さまよい続ける(16)
「テージョ星に行くことにしました」
とシオンは言った。
「本当はヨウさんが行く予定だったんです」
殺されたテージョ星人の名前をアヤセは始めて知った。
シオンが言うには、ヨウには自分の生まれ故郷であるテージョ星へ留学するという話があってそれを楽しみにしていたのだそうだ。 ヨウはもうそこへ行くことはできない。シオンはヨウの代わりの留学生の募集に応募して、選ばれた。
「テージョ星ってとても綺麗なところでハバード星にもわりと近いんです。 テージョ星とハバード星は全然違うと思いますし、僕が行ってもヨウさんの代わりにはなれないですけど、 ヨウさんの見れなかったものを見れたらいいなって」
ハバード星に近いと言っても、それは地球から行くのに較べればの話である。
それにしても保護局がよくシオンを外へ出す気になったものだと思う。
テージョ星は地球に較べるとずいぶん技術が進んでいるらしいから、その進んだ技術を学ぶための留学生に選ばれるのはかなり優秀な人物である、という話はアヤセも聞いたことがある。
しかし、だからと言ってシオンほどの人材を派遣する必要もないのではないか。シオンの頭脳は保護局にとって手放したくないもののはずだ。それを外に出すというのは、シオンがあの事件に関わってしまったせいなんだろうか。
「シオンは前から地球以外のところにも行ってみたいって言ってたもんな」
「はい」
異星人なのに地球からでたことがないのだ。周囲の思惑がどうであれシオンにしてみればいい話だろう。
「よかったな。おめでとう」
「はい、ありがとうございます」
とシオンは微笑んだが、俯いている。
「嬉しくないのか」
だって、と言ってシオンはちょっと笑った。
「2、3年は行ってると思うんです」
2、3年とはずいぶん長い。
「でも、また地球に戻って来る気はあるんだろ」
「もちろんですよ!」
「それならまた会えるな。同じ時代にいるんだからな」
シオンはハッとしたように顔を上げた。
「そうですね」
「この家は俺1人じゃ広すぎるから引っ越すよ」
「はい」
「俺もそろそろひとり立ちしないとな」
と言って笑うと、シオンはちょっと泣きそうな顔になった。
いつもシオンがいた。
もともと一緒に暮らし始めたのは、オシリスの治療法がまだ見つかっていなくてシオンがアヤセの身体を心配してくれたからで、 治療法を見つかるきっかけになったのもシオンの研究のおかげだ。シオンがいなかったら今の自分はなかった。
治療が進んでからもいつも助けられた。
どこが辛いとか苦しいとかそういうことを口にする習慣がなくて、人に助けを求めることができなくて、 心配されたり世話を焼かれたりするのも苦手だ。すべて自分で処理したいと思いながらそうできない自分に苛立つ日も多かった。
こんな面倒な奴と一緒に暮らすのは大変だったと思うが、いつも自然に接して助けてくれた。
「おまえのおかげでここまで来れた」
口にしたのは初めてだがずっとそう思っている。ここまで辿り着けたのはシオンのおかげだ。 これから先、今までのように共に暮らすことはないだろうが、もしシオンに何かあったらどこにいても助けに行きたいと思っている。
「そんなもう会えないみたいなことどうして言うんですか」
シオンは本格的に泣きそうな顔になった。
「また会えるよ」
と笑うと、泣き笑いのような顔で、はい、と頷いた。
この日、既にこのニュースを聞いていたドモンが前祝いだなどと言って酒を持ってやってきた。
じゃあユウリも呼ぼうということになって電話をかけたが仕事があって行けないと言われ、男3人で飲み始めることにするが シオンがすき焼きを食べたいと言い出したので、なんだかんだと大騒ぎになった。
買い物に行き、誰が何割ずつ支払をするかでちょっと揉めたが、 ふだん奢ってやったりするようなことは滅多にないからこんな時ぐらいはいいかと思って結局アヤセが支払った。 アヤセとシオンはすき焼きに使えそうな鍋など持っていなかったので ドモンがいったん家へ帰って鍋を持ってまた戻って来た。 そんなこんなで、やっとすき焼きとドモン持参の日本酒にありついた頃にはかなり遅い時間になっていた。
「地球じゃ何食ったって大丈夫だったからって、そんな遠い星じゃ大丈夫かどうかわかんねえぞ。水が変わるんだから気をつけろよ」
鍋を突付きながらもドモンはやたらと心配していて、まるで小さい子を旅に出す親のようである。
「ドモンさんも、食べ過ぎて太り過ぎないようにしてくださいね」
