3.いっしょにきゅうしょく
また今日も渋滞に掴まってしまった。
今日は早朝に1件、午前中に1件、昼過ぎに1件、運転代行の仕事が入っていた。
午前中のほうは、足の手術をして退院する女性を家まで送っていく仕事だった。
入院の時には彼女が自分で運転してきた車だが、手術後のリハビリ中の彼女はまだ運転はできない。
彼女の夫が急な仕事でどうしても休めなくなり、トゥモローリサーチ社に依頼が来た、というわけである。
10時に病院を出て埼玉の彼女の家まで、1時間も高速をとばせば楽勝、と読んでいたのが甘かった。
高速上で小さな追突事故があったらしく、だらだらの渋滞だった。
「ごめんなさいね。」依頼人の女性は恐縮していたが、渋滞はもちろん彼女のせいではない。
「こういうことはよくあるんですよ。これも仕事のうちですから。」
彼女となんでもない世間話をしながら、車を進ませていたら、埼玉の家に着いたのは もう12時をまわっていた。
「せめてお茶でも」と言って下さるのを 「次の仕事がありますから」と固辞して、駅へと急ぎ、電車に飛び乗った。
そうこうしてぎりぎり間にあったのである。
祥星保育園に着いたのは約束の13時まであと5分、という時間であった。
この保育園の保父兼園児バスの運転手が足をくじいて、出勤できなくなった。
そのピンチヒッターとして竜也が手伝うことになったのだ。
朝、園児バスを運転して園児を迎えに行き、保育時間中は保父として働き、最後にまた園児バスで園児を送る。
当然全部竜也がこなす予定だった。
が。
2日前、たまたま運転代行の仕事が2件重なって、竜也も車を運転した。
走る車もほとんどまばらな自動車専用道路を高速道路感覚で快調にとばしていたら、ものの見事にねずみとりにひっかかってしまい、一発免停だった。(罰金はもちろん竜也の自腹、である。)
すでに今日の午前中に、運転代行の仕事が1件入っていたアヤセが全面的に竜也と交代するわけにもいかず、バスの送迎はアヤセ、保父は竜也、という非常に効率のわるい分担で、この仕事を引き受けることになってしまったのである。
(よかった。間にあった。)
息を整えながら、園庭に入る。
園児たちは大騒ぎで、手洗い場で手を洗っていた。
順番を守ろうとしない子。水遊びしてびしょびしょになってる子。
保母さんたちが声を枯らして、子供らの世話をしている中で、 子供といっしょになってはしゃいでいる大きな大きな竜也は、いやがおうでも目立っていた。
「あ。アヤセえ〜!」
竜也が俺に気がついて、ほら、うんてんしゅのお兄さんがさんがきてくれたよー、 と園児たちに言いながら、こちらに駆け寄って来た。
「ごめん!悪いけどさあ。みんな給食、まだなんだ。お散歩、遠くまで行きすぎてさあ。今帰ってきたところなんだよー。悪いけど、ちょっと待っててくれる?」
なんだ。そんなことならこんなに急ぐこと無かったな。
やれやれ・・・と、ため息の一つもつきかけたら、 人の良さそうな園長先生が申し訳なさそうに竜也の後ろから近づいてきた。
「え・・・っと。あなた・・・。」
「アヤセ、です。」
「あ、そうそう。アヤセさん。ごめんなさいね。みんなおなかぺこぺこなんですよ。 給食食べたら"おかえり"になりますから、申し訳ないけど、もう少し待っててくださいね。」
「・・・あ、いえ。別に急ぎませんから。ゆっくり食べてください。」
そう答えるしかない。
「・・・あ。そうだ。アヤセさん、もうお食事は済まされた?」
「え・・・?」
そういえば、今日は朝っぱらから3件も運転が入ってて、まともに食ってなかった。
園長に言われて初めて、自分も腹が減っていることに気がついた。
「よかったらいっしょに食べて行かれませんか?こども達も喜びますし。」
「あ・・・、でも・・・。」
「アヤセ。まだ昼飯食ってないんだろ。みんなと一緒に食ってかえろうよ。すっごく旨いんだぜ、ここの給食!」
竜也が満面笑みで言った時にはもう、俺の両足には小さな保育園児が絡みついていた。
「バスのお兄ちゃんもいっしょに食べようよ〜!」
「よーし!じゃあ、今からみんなで給食だ!!」
わ〜い!と嬉しそうな園児達を引き連れて、教室へと向かう竜也の後ろを、俺もしかたなくついていく。
調理場の前を通ると、カレーのにおいが、これでもか、というほど漂っていた。
ああ。腹減ったな。とは思うが、子供用の甘ったるいカレーを食わされるのかと思うと、ちょっと胸焼けがしそうな気がする。
