さまよい続ける(12)
「突っ込むしかないわね」
アヤセから何の連絡もなく、こちらから電話をかけても繋がらないということは何かあったに違いない。 ましてマリアという女がリュウヤの妹なのだとわかった。
「警察に連絡は入れるのか」
ドモンの言葉にユウリは首を横に振った。
「アヤセの安全を確認するまでは連絡できないわ」
どこで誰がどう繋がっているのかわからない。警察に連絡することでよけい危険なことになるかもしれない。
「おまえも面倒な職場にいるな」
ユウリはドモンの顔をちらりと見る。ドモンだって時間保護局のレンジャー部隊にいる。同じようなものだろう。 一緒に20世紀に行ってタイムレンジャーをやっていた頃に比べるとドモンもだいぶ変わった。 いや、おそらく変わることを強いられる職場にいるのだ。
俺に間違えられて殺されたのか。
自分が転がっている床を初めて冷たいと感じた。今まで何も感じなかったのに急に冷たさが身体の下から伝わってくるような気がした。 縛られている手足や殴られたり蹴られたりした箇所にも急に痛みを感じた。
思いがけないことを聞かされたために動揺して弱気になっているのだと気づく。 マリアに聞かされた数々のことをどう理解すればいいのかわからない。
だが、ここで殺されるわけにはいかない。確かな事はここを出なければならないということだ。 いろいろなことを考えるのはここから出てからにするべきだ。
俺が捕まったのはよかったのだ。そうアヤセは思う。マリアがあの事件の犯人だったことがわかったのだから。
ユウリもシオンも、アヤセから何の連絡もなく電話も繋がらないことをとっくに不審に思っているだろう。あいつらはどうするだろうか。 昔の女と会って連絡が途絶えたのだからこのまま放っておくか。そうはしないだろう。 マリアに直接電話を入れるか、この部屋に正面からやってくるか、それともこっそりどこかから侵入してくるか。
問題は、どこかで子どもが捕えられているかもしれないということだ。ユウリもシオンもおそらくそれを知らない。
「俺が時間保護局に入れたのは、リュウヤ隊長の口利きなのか」
とりあえず口を利いてみる。
捕えられた場合には、とにかく犯人と何か喋ったほうがいい。犯人との間にできるだけ恐怖や憎しみ以外の感情の関係を作ったほうがいいからだ。
そう教えてくれたのは時間保護局でのレンジャー隊の研修だっただろうか。違うな。20世紀に行っていた頃、ユウリが話していたのだ。
「知らないわよ、そんなこと」
投げやりなマリアの口調に思わず昔の彼女らしさを感じる。
「そう思ったんだろ」
「そう思うのが普通でしょ」
「確かに、オシリスの人間がレンジャー隊に入れたっていうのは妙な話だったな」
時間保護局の試験に通って入局できたのも意外だったが、あの時はそれほど厳密な健康診断をしたわけではない。
しかしその後レンジャー隊に入るために行なった健康診断はもっとずっと細かいものだったから、合格した時には正直言って驚いた。 オシリス症候群を見つけられなかったのであれば時間保護局などたいした組織ではない。あの時はそう思った。
「リュウヤ隊長はどういう人だったんだ」
「そんなこと、どうして聞くのよ。関係ないじゃないの」
「オシリスだとわかっていながらレンジャー隊に入れてくれたんだな。」
銃を握るマリアの腕が震えていた。ずっと銃をアヤセに向けていたために疲れたのかもしれない。 銃を扱う特別な訓練は受けていないように見える。
「おまえはリュウヤ隊長の最後の様子を知りたくないのか」
マリアは答えない。
「あの人がなぜ死ぬことになったのか、どんなふうに最後を迎えたか知らなくていいのか」
