6.彼女と彼の好きな物


2000.Oct.29 AM


(なんで・・・こうなるのよ。やっぱり私、竜也と一緒だと調子狂うみたい・・・)

柄にもない可愛らしいピンク色のエプロンに身を包み、ユウリは事務所の台所に立ち尽くしていた。近所のコンビニへ飛んでいった竜也の帰りを待って。
この状況にいたるまでの経緯を振り返りながら、軽く溜息をついてみたりもする。
おまけに、これから始まる事への不安もあった。
しかし・・・鏡に自分のエプロン姿が映っているのが目に入ると、つい先ほど竜也が自分の背後で丁寧にエプロンの紐を結んでくれた光景が思いだされて、少し恥ずかしくなりながらも、
(結構似合うじゃない)
などと思って、エプロンの裾を鏡に向かって自分で少し広げてみた。


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「ねえ?ユウリは、嫌いな食べ物ってないの?」
「何よ。急に。」
ソファから身を乗り出しぎみに問い掛ける竜也とは対象的に、窓際の椅子に腰掛けているユウリは、読んでいる雑誌から目線を離さずに答える。
最近、竜也と二人っきりで居る時はなんとなく距離を取っていた。
自分が自分でいられなくなるような感覚がユウリの中に芽生えてきて、いつの間にかそんな行動を自然に課しているのかもしれない。
しかし、竜也はその距離をいともたやすく乗り越えてくるのだが・・・・・・
「だってさ。あんな事になってさ。なんか俺とアヤセだけがバカみたいじゃん。」
先日、竜也とアヤセは大喧嘩した。
アヤセとドモンならまだしも、この二人が喧嘩をする事は珍しい。しかし、その理由というのがなんともしまらない。
アヤセが保育園で苦手な長ネギのマリネを完食させられ、その報復とばかりに、竜也はアヤセに”タバスコをかけられたオムレツ”とか”海老のチリソース”だのと辛い物を連発して食べさせられた。
ようするに、お互いの苦手な食べ物が原因での喧嘩だったというわけで。
あまりにも低俗な争いに、結局最後はユウリによって決着をつけられるハメになってしまった。

どうやら、竜也はまだその時の事を気にしているらしい。
「どうせ、ドモンは『口に入れば何でもいい』なんて言いそうだし。シオンはとりあえず目の前に出された物に興味深々って感じだからさ。・・・じゃあ、ユウリはどうなのかなあって。」
(はあ・・・まったく、子供なんだから。)
そう心の中で思いながら、雑誌をめくる手をやめ、ソファの竜也にやっと顔を向ける。
「おあいにく様・・・別にないわよ。」
「ホントに?」
「ええ。別に色々な食べ物を試したわけではないけれど。特に思い当たらないわね。」
「ふーーん、そうなんだ。」
少し不満げな反応の竜也を見ながら、ユウリはテーブルに肘をついて、
「もう、いいじゃない。終った事なんだから。」
「そりゃそうだけどさあ・・・・・・・・・そうだ、じゃあさ、逆にユウリの好きな物は?確か、聞いた事なかったと思うけど。」
「好きな物?」
ユウリは、その言葉と共に、自然と手元の雑誌に目がいってしまう。その雑誌には、おしゃれなオープンカフェの記事があり、色鮮やかなフルーツをあしらった可愛らしいものを始めとしたケーキが、若い女性の人気の品として載っていた。
実は、ユウリは結構甘い物に目がない。竜也とアヤセの喧嘩を止める際にやむを得ず、『おやつ』を制限することになってしまったが、何を隠そうユウリ自身が、その事を一番ツライのだ。
しかし、ユウリにとって、自分のそういった部分を皆に知られる事は、なんとなく苦手であった。別に、女らしさが弱さとは思ってはいないのだが・・・・・・・


「ん?この雑誌に何かあるの?」
「!?」
いつの間にか、竜也は、そっと立ちあがってユウリのそばまで来ていた。そして、雑誌を覗きこむ。
「あ、これって駅前にオープンしたばかりのお店だよね。この前、電車に乗るとき女の子がいっぱい入ってたよ。ドモンなんかその行列に並ぼうとして大変でさあ。ああ、そうそう、確か、こんな風にケーキをおいしそうに食べてたっけ。」
雑誌を指差しながら、竜也は楽しそうに話しかける。
「もう!勝手に近づいてきて、色々言わないでよ!」
竜也が来た事の驚きと、自分の隣に竜也の顔がある事への戸惑いと、知られたくない秘密を知られたような恥ずかしさが入り混じって、ユウリは顔を赤らめながら、竜也の方を見もしないで抗議する。
「ん?なんで怒ってるの?・・・・・あ!あ〜あ!!」
竜也は何か面白い物を見つけた子供のような顔でユウリを覗きこみ指さす。
「な、何よ!」
更にあせって顔を遠ざけるユウリ。