竜也はそりゃあ、嬉しいだろう。こいつにとっては、願ってもないメニューだ。
「じゃあ、竜也せんせいとアヤセせんせいはカレーの準備をしてくださいねー。」
(いつのまにか、俺まで「せんせい」にされていた。)
俺たちは大鍋と大きなおひつがドンっと乗った台の前に立たされた。
俺が皿にご飯をよそい、竜也がそれにカレーをかける。年齢の大きい子供達がそれを一つずつ、そろそろとテーブルに運んでいく。
少し離れた台では、保母のじゅんこせんせいがサラダらしきものを、小さな器に取り分けて、それを小さな子供達がやはりそろそろとテーブルに運んでいた。
「だめ〜。ここなんだからー」
「なんでだよー。ボクの隣だよー」
給食を待ってる間にまた、小競り合いがあったらしい。
「ほらほら。じゃんけんで決めなさい。」
じゅんこせんせいに言われて、何人かの園児が真剣にじゃんけんをしていた。
そうこうするうちに全員の分のカレーとサラダが行き渡り、
「竜也せんせいはこっちー」
「アヤセせんせいはこっちだよ」
と俺たちはそれぞれの席に引っ張って行かれた。
さっきのケンカは俺たちがどこにすわるか、で揉めてたらしい。
「はい、ここ。アヤセせんせいのきゅうしょく、ね。」
とにっこりされて、
「ありがとう・・・。」
と苦笑しながら席に着く。
しかしテーブルにおかれたカレーとそしてサラダを見た瞬間。
俺は固まってしまった。
サラダだと思っていたそれは。
それは、なんと「長ネギのマリネ」だったのである!
・・・うそ・・・。
どんな取り合わせなんだよ。カレーとマリネって。
なんでなんだよ!!
なんでネギなんだよ!!!
「さあ。いただきます、しましょうね〜」
じゅんこせんせいが前に立って手を合わせる。
「今日は、いただきます、の前に一つお知らせがあります!みんな、お隣のおばあちゃん、知ってるよね〜?」
「はーい!」
園児はスプーンを握った片手をあげながら元気にこたえる。
「あのおばあちゃんが今朝、畑でとれたおネギをいっぱい持ってきてくれました〜!だから。このおネギはおばあちゃんが一生懸命つくってくれたおネギですから、みんな美味しく食べてくださいね〜!」
「はーい!!」
園児達は今度は両手をあげて元気いっぱいこたえる。
・・・うそだろ。
「はい。では、ぱっちん。いたーだき、ます!」
「いたーだき、ます!!」
賑やかに給食が始まった。
・・・なんで、おばあちゃん、よりによって今日みたいな日にネギ持ってくんだよ。
信じられねえよ。
俺はできるだけネギの入った器を見ないようにして、ひたすら甘ったるいカレーを食い続けた。なんとなく真正面にすわる女の子に見つめられているような気がしたが、そんなことを気にしている場合ではなかった。
しらんふりして手をつけずに、後で食器といっしょに片づけてしまえば、どうってことないだろう。
そんなことをひたすら考えていたら。
「あー!!せんせい!!しゅうちゃんったらー!!」
背後のテーブルから、女の子の大きな声が聞こえてきた。
「せんせーい。しゅうちゃん、おネギ、床に捨ててまーす!」
ドキリ。
振り返ってみると、一人の男の子が唇を噛んで、うなだれている。
「えー。だめだよー。」
「しゅうちゃんったら、だめだよー」
周りのこども達にはやし立てられて、「しゅうちゃん」とおぼしき男の子は、いっそう、うなだれている。
なんとなく、自分が責められているような気がして、落ち着かない。
じゅんこせんせいはにこやかにしゅうちゃんに近づいていった。
「しゅうちゃん・・・。おネギ嫌いなの?」
こっくり、としゅうちゃんは頷いた。
「そう・・・。でもね。なんでもちゃんと食べないと、大きくなれないよ。
しゅうちゃんも竜也せんせいやアヤセせんせいみたいに、大きくなりたいでしょ?」
こっくり。
「じゃあ、おネギ、食べてみよっか。」
・・・・。
しゅうちゃんは無言の抵抗をする。
「このおネギはねえ。おばあちゃんが毎日毎日、一所懸命育てたおネギなんだよ。元気の元がいっぱいつまってるんだよ。がんばって食べたら、きっと竜也せんせいやアヤセせんせいみたいに大きくなれるよ。ねえ?せんせい?」
じゅんこせんせいの目線が唐突に、よりによって俺に向けられた。
「・・・あ?はあ・・・。」
もとより、俺にまともな返事をする余裕はない。
思わず竜也の方を見たら、あの野郎、にやにやしながらこっちを見てやがった!
