5.そして誰も得をしなかった
「アヤセはオレを欲求不満の捌け口にしてる!」
「人聞きの悪いこと言うな、タダの不満だ!」
「同んなじだろお!?こんなこと続いたらオレの体が保たないよ!!」
「ああもうやめなさいみっともない!!」
細身のユウリのどこにそんな力が、というくらい猛烈な腕力で、ユウリは鼻面突き合わせて言い合っている竜也とアヤセを引き剥がす。
「だってユウリ、アヤセったらひどいんだッ」
竜也は涙目で抗議するし
「竜也が勝手な思い込みで俺を侮辱したんだ!お前にあんなふうに言われるなんて心外だ、俺がどんなに口惜しかったか判ってんのか!?」
アヤセは何故か頬を赤らめて珍しく感情的に竜也に掴みかかる。
「だ、だってっ、あのタイミングであんなことされたら、わざとだって思うだろ!?前だってオレが嫌がるの面白がってわざとヒドイことしたくせに!」
「元はと言えばお前がドジなガキだからいけないんだろ!あんな屈辱生まれて初めてだ!!」
「また蒸し返すし!大体あれは、全然オレ関係ないじゃん、アヤセがそういう生活してきたのが悪いんだろ!?」
「俺は悪くない、30世紀じゃあれで当たり前だ!!」
「この時代じゃあガマンしなきゃならないこともあるんだよッ、大体なんでその尻拭いがオレに回ってくるのさ!」
「竜也があの状況を煽ったんだろうが!!」
「そんなことしてない!」
「してた!お前があんな顔してあんなこと言うから・・・・」
「いい加減にしなさいったら!」
再び間合いを詰め出した2人に押し潰されそうになったユウリが、遂にスリッパによる鉄拳制裁を繰り出してどうにかその場を治めた。
本日唯一のTR社の仕事である浮気調査から、ユウリは「帰ったら丁度おやつの時間ね」などと軽やかに考えながら帰宅したのである。それなのにいきなり耳障りな言い争いの仲裁をさせられて、ユウリは当然機嫌がよろしくない。
ユウリは、ケンカの原因は何んなの、とお奉行よろしくPCチェアにどっかと腰掛け、応接セットの男たちをぐるりとひと睨みした。しかしアヤセはソファの端に座って脚を組んで腕を組んでそっぽを向いているし、竜也は大きな図体のくせして子供のように握り拳でごしごしと涙を拭いているし、ドモンは我関せずといった風情で勝手にスナック菓子を貪っている。
「・・・まあまあ、ユウリさんも、お茶でも飲んで一息入れてからにしたらどうですか?」
竜也を宥める傍ら茶器の準備をしていたシオンが、ユウリはじめ皆に緑茶を供した。ユウリは片方の眉だけきろっと持ち上げてシオンを見、ありがと、と低く言ってひとまず喉を潤す。他の3人も、とりあえず口をつけて、ホウと息を吐いた。
「シオンは知ってるの?」
ユウリの声に、盆を抱きしめたままのシオンがにっこりと振り向く。
「はい?」
「竜也とアヤセのケンカの原因」
ああそれは、と言いかけるシオンを
「やめとけ、聞いたら余計ハラ立つぞ、バカバカしすぎて」
眉間に皺を寄せたドモンが遮る。竜也、アヤセはそれぞれ厳しい目つきでドモンを睨んだが、ドモンはフンと鼻を鳴らして再び菓子を食べ出す。
「・・・もう腹なら充分に立ってるわ。とにかく原因を聞かないと気持ちが治まらないわね」
せっかく楽しみにしてたおやつの時間を台無しにされたんだから、とは、ユウリは勿論口に出さない。
それでも頑なに口を閉ざす竜也とアヤセに代わって、結局シオンがユウリにことの顛末を説明し始めた。
発端は一週間前に遡る。
一週間前、ネズミ捕りに引っかかって免停を食らった竜也の代わりに、アヤセは保育園で園児の送迎バスを運転することになった。ところがひょんなことから竜也と2人園児たちと給食を一緒に食べることになり、出てきた長ネギのマリネをアヤセは園児たちの「がんばれー!」の声援を受けながら完食させられる羽目になったのだという。
「ああ、ネギね・・・」
ユウリは深い溜息と共にアヤセを見た。アヤセは口惜しげに唇を噛み締めてあらぬ方向を睨みつけている。
園児たちに見守られ、ネギの皿と睨み合って脂汗をかくアヤセに、頑張ればできないことなんてないよね!食べられないなんて、最初から諦めちゃダメだよね!と、竜也はその肩を両手でぐっと捕まえて、にっこり笑ったのだ。
諦めるも何も、30世紀では地球外のものも含めて多種多様な食物が溢れているし、出身星によって体質的に摂取できないものなどもあるから、20世紀の日本のように好き嫌いを非難する風潮は全くないのである。しかし、竜也にはそんなつもりはなかったのかもしれないが、竜也の笑顔と「諦めるな」の台詞は、アヤセにとっては伝家の宝刀を抜かれたようなものだ。園児たちの視線と竜也の笑顔に包囲されて、アヤセは進退窮まったのだった。
吐きそうになるのをどうにか堪えて、その後アヤセは送迎バスの運転をこなし、無事帰宅した。事務所に戻って「お疲れ様」と皆から笑顔で迎えられれば、まあ、ネギくらい、とアヤセもあの不幸な出来事を苦笑と共に忘れてしまおうという気分になったのだったが。