「もしかして、ユウリって、甘い物好き?」




そこからの竜也の行動は素早かった。
さっそく、部屋から料理の本を持ってきて、自分のロッカーからは、買って袋に入れたままの状態のピンク色のエプロンを持ち出した。どうやら、以前バーベキューをした時に竜也がユウリにした”料理を教える”という約束を実行する為に既に用意していた物らしい。
この時になって、ユウリには竜也が何をしようとしているのかが分かってきた。
どうやら何かお菓子を作る気らしい。それも、自分を巻き込んで。
しかし、今日は、大きな仕事も特に入ってない為、昼食当番のアヤセと夕食当番のシオンが一緒に数日分の買い出しに行っていた。”何もこんな時に料理なんて・・・”ユウリは当然の事ながら、竜也に抗議する。

「アヤセ達が今日の昼食の分の材料も買っているわよ!」
「その分は明日に回せばいいんだしさ。なんたってユウリの料理の特訓の為だし。あ、言っとくけど、材料費は安上がりだからね。ご心配なく。」
「何を作る気か知らないけれど、お菓子なんかじゃ昼食にならないわよ!」
「大丈夫だって。結構、パンケーキって食事の代わりに食べるんだよ。・・・ユウリ、パンケーキって知ってる?ほら、ホットケーキに似ているんだけどさ・・・あ、ホットケーキも分からないか。・・・まあ、作れば分かるよ、それに作り方も簡単だし、ユウリが料理を覚えるのにも良いと思うよ。さあ、そうと決まったら準備♪準備♪」

ユウリは決して自分が”甘い物が好きだ”なんて言わなかったが、竜也の中では完全に”ユウリの甘い物好き”は決定したらしい。
こうなったら、竜也を抑える事は流石のユウリにも出来ない。
竜也は、ユウリにエプロンを着け、料理の本の『パンケーキ』のページを開いて渡し、自分は冷蔵庫を覗いて、足りない材料をコンビニに買いに行ったのだった。


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それは簡単ものだった。ユウリの目から見てもあきれるぐらい簡単だった。

○パンケーキの作り方○
まず、卵をほぐし、砂糖を加えて泡立器でよく混ぜ、牛乳を加えて混ぜ合わせ、小麦粉とベーキングパウダーを合わせてふるい入れて、さっくりと混ぜ合わせる。
そして、フライパンを熱し、サラダ油を薄くなじませ、先ほど作った生地の素を流し入れ、弱火で焼く。表面に小さな穴があき、乾いてきたら裏返して焼く。
これに、メープルシロップをかけて完成。

これだけ、たったこれだけの作り方。
竜也が帰って来るまで、読むというよりは目を通しているという感じだったけど、その内容の容易さに呆れた。
(要するに、材料入れて混ぜて、焼けば終わりじゃない。)
こんなのが料理と言えるのだろうか?
果たして、竜也が言う料理の特訓になんかなるのだろうか?
竜也はあまりにも自分のことをバカにしすぎているのではないか?
少なくとも、作り始めるまでのユウリにはそんな思いしか湧いてこなかった。
しかし・・・・・・



「はあぁ!!」
ユウリが勢い良くフライパンを上げると、その上にあったパンケーキ用の生地は、何回転もしながら無残にも辺りに飛び散り、原型を留めずフライパンへと戻ってくる。
「だめだよ、ユウリ。そんなに強く上げちゃあ。それに、ほらもっと時間をかけて焼かないと・・・」
「分かってるわよ!少し黙ってて!!」
既にキッチンの片隅には、真っ黒焦げやら半生やらのユウリの戦いの後の残骸が何枚も重ねて積まれていた。
フライパンには、新たな生地が乗っかっていて、火が通るにつれて、穴が表面に現れてくる。
それを見つめながらユウリの手には力が入ってくる。
こんな簡単な物までうまくいかないなんて。
自分が情けなくなってくる、本当に・・・・
「熱っ・・・!!」
後ろから大きな声が聞こえてくる。
「た、竜也?!何してるのよ。」
「いや、さっきユウリが作ったものをちょっとね。でも、まだ熱かったみたい。」
手で頭を掻きながら、竜也は苦笑を浮かべてユウリを見る。
「そんなもの、食べたら・・・・」
”身体を壊す”と言おうとして、竜也の後ろの大皿が目に入る。
そこには捨てるしか用が無いはずだった失敗作が積まれていたはずだった。
しかし、皿にはそれが跡形もなくなっていたのだ。
(呆れた・・・・)
きっと、全部竜也が食べてしまったに違いない。
本当にお腹が空いていたのかも・・・いや・・・おそらく、竜也は竜也なりの考え方で私に気を遣っているのだろう。失敗した事を気にさせないように。いや、もしかしたら、失敗なんて無かった事に・・・なんて考えているかもしれない。
・・・・・・いつもそう。
いっつも竜也は私には考えもつかないような事をしてくる。
考えられない優しさをあふれさせる。何物にも代えがたい笑顔をもって。
だから、私は・・・・・・
(フッ・・・・・・・・・・・フフッ)
「ユウリ?」
思わず笑いがこぼれてきたユウリを見て、竜也が不思議そうに首をかしげている。
(竜也が身体を壊す前に、頑張るしかないわね。)
ユウリは目の前の強敵に再び戦いを挑んでいった。


