量で勝負しようとするからと、ユウリやアヤセは何んだかんだと理由をつけてこの組み合わせが食事当番をしないように気をつけているらしいのだが、今日はスケジュールの都合で久し振りにこういうことになった。
「ぱーっと肉食おうぜ、な、竜也!男だったら肉だよなー!!」
「予算の許す範囲でねー」
そんなことを言いながら商店街をうろつくが、肉やを覗いたところでTR社の予算ではブタコマの切り落としくらいしか手が届かないだろう。
「もっとこうどーんとカタマリとかばーんと分厚いのとか、ねえのかよ」
ドモンの呟きを無視して、竜也はやっぱり肉屋のウィンドーでブタコマを指差した。
「今のオレたちの生活圏にはないね」
「おまけしといたげたから、そんな顔しないの!」
肉屋のおばちゃんに笑われて、2人はまた歩き出す。
「キャベツの古いのがあったから、あれとこれでホイコーローでもすればちょうどいいかー・・・」
冷蔵庫の中身を思い浮かべながら竜也が呟く。
「ほかには?」
「ワカメのおみおつけ」
「ほかには?」
「野沢菜」
「ほかには?」
「以上」
「・・・ほかには?」
「以上だってば!」
「・・・・・竜也!!お前それで虚しくねえか!?キャベツとワカメと野沢菜だけで明日を戦い抜く活力が養えるのか!?」
「だからちゃんと肉入るって言ってるだろ!?」
「こんな薄いバラバラなのちょびっとだけじゃねえか!5人で分けたら何グラムも俺の口に入んねえよ!」
みっともない言い争いをしながら歩く。他のメンバーとならドモンも諦めているところがあって、余り食事の量に関してなど愚痴を言ったりしないのだが(シオンと組んだ時などはドモンがセーブする方に回らないと財政が破綻する可能性すらあるのだし)、竜也には同じ体育会系の臭いを感じ取るのか、とにかく量とそして肉を主張しまくるのだ。竜也だってもともと食べない方ではないから、こんなふうに言われるとつい財布のヒモを緩めたくなってしまう。実際過去に何度かドモンの口車に乗せられて予算オーバーの買い物をしてしまったことがあって、ユウリに叱られアヤセに呆れられシオンに笑われた。
「ダメ、ダメだよ、自分の稼いだ範囲で食べて行くんだから!」
ユウリの怖い顔と、そして実家の必要以上に充実した食卓を思い出しながら、竜也は財布を握り締める。
「あとどんくらい予算残ってんだよ」
「あと800円」
「・・・・・・」
「800円で卵と洗剤とトイレットペーパーも買うんだからね」
とぼとぼと商店街を歩く。
商店街の外れにある安売り量販店に到着。トイレットペーパー、洗剤等日用品の調達にはいつもお世話になっている店だ。ここの食料品は業務用のやたらに量が多い冷凍食品が中心の品揃えなので、ここで買い込むと同じメニューが続きがちになってしまうということで最近は敬遠されていた。ドモンと2人、18ロールのトイレットペーパーのパックと洗剤の箱を持ってレジに並ぶ。するといい匂いがしてきて、2人がそちらになんとなく顔を向けた途端
「どうぞ、特売ですよ」
試食品用の銀の小皿を差し出された。
「そのまま汁ごとお鍋に入れて温めるだけですよ、おいしいでしょ」
冷凍おでんの売り出しセールだった。竜也は大根、ドモンはイカ巻きをふうふういいながらあっという間に食べてしまう。1キロ入りが特価500円!
