さまよい続ける(11)

 

「特に変わった様子はありませんね」
ユウリとドモンの乗る車にシオンが乗り込んできた。
「おまえ、こんなにチョロチョロしてて大丈夫なのかよ」
ドモンがちょっと眉を顰める。
「何がですか」
「襲われたって言ったじゃねえか」
「ああ、あれ」
他人事のようにシオンは頷く。
「あの時誘拐されなかったってことは、もう僕は狙われてないってことですよ」
「ほんとにそうなのか」
「ほんとですよ。僕に用があるならあの時とっとと連れて行かれています。ね、ユウリさん」
シオンは自信たっぷりに頷いてユウリを見る。
「まあ、そうでしょうね」
と答えたユウリの表情が突然険しくなった。
「移動してるわね」
発信機の場所を示すランプが動いていた。
「アヤセさん、動いていますね」
「ああ」
3人の目はランプの動きを追う。



マリアの車に向かい合って座った。ごく普通の車である。登録ナンバーも付いている。違法車とは思えなかった。
「なんか怖がってない?」
「そりゃ、どこに連れて行かれるのかわからないからな」
マリアは口元だけで微笑み、足を組替えた。
しばらくするとまた足を組替え、アヤセの顔をちらっと見ると、すぐに視線を外して窓の外を眺めた。
落ち着きがないように見える。何かを怖がっているのはむしろ彼女のほうじゃないのか。そんな気がする。
「いいかげん教えろよ」
「すぐにわかるから、もうちょっと待ってよ」
窓の外を見たまま硬い表情で答えた。その後は車が止まるまで一度もアヤセの顔を見なかった。

車の行き先はごく普通のビルだった。
マリアは自分が先に立ってエレベーターに乗った。何も言わずアヤセに背中を見せている。
5階まで上がったところでエレベーターが止まった。 マリアは初めて振り返りアヤセの顔をちらっと見ると、先にエレベーターを降りる。
アヤセも続いてエレベーターから降りた。
まずい、と思って振り返ろうとしたが遅かった。振り返る前に後頭部に衝撃を感じた。 気が遠くなりかけたがなんとか持ちこたえて目の前の顎に一発入れた。が、あまり効かなかったらしい。 逆に腹にパンチを入れられて膝が折れた。再び後頭部に何かが当たった。後ろを向いたままのマリアの背中が見えた。
後は覚えていない。