「そうだよー!しゅうちゃん。おネギ食べないと竜也せんせいみたいにカッコイイ大人になれないぞ〜!」
竜也がわざとらしいくらい大きな声で(「おネギ」と「カッコイイ」のところを特に強調して)しゅうちゃんに呼びかける。
ぴくんっと顔を上げるしゅうちゃん。
「ちょっとだけ・・・食べてみよっか?」
と、じゅんこせんせいに言われて、しゅうちゃんは、しかたなくお箸を握り、ネギを一切れつかんで、のろのろと口元に運ぶと、目をぎゅっとつぶってパクリ、と口に入れた。そして目をつぶったまま、もぐもぐと口を動かした後、ゴクリ、と飲み込んでしまったのである!
・・・!!!
あいつ、ネギ食っちゃったよ・・・!
・・・なんでだよ?
「・・・えらいね〜!がんばったね〜!みんなー。しゅうちゃん、がんばったよー」
じゅんこせんせいの声に教室中、拍手喝采である。
「さあ。みんな。残さないで全部食べようね〜」
じゅんこせんせいの呼びかけを合図にまた、中断していた給食をみんなが食べ始めた。
俺の前には空になったカレー皿と、箸がつけられてないマリネの器がある。
やばいよ。早く、給食の時間、終わってくれ〜!
ほとんどもう祈るような気持ちだった。
幸い誰も、俺がネギに手をつけて無いことに気がついていない。
・・・よかった。頼むよ。早くー。
と祈っていたら。
「・・・アヤセせんせい。おネギ食べないの?」
さっきから俺を伺ってた(ような気がしてた)女の子がポツリと言ったのだ。
「あーほんとだー」
「ぜんぜん食べてないー!」
女の子の言葉を合図に、周りの園児達が俺のネギの器を覗きこんで大騒ぎする。
勘弁してくれよ。
・・・なんで、こんな目に遭わなきゃいけないんだ。
いっそのこと開き直っちまうか。
俺はネギが嫌いなんだってば!!
いっそのことロンダーズでも出てきてくれれば、この場をごまかせるのに。
絶対絶命の状況に、俺はめまいをおこしそうな気分だった。
こんなことになったのは、元はと言えば、竜也のせいだ。
あいつが免停なんてくらうから・・・。
こうなったら今度は、死ぬほど辛いカレーと麻婆豆腐、セットで食わせてやる。
覚えてろよ、竜也・・・・!!!
(後書き) このあと、アヤセはネギ、食べたんでしょうか・・・???
(「しゅうちゃん」の部分が「アヤセ」に書き替わって、 「振り返ってみると」から「拍手喝采である」までの シーンが繰り返されたのか?!)
その後どうなったのか、まではNanaseは知りません。(無責任)
どうしてもアヤセに仕返ししてやりたくて、書いてみました。
かなり強引ですが、このくらい強引に行かないと、アヤセ、 平気で逃げられてしまいそうだし。(笑)
でも最終的にとばっちり食うのは、やっぱり竜也なのかも。・・・さて、ここで。この駄文に登場した「長ネギのマリネ」のレシピです。
(by「毎日のお惣菜シリーズ2・野菜料理(U)−婦人之友社)
これであなたもアヤセの恐怖(?)を体感してみてください(笑)。
−材料(4人分)−
長ネギ(白い部分のみ)・・・8本
にんじん ・・・80g
タマネギ ・・・80g
ベーコン ・・・40g
スープ ・・・4カップ
サラダ油 ・・・大さじ2
塩・こしょう
ベイリーフ ・・・1枚
(ドレッシング)
サラダ油 ・・・大さじ6
酢 ・・・大さじ1+1/2
こしょう ・・・少々
レモン汁 ・・・少々
−作り方−
1.にんじん・タマネギは薄切り。長ネギは15cmに切る。
2.鍋にサラダ油を熱し、刻みベーコン・にんじんタマネギをしんなりするまで炒め、塩こしょうして、スープとベイリーフを 入れてネギが柔らかくなるまで蓋をして静かに煮込む。
3.ドレッシングにネギを1時間〜半日つけ込む。
冷たく冷やしてオードブルかサラダに。
(樹里より)
Nanaseさんが、樹里の「今夜はカレー」と青髭さんの「今夜は辛ぇ」をふまえてアヤセにリベンジのお話を書いてくださいました。
なんだかリレー小説みたいになってきたぞ! 嬉しい!
アヤセ、かわいそうだよ〜。 でもこれってやはり結局、最後には竜也がかわいそうになってしまいそうな気もしますね(笑)。
Nanaseさん、素敵なお話をありがとうございました!
そしてこの続きをしおんさんが書いてくださいました。読んでみてくださいね。
2.青髭さんの「今夜も辛ぇ」へ
4.しおんさんの「豪華なディナー」へ
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