「おい竜也、これめちゃくちゃお買い得じゃねえのか!?」
ドモンはすっかりその気で、差し出されるままに二皿目のはんぺんを食べている。
「うん、確かにお買い得だけど・・・」
竜也は、販売員のおばちゃんがにこにこと押し付けてくる揚げボールを必死に辞退しながら、未練の残る声で言う。確かにお買い得なのだが、187円のトイレットペーパー×2で374円、プラス284円の洗剤ひと箱で659円、この後卵も買わねばならないことを思ったら、諦めるしかないのだ・・・
「あらお兄ちゃん、カラシつけないの?」
おばちゃんがドモンの小皿を片付けながら驚いた声を出した。
「え?カラシ?」
「うん、辛いのだめ?」
小皿の脇にちょんとくっついた黄色いモノを指差しておばちゃんが言う。
「いや、けっこう好きだけど・・・」
ドモンはカラシの存在を知らなかったらしい。おばちゃんがご親切にももう一皿渡してくれたちくわぶを、今度はカラシ付きで試食して
「ぐわ」
むせ返った。
「あらあら、大丈夫?」
「うはー、何コレ?きっついなあ。トンガラシとかの辛さは好きだけど、コレはちょっとダメだわ」
涙目でドモンが言う。おばちゃんはそんなドモンに「口直し」と言って更にもう一皿、今度は結び昆布をくれた。まだけほけほいってるドモンをじーっと眺めていた竜也が突然、
「よし、今夜はおでんにしよう!」
力強く言って、おばちゃんの後ろの冷凍棚からひょいと1キロの袋を取り上げた。
「まあほんと?ありがとうね!お兄ちゃんももひとつ食べなさいよ」
おばちゃんがくれたゴボウ巻きを笑顔でひと口に放り込んでから
「ドモン、ちょっと待ってて、代わりにコレひとつ返してくる」
と、トイレットペーパーを一つ掴んで売り場へ駆け戻った。途中、食品コーナーの包みを目に止めて、それを手に取ってからトイレットペーパーを元に戻して、レジに帰る。
「なんだよ竜也、急に心変わりか?」
かなり機嫌の良くなったドモンが、会計を済ませた買い物を袋に詰めながら聞いてくる。
「うん、まあね。やっぱたんぱく質は必要だし」
その代わり卵も今日は見送りだから、2日間朝の目玉焼きはナシだよ、と片目を瞑って言うと、ドモンが不満を口にするより早く竜也は走り出した。
「わあ!なんだか今日は豪華ですね!!」
食卓についたシオンが両手を胸の前で組んで顔を輝かせる。
「おでんがさ、ちょっと安かったから、ね」
竜也はドモンに目配せする。卵を買って来なかったことは、まだユウリに言っていない。
「おう、たまには腹いっぱい食いたいもんな!」
ドモンは竜也の目配せなど意に介さず、早くも箸を手に臨戦態勢だ。
「安かったって、どのくらい?」
量が多くて結局鍋ごと食卓に運び込まれたおでんのいいにおいについ表情が和らぐのをぐっと堪えて、ユウリが竜也を睨む。
「1キロで500円!これで全部じゃないんだよ?まだキッチンに少し残ってる。お買い得でしょー?」
卵やトイレットペーパーに話が及ばないように、竜也は満面の笑顔をユウリに向け、「じゃあ、冷めないうちにいただきます!」と箸を持って両手を合わせた。4人もついそれに倣って、夕餉の開始となる。
「あ、おでんにはカラシが付き物だからね!」
言って竜也は、チューブの練りカラシを皆の取り皿に盛大に搾り出した。
「わー!待て竜也、おれはいらねえ!」
ドモンが竜也の腕を掴んで自分の皿を守る。
「えー、なんで?カラシあった方がおいしいよ?」
「いらねえよ!これだけで充分うまいって!」
言い争う2人に
「なんだよ、ドモン、お前にも好き嫌いがあったのか」
ことあるごとにネギ嫌いをからかわれているアヤセが、ここぞとばかり鼻先でせせら笑った。
「べっ、別に好き嫌いとかそういうんじゃねえよ!この辛さはちょっと身体に合わないっつうか・・・」
「あら、辛いのダメなの?竜也みたいなこと言うのね」
