さまよい続ける(17)
この感覚だ。
END.
思い出した。
運転することが好きなんだ。
車とともにあること、車のことを考えること、車を運転することが好きなんだ。
今でもそれは変わっていなかった。
この感覚が好きだ。
何をするよりも好きだ。
この家には音がない。
朝起きた瞬間にそう思う。目覚めた時の気配が以前シオンと住んでいた家とは違う。
シオンがテージョ星へ行ってしまった後すぐにアヤセは今の家へ引っ越した。 自分以外に人のいない家に住むのは久しぶりだから家の中がとても静かに思える。
自分でさえそう思うのだから、竜也は、自分たちが去った後トゥモローリサーチに1人残されてさぞあの空間を広く感じただろう。 もっともあの大消滅の後、トゥモローリサーチのビルが無事に残っていたかどうかはわからない。 滝沢が死に、自分たちが去り、その上竜也はあのトゥモローリサーチの事務所すら失ったのかもしれない。
竜也は、どんな時でも前を向いて歩いて行くだろうから心配なんかはしていない。だが、あの後あいつが歩いた道はずいぶん厳しいものだっただろう と時折思う。
この家で暮らし始めてからはまだ一度もリュウヤの夢を見ていないので、それと共に竜也の夢も見なくなった。 あの夢を見ていたのはやはり薬の副作用だったのかもしれない。
代わりに見るようになったのは、メイとの初仕事の夢だ。
数年ぶりに車に乗った時のあの感覚を何度も夢に見る。
走り屋になっている少年がどこに住んでいるのか探す、という仕事は少年の父親からの依頼だった。 アヤセと他にもう1人のドライバーが交代で少年の後をつけ、彼の居場所を見つけた。 この仕事はそれなりに緊張感のいる仕事だったが、アヤセにとってももう1人のドライバーにとってもそれほど難しい仕事ではなかった。
アヤセはメイの期待に見合う働きを見せることができ、正式にメイの下で働くことになった。
時間保護局は辞めた。
あれ以降、特に車の運転に関わるような仕事はしていない。
しかし新しい仕事は新鮮だ。クライアントの意向に添ってさまざまなことをしなければならず、ちょっと便利屋にも似ている。
悪くない。
1人分のコーヒーを入れて、飲もうとしたところでドモンから電話がかかってきた。
こんなに朝早くから電話をかけてくるのは珍しい。
アヤセが時間保護局を辞めると言った時、最も驚いたのはドモンだったのかもしれない。 レンジャー部隊に戻れるように上のやつらに話してやる、とドモンは言った。 ドモンにそんな力があるとは到底思えない。何馬鹿なことを言ってるんだ、と呆れたが、嫌な気はしなかった。 自分のことは自分が一番わかっているつもりだったが、必ずしもそうではないと最近は思っている。 かつて共に働いた仲間にレンジャーでやっていけると評価されたことは、当人には絶対に言う気はないが、正直に言えば嬉しいことだ。
「おい、マリアが脱走したぞ」
ドモンはアヤセが電話に出るなり言った。マリアはまだ刑が確定しておらず拘置されていた。
「脱走を手引きした奴が警察内部にいて、そいつは捕まったらしい」
マリアは浅見一族の膨大な財産の一部を相続しており、その金を使ってあの殺人事件やアヤセを狙った事件を計画したのだと メイに教えられた。警察内部にもきっとマリアと内通してる人物がいるに違いない、とその時メイは言っていた。 ユウリにそれとなく伝えた時には、ユウリは既にうすうす感づいているようだったのだが。
脱走したのか。
まったくマリアって奴はなんて女なんだ。
「それでな」
ドモンが息をつく。
「それでどうした」
「いま時間保護局に立て篭もってる。時間飛行体に乗せろって要求してる」
時間飛行体に乗りたいということは、時間移動したいということだ。
マリアはいったい何を考えてるんだ。過去に行きたいってのか。
過去に行きたい。
そういうことなんだろう。
自宅待機を命じられているユウリは、ただ電話をじっと見ていた。
さっきドモンからも電話があった。ドモンには当然出動命令はかかっていない。 ドモンは既にマリアに関わりすぎている。保護局がドモンを出動させるわけはない。
「過去に戻っていったい何をしようってんだよ」
「話したのよ。私が」
さっきの電話で思わずドモンに正直に言った。
リュウヤの最後のことやタイムファイヤ−のことをマリアに話したのはユウリだ。できるだけ客観的に事実だけを話すように努めたつもりだった。
しかし客観的に話すなんて無理なことなのだ。どう話そうと主観が入るに決まっている。
マリアがどう受け取ったのか、ずっと気になっていた。
その結果がこれか。
話さないほうがよかったのかもしれない。
「リュウヤがタイムファイヤ−になって自分の未来を見る前まで戻ろうとするかもしれないわね。 リュウヤを止めたいと思っているのかもしれない」
ドモンは電話の向こうでしばらく押し黙った。
「それって、いいことじゃないのか」
「……」
「マリアがリュウヤを止めてくれれば、滝沢も、それからあのシオンの同僚も死なずにすむんじゃないのか」
ドモンの言葉にユウリは唇を噛む。
同じだ。あの時と。
「みんながみんな自分の過去をやり直そうとしたらどうなるの。そういうのを阻止するのが時間保護局の仕事じゃなかったの。 確かにリュウヤを止めることが出来たら、滝沢も、あのテージョ星人も死なずにすむかももしれない。そして歴史が変わってアヤセの病気の治療法が見つかったのも誤りだった、 ということになるかもしれないわ」