気がついた時には両手両足を縛られて床の上に転がされていた。
吐き気がしたが、身体を動かさないように注意して目だけで部屋の様子を確かめる。 普通の住居のように見えるが、マリアの部屋と同じで家具は殆どない。立っているのは、男が3人、いや4人か。そしてマリアがいる。 テーブルの上にアヤセの持ち物が置いてある。警察に借りている銃も置いてある。
発信機は……耳の中に入ったままだ。これはさすがに気づかれなかったらしい。縛られている手を動かしてみる。 これを解くことはできるだろうか。
いったいどのぐらい気を失っていたのかわからない。 油断したつもりはなかったのだが、結果としてはこのざまだ。さっきユウリに途中で寝たりはしないと言ったばかりなのだが。
この状況がなんとも腹立たしい。しかし落ち着かなければ駄目だ。そう自分に言い聞かせる。
また吐き気がこみ上げてくる。思わず咳き込む。
それに気づいた奴らが揃ってアヤセのほうを見た。
マリアが近寄って来て、立ったままアヤセの顔を覗き込む。
「おはよう、アヤセ気分はどう?」
転がっているアヤセを見下ろして、微笑んだ。
咳き込んでいたが、吐き気が治まらず、なんとか顔を上げてマリアの足めがけて吐いた。
「ちょっと!」
とマリアは後ろに下がったが靴はしっかり汚してやった。
そのまま胃の中の物と胃液をすっかり吐き出すと少しすっきりした。床に転がったままマリアの目を見て
「爽快だ」
と答える。
男が1人寄ってきて
「馬鹿野郎、汚すな!」
と背中を蹴った。
「蹴るな。また吐きたくなる」
吐いたら喉が乾いた。本当は水の一杯も要求したいところだが、また蹴られるのも馬鹿らしいので我慢する。
「いいのよ。どうせこの部屋は汚れるんだから」
マリアは靴が汚れたのを気にする様子は見せない。
「それよりアヤセ、これを見て」
指差す先に映像が現れた。
この部屋と同じような部屋が映っている。部屋の中央に椅子が1脚置いてあり、誰か座っている。
目隠しをされている。椅子に両手と両足を縛りつけられている。
子ども…のような気がする。
なんてことだ。
これは10歳ぐらいの男の子が椅子に縛り付けられている映像なのだ。
「これは他の部屋。この子は人質。アヤセが変なことしたらこの子が危ないってこと。覚えててね」
「この子は誰なんだ」
「誰でもいいでしょう。アヤセは元タイムレンジャーなんだから、子どもを危ない目に合わせるなんてできるわけないよね」
嘔吐物で汚れた靴のままマリアは近づいて来て、アヤセの横にしゃがみ込む。
「私は平気なのよ。子どもでもおとなでも、危ない目に合わせても命を奪っても平気なのよ」
あの映像が本当に今現在のものなのかどうかはわからない。本当はあんな子どもは今はいないのかもしれない。 だが、もしかしたら本当のことのかもしれないのだ。
いったいどうしてこんなことまでするのか。
「兄が突然死んだって連絡を受けてから、ずっと、なんかおかしいって思ってた。事故だって聞かされたけどずっと疑ってきた。 兄が時間保護法に違反して歴史を変えようとしたって言われても、だからってどうして死ぬことになるの?  死んでしまったから罪を全部被せられたのかもしれないよね」
マリアの横顔を見る。何の感情も読み取ることはできない。静かな横顔だ。
そういうことなのか。
やっとわかった。マリアが何物なのか。なぜ自分に会いに来たのか。
全然似ていないじゃないか。



「全然似ていないじゃない」
メイの送ってきた情報を見ながらユウリが呟く。
「母親が違うから似てねえんだろ」
ドモンは銃を手にしている。
「これはアヤセさん1人の問題じゃないってことですよね」
「ええ、私たち4人の問題ね」
いつかこんな日が来るかもしれないと心のどこかで思っていた。
ユウリは、ドモンとシオンの顔を見る。2人とも同じように思っていたのかもしれない。