After 15 minutes

「た、竜也!これ見て!」
「どれどれ。あ・・・良い感じで焼きあがってる。それに形も良く出来てるし・・・」
なんだか先生に誉められてた生徒の様にユウリの顔には素直に嬉しさがにじみ出ていた。
竜也は、やっとまともに完成したのパンケーキを皿にのせると、その上から用意してあったメープルシロップをタラリと円を描く様にゆっくりとかける。
「わああ・・・・・・」
眺めていたユウリの口からは思わず溜息がもれる。それを器用に切り分けた竜也は一切れをフォークに刺し、ユウリの口許へと運ぶ。
(え・・・)
戸惑うユウリに対して、”遠慮しないで、ユウリが作ったんだから”と勧める竜也。
それだけが戸惑っている理由ではないのだが、パンケーキから漂ってくるシロップの匂いに抗し切れず、ユウリはそのまま”パクッ”と口に入れる。
まず、シロップの甘い香りが広がり、その後卵の持つ柔らかな甘味が追いかける様にして口中に広がっていく。
「おいしい。」
「ほんとに。どれどれ・・・・・・うん、おいしい。すごくおいしい。」
自分も口に運び、その出来に満足しながら竜也は嬉しいそうに笑いかけられる。
それにユウリも思わず笑い返す。
「ユウリ、みんな、お腹すかして帰って来るだろうからさ。もっと作ろうよ。この調子でさ。」
竜也は腕をまくって、生地の入ったボールを掲げてユウリに笑いかける。
「・・・うん。」

ユウリにはいつの間にかどうでもよくなっていた。
竜也の前で自分がどうであるかなんて事が。
今までの自分が保てないなんて事が。

だって、『自分達の明日』を変えるために、私もココにいるのだから・・・


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And three days after・・・・・

竜也が道場に出かけた後、ユウリはキッチンで、一人何かを作り始めた。
「あいつなにしてるんだ。」
日頃、料理をしない(させてもらえない)ユウリの行動だけにドモンは訝しげに横にいるシオンにそっと耳打ちする。
「竜也さんのお昼のお弁当を作ってるらしいですよ。」
「ユウリがか!!おいおい、大丈夫かよ。」
「ドモンさん!」
シオンに諌められて、”わかった、わかった”と言いながら”何作ってるんだ?”と聞き返す。
「パンケーキ、だそうです。チョコレートソースの。」
「はあ?!また、それかよ!・・・・・・まったく。他にできねえのかよ。まあ、どうせ俺が食うわけじゃねえからイイけどよ。しかし、竜也も災難だよな・・・・」
「そんなことないですよ・・・きっとお互い好きなんですから。」
シオンは、あきれてソファに仰向けになったドモンに笑顔で反論する。

二人の会話を小耳にはさみながら、アヤセは思わずシオンに問いかけようと思ったが、あえて聞かないことにした。
空手道場で、嬉しそうに笑う竜也と照れながら持ってきた昼食を広げるユウリの姿が、容易に想像できてしまったから。
アヤセがシオンに聞こうとしたこと。それは・・・
『シオン。それってパンケーキの事か?それとも・・・』



End



 


(樹里より)うわ〜い、これはもう管理人のツボ突きまくりの赤桃でございます! 竜也優しいし、ユウリ可愛いし、半分呆れつつ見守る男たちも大好きです!
青髭さんのお話と、テレビ本編「素顔のままで」の間が見事に繋がりました。
タックンさん、ありがとうございました!
 


5.青髭さんの「そして誰も得をしなかった」へ

7.しおんさんの「シュート」へ

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