翌日の朝食のオムレツに、朝に弱いアヤセは寝ぼけて間違えて、本当に純粋に間違えて、ケチャップでなくタバスコをかけてしまったのである。朦朧とした頭を無理にコーヒーで叩き起こしながら箸を動かしていたアヤセは、今日のオムレツちょっとスパイシーだな、くらいにしか思わずにするすると食べていたのであるが、隣に座っていた竜也から大袈裟な溜息が聞こえ、半ば無意識にそちらを見た。
すると恨みがましい目つきでアヤセを見返してきた竜也から思ってもいなかった言葉が飛び出して、アヤセの脳は一気に覚醒した。
「もう・・・。アヤセってけっこう根に持つタイプだったんだ。・・・しかもやり方が子供っぽくて陰険だよ・・・」
怒り3割哀しみ4割憐れみ3割くらいの竜也の苦笑いに、眉を顰めて、
「何言ってるんだ、竜也?」
尋ねるが、竜也は苦笑したまま
「・・・もういいよ。シオン、これあげる」
オムレツの皿をシオンの方へ押し遣って、洗面所に消えてしまった。呆然とその後姿を見送っていたアヤセに、「今日のオムレツ、とってもスパイシーですよ」と早速2皿目に取り掛かったシオンが遠慮がちに告げた。
竜也の言わんとしていたことを徐々に理解したアヤセの心に、どす黒い炎が燃え上がった。
以来、竜也以外が食事当番の時には、アヤセはさりげなくぺペロンチーノだのえびのチリソースだのトムヤムクンだのこっそりリクエストし、懇切丁寧なレシピを伝授した。買出し当番になればコチュジャンにラー油に七味トウガラシにタバスコに、そんなものばかり買ってきて味付けの選択の幅を極端に狭めた。アヤセ自身が食事当番の時なら言うに及ばず、しかもカレーだの麻婆豆腐だのといった正攻法の辛料理ではなく、例えば竜也の好きなきんぴらゴボウをさりげなくトウガラシ2.5倍で作ったり、残飯処理と称して白いご飯をすべてキムチチャーハンにしてしまったりと、蛇の生殺し状態の嫌がらせを冷酷に実行した。おまけにおやつまでもシオンをそそのかしてトウガラシせんべいだのキムチプリッツだのカラムーチョだのポテトチップスホットチリペッパーだの、そんなものばかり調達させた。お陰で竜也はこの一週間、事務所内で満腹感というものをついぞ味わっていない。
「・・・・・」
シオンから大体のあらましを聞き終わったユウリは、こめかみを抑えて暫し沈黙した。
その様子を見てドモンは「な?バカバカしいだろ?」と言わんばかりに顔を顰めている。
「辛いのが好きな人には、辛いのダメなヤツの気持ちなんて判んないんだよ!口の中水ぶくれできちゃうし、耳鳴りはするし、ホントつらいんだからな!!」
竜也の真剣な訴えが、ユウリの頭痛を更に促進させる。話の焦点は結局そこなのね。こんな子供みたいな人を、どうしてわたしはタイムレッドにしてしまったのかしら。
「だったらキライなもん無理やり喰わされる人間の気持ちだって少しは思い遣れ!なんでネギ食えないだけで全人格否定されなきゃならないんだ!!あんなガキどもに「頑張ったね」なんて頭撫でられたりして・・・・ッ」
思い出しただけで顔から火が出ているのだろう、アヤセは色白の顔を真っ赤にして拳を握り締めている。ユウリの頭痛が一段とひどくなる。アヤセは、アヤセだけは、仕事のパートナーとしてどんな場面でも信用できると思っていたのに・・・。
「・・・なんだったかしら、この時代のことわざで、あったわよね・・・」
溜息と共に吐き出されたユウリの低い声に、男たちの耳目が集まる。
「ああ、そうそう、『食べ物の恨みは恐ろしい』って。昔の人は大したものね」
男たちの顔は見ず、ユウリは何か諦念の境地に達したように遠くを見たまま言葉を続ける。
「わたしたちの仕事は体が資本なんだから、これからは誰が食事当番になっても、皆が平和に食べられるメニューを心掛けましょう。でも、ウチの台所事情じゃ作れるメニューだって限られてくるんだから、皆んな、辛かろうがネギだろうがちゃんと食べられる立派な大人になるよう努力して頂戴。・・・それと、おやつの習慣ていうのは一体いつ頃から定着してしまったのかしらね・・・。考えてみたら、わたしたちの稼ぎ方でおやつを毎日食べようなんて考えることが身の程知らずだったのよ。これからは、一週間の収支が1500円以上の黒字になった週に限り、一日当たり200円までのおやつを解禁することにしましょう」
妙に涼しい顔と声で淡々とそれだけ言い、ユウリは自室に引っ込んでいった。
無論リビングでは男たちの不満がぶーぶーと炸裂していたが、構っていられるか。竜也やアヤセに好き嫌い克服を義務付けた分、ユウリだって密かに楽しみにしていた毎日のおやつを諦めるのだ。もつれた裁判のこういう判決方法を、たしか先日テレビの時代劇で見たような気がする。
・・・ああそう、「三方一両損」っていうのよ。
(樹里より)いったんは平和に収まるかに見えた竜也とアヤセ。しかし、そうは行きませんでした。
アヤセを怒らせると怖いです(笑)。
そしてユウリ、おやつを楽しみにしていたとは……。可愛い。
青髭さん、ひねりの効いたお話、ありがとうございました!!
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