「リュウヤ隊長の妹なのか」
「隊長…なのね、アヤセにとっては。私にとっては兄。母親は違うけど。自慢の兄だった」
マリアはにっこりと微笑む。
「それなら用があるのは俺にだけだろう。あの子は早く返せ」
「駄目。アヤセに下手なことされると困るから」
「縛られてるんだから何もできるわけないだろう」
「駄目。全部終わるまではあの子は返さないわ」
マリアはアヤセの側から離れ、テーブルの上のアヤセの銃を手に取る。
「ずいぶん旧式のを使ってるのね」
手に取った銃を再びテーブルの上に置き、自分の上着の中から取り出したのは、 確かにアヤセが借りているものよりずっと新しいタイプの銃のように見えた。
それを片手で構えて銃口をアヤセの方に向けた。
「兄さんの死についてはわからないことだらけだったから裁判に持ち込もうかと思ったけどいろんな人に止められた。 わからないから全部自分で調べたわ。大変だったわよ。兄さんが何をしようとしたのか、どうして死んでしまったのか、 死に至った理由を時間保護局が隠そうとしているのはなぜなのか」
リュウヤがしたことを時間保護局は隠しとおした。 レンジャー隊の隊長が自分の運命を変えるために歴史を変えようとし、それが実現する寸前まで行ったとなれば、おおごとである。
リュウヤが死んだ原因については、監視カメラに記録が残っていたし、タックの証言もあった。 あの時の銃も調べられて暴発であることが確認された。
アヤセは知っている。だが、何も知らされていないのだ、マリアは。
自分の兄が死んだ理由について何も知らない。
いや、マリアだけではないのだろう。知りたくて、でも知ることができなくて、 その気持ちにどう折り合いをつけていいのかわからずにいる人々はおそらく他にも何人もいるのだ。
「話そう」
自分に銃口が向けられているのだが、恐ろしい気はしなかった。
「俺が知っていることは全部話そう。だからあの子は返してやれ」
タイムレンジャーとして過去に渡った日々のこと、リュウヤが死ぬ前に自分たちに語ったこと、これらは皆、機密事項だった。 部外者に語ることは許されていない。
だが、マリアは果たして部外者なのだろうか。本当にリュウヤの妹なのだとしたら、当然知る権利のある人物ではないのか。
話したところで、彼女がすべてを理解することはあり得ない。それはわかっている。
自分たちは実際に20世紀を知っている。竜也を知っている。竜也のいるあの世界を知っている。
リュウヤが自分の代わりに犠牲にしようとした、そして実際に犠牲になってしまった滝沢という男を自分は知っている。 リュウヤがしたことを、理屈ではなく実感として感じている。
すべてをきちんとマリアに伝えることはできないだろう。
もともと話がうまいわけでもない。
それでも、マリアが知りたいことは自分が話して伝えてやるべきに違いないのだ。
「そんなこと…」
マリアは小さく笑った。
「私が知りたいのは一つだけ。兄さんが死んだときに銃を握っていたのはアヤセなのよね」
「そうだ」
「そうか。やっぱりアヤセだったんだ。間違えちゃった」
マリアは銃を下ろした。
「間違えたって……どういうことだ」
マリアの横顔が妙に淋しそうにも見え、嫌な予感がする。
「間違えて、他の人、殺しちゃったわよ」
呟くような小さな声だった。
「おい、何よけいなこと言ってんだ」
若い男がつかつかと近づいて来る。
「こいつでいいんだろ。間違ってないんだろ。だったらさっさとやろうぜ」
「黙ってて」
「殺したって、誰をだ」
「誰だっていいんだ。余計なこと言うな」
男が横たわっているアヤセの腹を蹴る。
「…てっ」
「黙っててって言ってるでしょ。ここをどうするかは私が決めるの。そういう約束のはずよ」
「放っとけ」
今まで何も話さなかった背の高い男が声をかけ、若い男はマリアを睨みつつその場を離れた。
この男たちはどういう関係の奴らなんだろうか。それもよくわからないが、今は他に確かめなければならないことがある。
「誰をだ」
アヤセの声にマリアが振り向く。
「誰を殺したって言うんだ」
「間違えたのよ。兄さんを殺したのは彼だと思ったから。アヤセだとは思わなかったから」
間違えた?
間違えて他の奴を殺しちまったって言うのか。
「誰を殺したんだ」
「時間保護局に勤めている異星人よ。悪いことしたわ」
異星人って、あのシオンの同僚のことか。
シオンが夜中に病室にやって来て、同僚が殺されたと淋しそうに話していたことを思い出す。
ユウリが凄惨な現場だったと、心臓を打ち抜かれて刺されていたと、辛そうに話していたことを思い出す。
あれはマリアがやったことだって言うのか。
リュウヤを殺したのだと思い込んで、全く関係のないシオンの同僚の男を殺したのか。
「本当におまえがやったのか」
「そうよ」
マリアは頷いた。
「なに間違えてるんだ! 自分のやったことがわかってるのか」
「わかってるわよ!」
マリアの声が高くなる。
「アヤセにそんなこと言われたくないわ。兄さんを間違えて殺してしまったアヤセにそんなこと言われたくない」
そう言ってアヤセを睨みつけた。

 

 

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