考え始めたらきりがない。答えなんて出ない。
「私は目の前で起こったことを見て自分が感じた気持ちに素直に従うわ。それだけよ。ドモンもどうするかは自分で決めて」
ドモンにというようり自分に言い聞かせている。時間とか歴史とかそんなことを考え始めたらどうすればいいのかわからなくなる。 捜査官なのだから人を殺したマリアを捕まえるべきだ。わかっていることはそれだけだ
「あいつはシオンの仲間を殺したんだよな」
「そうよ」
「アヤセももう少しで殺されるところだったんだよな」
「そう」
「よし。俺、ちょっと行ってくる。レンジャーの中で俺だけがあいつと顔見知りなのに、黙って家にいられっかよ。 俺があの女を捕まえて戻って来るから、おまえは待ってろ」
ドモンが突如自分で出した答えをちょっと呆然と聞く。
「おまえがさ、マリアにリュウヤのこととか話したから、あいつはアヤセんとこへ行かずに時間保護局へ行ったんだよな。 おまえが話したおかげでアヤセも命拾いしたな」
言いたいことだけ言って、ドモンはさっさと電話を切った。
どうするかは自分で決めるしかない。ドモンに言った言葉がそのまま自分に帰ってくる。
このまま待ってなんていられない。私が話したことのせいでマリアが脱走したのなら、私の手で連れ戻したい。
あの時話したことを後悔なんてしていない。
ここでじっとしてなんていられない。
アヤセがドモンの電話を切りユウリに電話をかけると、ユウリは既に車の中にいた。
「自宅待機の命令が出てるけど、出て来ちゃった。とにかく時間保護局へ行くわ」
「気をつけろ」
ユウリとマリアの会話は録音されていないと言うが、誰も聞いていなかったわけではないだろう。 ユウリが録音もせずにした話のためにマリアが過去へ行こうとした、ということになればユウリの立場が非常に悪くなることは間違いない。
マリアに捕らえられた時、自分がマリアにすべてを話しておけばよかったのだ。アヤセにはそれが悔やまれる。あの時に話していればユウリが困った立場に追い込まれることはなかった。
「私も気をつけるけど、アヤセも注意してね。時間飛行体を奪うことに失敗してアヤセのところに行かないともかぎらないわよ」
「ああ」
「じゃあ、とにかく行ってみるわ」
とユウリが電話を切ろうとするので
「おい」
と引き止める。
「なに?」
「もう俺は時間保護局とは関係ないんだからいくらでも自由に動ける。 俺が動けないときは代わりに動いてくれそうな人間にも少しは心当たりがある。ユウリは有能な便利屋を抱えてるんだぞ」
電話の向こうで一瞬沈黙があった。
「そうか」
ユウリが静かに答える。
「1人で無理するな。インターシティの連中に頼めないようなことは俺に頼めばいいんだ。そのことを覚えてろ」
「わかった」
実際、いま最も危ないところにいるのはユウリなのだ。
「本当に覚えておけよ」
もう一度念を押しておく。
「覚えておくわ」
ユウリは答えた。
ユウリとの電話を切って、すっかり醒めてしまったコーヒーを飲み干した。
マリアの立て篭もりについて情報が入っているかもしれないと思ってニュースをチェックするが、そんなニュースはまだどこにも流れていない。
思いがけずまったく関係のないニュースが飛び込んでくる。
バロンが公式レースに復帰するというニュースだ。扱いは小さくすぐに流れてしまったが、あのいかつい顔は間違いなくバロンだ。 21世紀から帰還後、刑期が短縮されて釈放されていたことは知っていたが、とうとうレースに戻ることになったらしい。
よかった。
バロンの復帰を羨ましくないと言ったら嘘になるかもしれない。だが、それよりもよかったという思いのほうが強い。 いろいろなことがあり自分はレースの世界とはずいぶん遠いところへ来てしまったが、かつてのライバルを祝福する気持ちぐらいは残っている。
ニュースを消して外へ出た。
外へ出ると、思いのほか風が強いのに驚く。
マリアが憐れだ。
マリアのしていることはもちろん悪いが、時間移動の技術が存在する限り、過去をやり直そうとするやつらが出てくるのは仕方ないのかもしれない。
だが、自分の未来を自分で決めるってことは、これまで自分が決めてきた自分の過去も受け入れるってことだろう。
どんなにまずい過去でも、後悔している過去でも自分が選んできた過去は変えていいわけがない。他人の過去だって変えていいわけがない。
強い風に吹かれながら歩く。
風が強いのも嫌いではない。
どんなに風が強くても、俺は歩いて行けるだろう。
わざわざ命令に逆らって現場へ行ったユウリやドモンのように、知らない星に行ったシオンのように、そして21世紀で歩いている竜也のように、 俺もまた自分の行く道は自分で決める。
そうすればこの先もずっと歩いて行ける。
そう信じている。
そう信じて歩いていくしかないのだ。
1年間続けてきたこの話もやっと最後まで辿り着きました。
こんな終わりですみません(汗)。この話は彼らがずっとずっとさまよい続けて行く話なんで、ラストになっても話は終わらないんです。
長い話に最後までお付き合いくださったみなさま、本当にありがとうございました。
感想などお聞かせいただけると、非常にありがたいです。