シオンは最近飲酒できる年齢になったばかりだが、酒を飲んでも普段とあまり変わらない。 さっきまで泣きそうだったのが嘘のようにニコニコ笑っている。
「ほんとに大丈夫かよ。ほんとにそんなに遠くまで1人で行くのか」
シオンの言葉に動揺したのか酔っているのか、掴みかけていた肉を鍋に落としながらドモンはまだ心配している
「おまえが行くよりはよっぽど心配ないけどな」
アヤセがいつものように突っ込んでみると
「そうかもな」
とドモンは素直に頷いた。
シオンは今でもかなり無防備なところはあるので心配ではあるのだが、本当は一番しっかりしているし、しっかり物を見ているとアヤセは思っている。 ドモンも、もしかしたらユウリもそう思っているかもしれない。
男3人が酒宴をしている頃、ユウリは全く異なる緊張の中にいた。
さっき電話で、シオンが地球を離れることを聞いたが、それはまだ実感としては感じられなかった。 殺されたヨウというテージョ星人は薬物中毒で、違法薬物を密売人から買っていた。そのことをシオンに言うべきだろうか。
時刻を確認して自分の席から立ち上がった。
部屋を出るとセトが待っている。
「面倒をかけるな」
珍しく低姿勢のセトに、いいえ、と短く返すと、歩き始めたセトの後に続いた。
マリアがユウリと話したいと言っているらしい。 事件についてずっと黙秘して世間話以外のことは話そうとしなかったマリアが初めて話したいと言った相手はユウリだった。
マリアの待つ部屋の前まで来るとセトはユウリを振り返った。
「録音装置を解除しておく。あの女とおまえの話を聞くのは俺だけだ」
ユウリは驚いてセトの顔を見る。録音装置を解除するなんていうのは違反行為だ。
「マリアの話というのは何なんですか」
「それは知らない。あの女は何も言わないからな」
知らないと言ってはいるが、話の内容の察しはついているんだろう。 記録に残ってはまずい話なのだ。そうでなければ録音装置を解除しておくわけはない。
「頼む」
「はい」
ユウリは頷いて、マリアの待つ部屋に入った。
「細いのに力があるのね。殴られたところ痛かったわ」
マリアは自分の頬を擦る仕草をして微笑んだ。
マリアを逮捕した時、一発頬を殴り飛ばした。手加減せずに殴ったのでかなり効いてしまっただろう。
「私に話があるそうね」
マリアの言葉を無視してユウリは椅子に腰掛けた。
マリアは笑顔を消して腕を組み、しばらく黙ったままユウリを凝視する。
「あなたの両親と妹は殺されたんだってね。それならあなたにはわかるでしょう」
捜査過程で、容疑者に自分の両親と妹の事件をほのめかすような言動をされたことはこれまでにもあるので、こんなことを言われてもユウリにはそれほどの驚きはない。
「私には知る資格がある。私の兄が何をしたのか。なぜ死ぬことになったのか。それを話して」
セトが録音装置を解除したと言ったのはこのせいか。
レンジャー隊員として行った仕事内容を外部に漏らしてはならない。 リュウヤが死ぬ前に自分たちに語ったことについては機密事項ということになっており、 ユウリも時間保護局を去る前にこのことについて部外者に語らないように念を押されている。 誓約書を書かなかったのはユウリが捜査官という立場だったからだ。
マリアに話をすることが捜査に関わることと言えるのかどうかは微妙だ。 録音されていないといっても、この話をするためにはユウリもそれなりの覚悟をしなければならない。
「アヤセはあの時話すと言ったのよ。でもどうせ聞くのならあなたからのほうがいい」
マリアはあまり感情を表に出さないタイプなので、表情からその内面を察するのは難しい。
何を考えているのかはよくわからない。
この人は私と同じかもしれない、とユウリは思う。
両親と妹の死にドルネロがどう関わっていたのかずっと知りたかった。事実を知らないまま誤魔化されるのは嫌だった。 知ったらよけい辛くなると言われたけど、それでも知りたかった。
知りたいと思うのは当然だ。
だが、本当のことを知ったらこの人はどうするのか。
リュウヤが死ぬ間際に語ったこと、リュウヤがタイムファイヤ−として遠い過去の人物を身代わりにしようとしたことについて、 それを知ることがこの人にどんな影響を及ぼすだろうか。アヤセを逆恨みするようなことはなくなるだろうか。
事実を知って自分が犯した罪を償う気になってくれればいいが、この人はそうすんなりと事実を受け入れることが出来るだろうか。
「どうするの。話す気があるの」
「あなたには聞く勇気があるのね」
念を押すと、マリアは頷いた。
ユウリは深く椅子に座りなおした。
話す。そう決めた。