アヤセには、愛していた人が事故とも事件ともわからない理由で死んでしまったような経験はない。 マリアの本当の心情はわからない。だが、マリアがリュウヤのしたことについて知りたくないわけはないと思う。 聞こうとしないのは本当にあったことを聞くのが恐しいからではないか。
「俺を殺したら、誰もおまえに本当のことを話す奴はいないかもしれない」
ずっと目を逸らしていたマリアがアヤセを見た。
「アヤセの話が本当のことだなんてどうして言えるのよ。そんな話はあてにならないわ」
「俺を殺す前に聞きたくないのか」
マリアは両手で銃を握り直した。
アヤセはマリアの目を見つめる。
躊躇している様子だったマリアを追い詰めてしまったのだろうか。
所詮、俺に言葉で相手をどうこうしようなどという芸当ができるわけはないのだ。
マリア……。
俺を撃つ気になったのか。それで本当におまえの気が済むのか。
インターホンの向こうから銃声が聞こえた。
ユウリの動きが一瞬止まる。
もう遠慮する必要はない。
「このドアをあけなさい。あけないなら強行突破します。」
ドアが開く様子はない。振り返ってドモンとシオンの顔を見る。2人が頷く。ユウリは自分の銃をドアに向けた。
縛られたままかろうじて銃弾を避けたアヤセを、マリアは放心したような顔で見ていた。
その時、更に大きな銃声が響いた。
ユウリが銃を構えたまま部屋に入ってくる。そしてドモンがしがみ付く男を投げ飛ばして入って来た。
「ユウリ!」
アヤセの声にユウリが目を向ける。
「子どもが人質になってるかもしれない。この部屋と似た部屋にいる映像を見せられた。どこにいるかわからないが探してくれ」
ユウリは一瞬意味がわからないようであったが、すぐに頷き、踵を返した。
入れ違いにシオンが入ってきて、男たちと組み合っているドモンの横を縫うようにして、アヤセのそばに近づいた。
「アヤセさん、大丈夫ですか」
素早くアヤセの両腕と両足の拘束を解く。
「大丈夫だ。それより、子どもが人質になってるかもしれないから、ユウリと一緒に探してくれ。俺は映像で見せられただけなんだ。 もしかしたら映像だけなのかもしれない」
立ち上がりながらシオンにそう伝えると、シオンは一気に視線をアヤセの頭のてっぺんから爪先まで下ろして、 大きな怪我がないらしいことを確認する。
「わかりました。それからアヤセさん、マリアさんってリュウヤ隊長の妹さんなんです」
「わかってる」
アヤセの答えを聞くと、シオンは頷いて走って部屋を出た。
やっと自由な身体になったアヤセはマリアのことも気になったが、とりあえずドモンが1人で4人の男を相手にしているので、 その中の逃げようとする1人を後ろから捕まえて向きを変えて腹に蹴りを入れる。
顔を見るとさっき蹴飛ばしてくれた若い男だった。張り手で気絶させておく。
そしてもう1人、と思ったが、そんな必要もなさそうだった。
ドモンが相手をしている3人はそれぞれ、かなり力がありそうだったが、ドモンにとってはたいした敵ではなさそうである。
ドモンが狭いところでわざわざ回し蹴りをしたので驚く。 竜也の回し蹴りは何度も見た記憶があるが、ドモンがそんなことをしているのはあまり記憶にない。回し蹴りは綺麗に決まって、 1人の男が倒れた。
ドモンはタイムレンジャーの頃より明らかに身体の切れがよい。 もともとグラップのチャンピオンだった男だから以前から強かったが、今は更に動きが鋭い。 力まかせに戦っていた感じだったあの頃に比べるとずいぶんと洗練された動きをしているように見える。
残り2人はドモンに任せることにして、マリアに目を向ける。
マリアは壁を背にして、銃を手にしたままアヤセを見ていた。
