さまよい続ける(13)

 

……テージョ星は綺麗なところなんだ。
ヨウはそう言って一枚の写真を見せた。
……うわあ、ほんとに綺麗なところですね。
写真の中には明るい日差しの下に真っ青な海が広がっていて、海沿いには白い建物が建っている。
……テージョ星は意識的に昔の風景を残しているんだよね。
そのせいなのか、シオンは以前行った20世紀の風景を思い出した。
……と言ってもテージョ星のことは全然覚えていないんだけどさ。
……ヨウさんは、小さい時に地球に来たんですか?
……うん。2歳の時。家族と一緒にね。それっきり帰ったことないんだ。
テージョ星人は地球人より優秀な頭脳を持っているので、自分の星にいるより地球に来たほうが待遇のいい仕事を手にすることができる。 地球からはかなり距離があるのでその数は多くはないが仕事を求めて地球に移住するものもいる。 ヨウはそんなテージョ星人の1人だった。
……帰ってみたいですか?
……うん、そりゃあね。でも一度も行ったことないからさ、ちょっと怖い気もするんだ。
ヨウは、テージョ星への留学申し込みをしていた。文明の進んだその星から技術を学ぶために、時間保護局は留学生派遣計画をたてていた。
……きっといい所ですよ。こんなに綺麗なんですから。僕もなんだか行ってみたくなっちゃいました。
シオンは写真に見入る。
……ごめんね。
ヨウがすまなそうな声を出す。
……え?
……シオンの生まれた星はもうないんだよね。それなのにこんな話しちゃって。
……そんな、謝ることなんてないです。僕は生まれた星のことはまったく覚えていませんけど、 でもこの地球でいい思い出がいっぱいあるんです。
ヨウはそんなシオンをまぶしそうに見つめた。
……だけど僕は地球から出たことないから、他の星に行ってみたい気もするんです。こんな綺麗な星になら行ってみたいなあ。
シオンは再びテージョ星の写真に見入った。
……シオンも留学申し込みしてみたら?
……留学申し込み?
……うん。シオンなら絶対に試験も通るよ。でも、駄目かな。時間保護局が地球から手放したくなくてかえって落とされちゃうかもね。

ヨウの言うとおりだろう。テージョ星人も地球人より優秀だったが、ハバード星人はそれよりはるかに頭脳明晰なのである。 時間保護局がそう簡単にシオンを他の星に行かせるわけはない。
あの時、シオンも本気で他の星に行こうと思ったわけではないが、テージョ星の写真には惹かれたし、その綺麗な星を母星として、 その星に行ってみようと考えているヨウを羨ましくも感じた。
しかし、もうヨウはテージョ星に行くことはできない。
どのような姿で彼が殺されたのかユウリに詳しく聞いてはいないし、ユウリもまた言おうとはしなかった。
だが殺されたのは間違いない。
その原因は自分たちにある。自分たちに間違えられて殺されたのだ。

あの時、21世紀へ戻ることを選んだ。あの選択が正しかったのか間違っていたのか、それは今でもよくわからない。
だけど……、とシオンは思う。
もし今やり直すことができるとしても、戻る、という選択をするだろう。他の選択は考えられない。
こんなことになってしまっても、それでも、あの時竜也たちのところへ戻ったことを後悔はしていない。




丸二日眠り続けた後に病室で目覚めれば、あの夜のことはすっかり遠い出来事のようにも思え、 アヤセはいつもと同じように自分は治療中でいつもと同じように病室で目覚めただけのような気がした。
だがそうではない。
起き上がろうとしたら身体のあちこちが痛んだ。
いつもと同じではない。
なぜここにいるのかを思い出した。

あの夜、ユウリがインターシティ警察に連絡しマリアたちが警察に引き取られると一気に緊張が解けて、 初めてすっかり疲れ切っていることを自覚した。
この後には警察に事情を聞かれることになりそうだったが、どう考えてもまともに質問に答えられるような状態ではなく、 途中でぶっ倒れるのがオチだと思った。それならそれでいいかという気もしたが、 ケガをしていてしオシリス治療中でもあるアヤセはまず病院に行ったほうがいい、というユウリの判断で病院に入れられることになった。 耳に入れていた発信機は取り外してユウリに渡した。
警察の車で病院に着いたところまでは記憶にあるが、あとはよく覚えていない。
あれからずっと眠っていたのだ。