「ドモンさんもお子様だったんですねえ」
ユウリ、シオンの声が明らかに笑いを含んでいる。ドモンはムキになって
「じゃあお前ら食ってみろ!けっこうキツいんだぞ!」
皆の小皿の黄色いカラシを指差して怒鳴った。やれやれという風情で、アヤセ、ユウリ、シオンは熱いおでんを食べ始める。竜也も、皆の様子を気にしつつ、さつま揚げを齧った。
「うまいじゃないか」
アヤセがこともなげに言う。
「おいしいですよ。ちょっとつツーンてしますけど、それがなんかキモチいいです」
シオンはイカ巻きに随分たっぷりとカラシをつけていたから、飲み込んだ瞬間ちょっと目を丸くしていたが、しかしすぐに笑顔になって言った。
「ええ、おいしいわよ。マスタードみたいだけど、こっちの方がもっと刺激的なのね」
平静を装って言うユウリは、しかし言葉の合間合間にけほけほと咽込んでいる。そんなユウリと、悔しそうなドモンを見比べながら、竜也はひとり満足げに頷き
「うん、マスタードは洋芥子で、これは和芥子だからね。マスタードの方は酸味がメインだけど、和芥子はけっこう大人の味って感じ?」
何故か用意してあった水をユウリに差し出した。
ひとしきりおでんを味わった後、
「なんか珍しいもんがあるな」
アヤセが、大鍋の脇に控えめに置いてある小鉢に気付いた。
「ああ、それ、わさび漬け。これはオレの奢りだからね」
竜也が、後半はユウリに言い訳するように答えた。
「わさび漬けって何んですか?」
言いながらシオンは既に箸を付けている。およそひとくちに食べる量ではないわさび漬けを思い切り掴んで、躊躇いなく口に入れ
「わあ、なんかちょっとキレイな香りですね、おいし・・・・・!?」
鼻とコメカミの辺りを抑えて後ろ向きに蹲った。
「シオン!?」
ユウリ、アヤセ、ドモンが慌てて駆け寄る。
「ああもう、シオン!そんなに一気に食べるもんじゃないよお」
竜也も些か慌てて、しかしどことなく笑いを含んだ声で言う。
「竜也、なんなんだよ、これ?」
アヤセが少しだけ険しい顔を向けてきた。
「ヘンなもんじゃないんだよ、わさび漬けって、ちょっとツーンてするんだよ、みんな、わさび食べたことなかったっけ?」
3人はふるふると首を振る。そっかあ、と言いながら竜也は上品な量を箸の先で掬って、皆に向かってわさび漬けを食べて見せた。
「おいしいんだよ?」
まだ不審げな3人に、漸く呼吸を整えたシオンが身体を起こしながら
「あの、ほんとに、大丈夫です。おいしいんですけど、ちょっとびっくりしました」
目に涙を溜め、鼻声で言って笑った。ドモン、アヤセ、ユウリもやっと元の席に戻り、改めてわさび漬けをまじまじと見つめる。
「竜也、なんでこんなもん急に買ったんだよ」
ドモンが、箸を宙に浮かせたまま、低い声で尋ねる。
「え?いやその、ちょっと急に食べたくなっちゃって。オレ、けっこう好きなんだ」
心なしかきまずそうに竜也は答えた。ドモンは、恐る恐るという感じでわさび漬けを箸の先で突付き、それを口に持っていく。
「ドモン、怖がってんの?そんなんじゃ味わかんないだろ」
竜也がわざと得意げに言ったのにドモンはまんまと乗せられて、シオンほどではないにしろかなり大量に摘んで口に放り込んだ。途端に「うーッ」と鼻を摘んで下を向き、固まってしまう。
「何よ、ホントに子供みたいね、ドモンもシオンも」
ユウリが、なんとなく竜也の方をちらちら意識しながら、わさび漬けに箸を伸ばした。竜也の熱い視線が見守る中、ユウリはどことなく緊張した面持ちで箸の先のわさび漬けをゆっくりと舌に乗せる。
「・・・・・・どう?」
1度2度、顎を動かしてから固まってしまったユウリに、竜也が無理に笑いを噛み殺した声で訊く。ユウリは、精一杯虚勢を張って、できるだけ自然に鼻を啜り、せわしなく瞬きをしてから
「・・・お、おいしいわよ」