アヤセが正面から近づいていくと、マリアは銃を両手で握り締め、胸の位置まで上げた。
もう一度、撃つ気なのか。本当に殺したいのか。
俺を撃てば、少しはおまえの気は鎮まるのか。
俺を撃つことで、おまえはもう俺以外の他人を恨まず、傷つけず、殺すこともないのか。
アヤセはゆっくりとマリアに近づいて行った。
マリアが無表情に腕を伸ばした。
「いないわね」
ユウリが銃を掲げたまま、シオンのいる部屋に入って来る。
隠し部屋がある可能性もないわけではないが、わかる範囲ではこの家のすべての場所を探した。
「だれか1人を締めて吐かせたほうが早そうね」
「ええ、それともしかしたら本当に録画とかかもしれませんね。 アヤセさんが映像を見せられた部屋で録画機を探した方がいいかもしれません」
その瞬間、隣の部屋から銃声が聞こえた。
ユウリとシオンは動きを止め、顔を見合わせる。そしてアヤセとドモンのいる部屋へ走った。
部屋へ入るとドモンがマリアを押し倒して手から銃を引き剥がしていた。
「アヤセ、何ボケッとしてんだ!死にてえのか!」
アヤセは黙って立っている。
ユウリには一瞬、状況がわからない。 さっきドモンが相手をしていた4人の男が全員倒れて気を失っているのを確認し、アヤセが撃たれたわけではないらしいことを確認する。
長い時間拘束されていると人質は犯人に同調する。そんな法則を思い出す。 まさかアヤセが監禁されている間にマリアに同情してしまったとは思いたくないが或いはそうなのかもしれない、とふと思う。
「子どもはいたか」<
アヤセは、ドモンの言葉を無視してユウリに訊ねる。
「みつからないわ」
「あの映像はおそらく録画です。ほら、きっとこれですよ」
シオンが部屋の隅から録画機を見つけ出す。
しばらくそれをいじると、子どもが椅子に縛り付けられている映像が再現された。
こんな映像をいつ撮ったのか、それはそれで問題だが、とにかく今どこかで子どもが人質に取られているわけではないのだ。
「そうか」
アヤセはほっとしたように息を吐いて頷いた。
ユウリは、ドモンに押さえつけられているマリアの前に立った。
「監禁および殺人未遂の現行犯で逮捕します」
マリアはわずかに笑みを浮かべているようにも見える。
「ユウリ、例のテージョ星人の殺害もこいつがやったと、さっきこいつが自分で言った。 リュウヤの死に関わったのが彼だと勘違いして殺したんだそうだ」
アヤセの言葉に、ユウリもドモンもシオンもいっせいにマリアに目を向ける。
勘違いして殺した……。
ユウリの脳裏にあの凄惨な事件現場が蘇る。あの遺体は銃で撃ち殺された後、何度も刃物で傷つけられていた。 あの事件の犯人がこの女だと言うのか。本当の狙いは私たちだったのか。私たちをあんなふうに殺そうとしていたのか。
「そんな……」
シオンの口から声がこぼれた。
やっとユウリは思い出した。
この女には以前会ったことがある。
アヤセの病室で鉢合わせしたのだ。病室を出て待っていたら、部屋から出てきたこの女に顔を覗かれて、 もう用は済んだからどうぞ、と言われたのだ。特に不審だともなんとも感じなかった。あの時に何か気づくべきだったのか。
マリアは薄く微笑んでアヤセを見上げていた。
「アヤセはもう一生私を忘れることはできないわね。私も一生、忘れないわ。これからもずっと恨んでるわ」
ユウリは一つ溜め息を尽いた。
マリアの目の前にしゃがみ込むと、マリアの視線がユウリの顔の上に移動した。
じっとその目を見つめる。
こんなことをするのは捜査官としては適切ではない。そんなことはわかっている。
ユウリは右手を上げた。マリアの頬を力いっぱい引っ叩いた。
頬の鳴る音が響いた。
「黙りなさい。アヤセを恨むのは筋違いよ」
低い声で告げた。