竜也の目を見ずに答え、しかしそれきりわさび漬けに手を出そうとはせずに、おでんとホイコーローばかり食べていた。
竜也は多いに満足だった。凱旋するようにもうひとくちわさび漬けを食べ、改めてカラシを自分の取り皿に絞って再びおでんを食べ始めた。しかしそこで、ふと自分の隣に座っているアヤセを思い出す。
見れば、アヤセはまだ涙目のドモンやシオンやユウリを尻目に、カラシたっぷりのおでん、わさび漬け、それにホイコーローも、等しく美味しそうに頬張っている。今日のホイコーローはなんとなくテンメンジャン控えめ、変わりにトウバンジャン大目の、トウガラシの辛さが苦手な竜也には少々辛い味付けにしてあった。それはいわば竜也の免罪符だったのだが、アヤセはトウガラシも和芥子もわさびも、差別することなく平等に食べている。
「・・・アヤセ」
竜也はアヤセの服の裾を引っ張って低声で言う。
「ん?」
アヤセはいつもと全く変わらない調子で竜也を見上げる。
「・・・・・・どれがいちばんおいしい?」
「どれもうまいぞ。でも、おでんはやっぱり冷凍より、この前竜也がダシから作ったのの方がうまいかな」
「・・・ありがと」
しばらく沈黙が続く。TR社の食卓にはかなり珍しいことだ。ドモンはちょびっと出したカラシをおでんにちょびっとつけて食べてみては顔を顰め、を繰り返しているし、シオンもわさび漬けをちょびっと舐めては慌てて味噌汁を飲み、を繰り返しているし、ユウリはわさび漬けと目が合わないように、おでんの鍋ばかり睨みつけて箸を動かしている。
「・・・アヤセ」
竜也が、再びアヤセの服の裾を引っ張った。
「ん?」
さっきと変わらないアヤセの対応。
「じゃあさ、どれがいちばんツラい?」
「ああ?」
「コレとコレとコレとさ」
と竜也はカラシ、わさび漬け。ホイコーローを順に指差し
「どの辛さがいちばん辛い?」
竜也の面持ちは真剣と言おうか悲壮と言おうか。アヤセも何故だかマジメな顔つきになり
「どの辛さも、それぞれに個性がある。俺はみんな好きだ」
厳かに言い放った。竜也とアヤセは、箸を片手に持ったまま、暫くそうして真剣に睨み合っていたが、
「はー・・・・・」
竜也が先に折れた。大きな溜息を吐いてアヤセから視線を逸らし、力なく笑う。
「アヤセぇ」
「ん?」
「オレの負け」
激辛ラーメンブームから早幾星霜。巷では未だに次々と激辛メニューが生み出され、ワールドカップ共同開催に端を発する韓国ブームでキムチが大流行、カプサイシンのダイエット効果も認知され、辛いもの人気は衰えを見せる気配すらありません。
辛いものダメ人間には生き辛い世の中となりました。
でもな、世間の諸君よ、知っていてくれ!辛いものを許容量以上摂取すると耳鳴りがする人間だって世の中にはいるってことを!!(握拳)
というわけで、樹里さんの「今夜はカレー」を読んだら、竜也の苦しみ(笑)がとても他人事とは思えず、気がつくと指が勝手にこんな話を弾き出していました。
トウガラシの辛さを「好きー」と粋がってる(別に粋がってはいない)人に限って、ワサビはダメだったりするんですよね、と、これは青髭の経験から言うのですが。
でも、結局アヤセは最強みたいです。
(樹里より)
青髭さんが「今夜はカレー」のアンサーストーリーとしてこんなに素敵なお話を書いてくれたので、お願いしてUPさせてもらっちゃいました!
竜也が辛いカレーを食べられなくて笑われた数日後のお話、です。
竜也のリベンジですね。でも結局アヤセが強いのが嬉しいわ(笑)。
青髭さん、ありがとうございました!
そして今度はNanaseさんが「いっしょにきゅうしょく」というこれまた素敵なお話を書いてくださり、リレー小説のようになりました。
ぜひ合わせて読んでみてください。
1.樹里の「今夜はカレー」へ
3.Nanaseさんの「いっしょにきゅうしょく」へ
食事部屋へ