「検査の結果、問題になるような異状はありませんでしたよ」
そう医師に告げられた。身体中が打ち身だらけではあるが、それは時間がたてば治る。たいした問題ではない。
「災難でしたね」
と言われるが、災難というのとは少し違う。来るべきものが来ただけだ。
そして思いがけず、21世紀から帰還後ずっと落ちるばかりのように感じられた体力がかなり戻って来ているということを実感した。
とにかくあの状況に耐えられた。殴られた時には意識を失ったが、 縛られて蹴られてという厳しい状態に置かれながらなんとか意識を保ち続けて男を気絶させることぐらいはできた。 タイムレンジャーをやっていた頃には遠く及ばないが、それでも2年前に比べれば明らかに前進している。 ふだんの平穏な生活の中で感じるよりも、よりはっきり実感できた。
気がつけばベッドの上でそんなことをぼんやり考えていた。
それが嬉しいのか、俺は。
自分のことしか考えていない。そうマリアに言われた。本当にそのとおりだ。自分で自分に呆れる。
目が覚めて一番先に考えているのはこんなことか。
こんなことより前に気にしなければならないことがあるはずだ。


インターシティ警察の刑事が2人、事情を聞きに病院へ訪ねて来た。
ユウリはいない。ユウリもあのテージョ星人の事件の担当だったはずだが、おそらく担当は下ろされただろう。
マリアに会いに行く前にユウリと話した。あの時、警察はシオンを襲ったのがあのテージョ星人の依頼だと思っていると言っており、 ユウリの警察内での立場が悪くなっているようでもあった。
今はどうなっているのか。この刑事たちは、ユウリとはいい関係なのか。
ユウリたちと連絡を取る間もなく彼らが来たので、自分が病院に運ばれた後なにがどうなったのかまるでわからない。

既にユウリたちが詳しい話をしているので、厳しい取調べという感じではなく被害者として扱われている。
21世紀から帰還した直後と似た状況ではある。あの時もアヤセが倒れて病院に入っている間にユウリたちがすべてを処理してくれていたのだ。
だが、今度はユウリたちでは答えられないことを、刑事たちはアヤセから聞きたがっている。
マリアが本当にあのテージョ星人を殺したと言ったのか、ということだ。
マリアも一緒に捕まった他の奴らも完全に黙秘しているらしい。
あの時マリアは確かに自分が殺したと言ったが、それを聞いたのはアヤセだけだ。証明することはできない。 発信機にマイクを付けていれば音声を拾えたのだろうが、今更そんなことを言っても遅い。
「被害届は出したくないと?」
年嵩の刑事に聞かれる。
「できれば」
短く答えると
「なぜ?」
相手も短く返してくる。
「みっともないでしょう。女に騙されて捕まって助け出されるなんてのは。そんなことを大っぴらにしたくないですよ」
「相手は殺人犯かもしれない。みっともないなんてことはありません」
「彼女が殺人犯だということをあなた方が調べてくれれば、俺がわざわざ被害届などを出す必要はないでしょう」
穏やかに言ったつもりだったが、彼は一瞬むっとした顔をした。
「あなたは……」
と刑事が言いかけたので顔を上げた。だが彼は、いや、と首を横に振った。
「なんでもない」
と言葉を飲み込む。なんだ? よくわからないが、なんでもないと言うのなら気にしなくていいのだろう。
被害届についてはアヤセが少し考えてみる、ということできょうのところはとりあえず落ち着いた。 被害届を出すにせよ出さないにせよ、証人として出廷させられるのは間違いないだろう。
長時間話していたわけではないのだが、刑事たちと話すのは肩が凝る。
疲れた。


誰かいる。
ベッドの脇に座っている。
誰だ。
思わず起き上がりかけるが、相手を認識した途端にほっとして起きる気が失せた。
「おまえか」
ドモンだった。いつからそこに座っているんだ。
「どうだ」
とドモンが聞く。アヤセはゆっくり身体を起こす。
「さっき刑事が来た。黙秘されてるらしいな」
「そうなのか」
「聞いてないのか」
「聞いてねえよ。あの後すぐ事情を聞かれてそれっきりだ」
「被害届を出せと言われた」
「出すのか?」
「まだ決めていない。それよりシオンはどうしてる?」
あのテージョ星人を直接知っているのはシオンだけだ。
ドモンは、安心しろと言うように頷く。
「あとでここに来るって言ってた。睡眠期が近いらしいな」
1年に1度の睡眠期に入る直前にこんなことがあって、どんな夢を見るのだろうかと思うとやりきれない。
「ユウリんとこには、これから行ってみるつもりだ」
「あの事件の担当は下ろされたらしい」
「そうか。そりゃそうだろうな」
とドモンは少し顔を顰めて頷いた。
「じゃあ、もう行け」
「なに?」
「ここでおまえと俺が顔付き合わせてたって仕方ない」
「おまえ、せっかく来たのにその言い方かよ」
「もう用はすんだろ」
こんなやりとりはいつものことである。だが、きょうのドモンは首を横に振った。
「用はある」
そう言って厳しい表情でアヤセを見た。
「あの時、避けなかったのは何故だ」
そのことか。聞かれるのではないかと予想していたので驚きはない。
マリアに二度目に撃たれそうになったとき、ドモンに助けられた。
「あのマリアって女に殺されて死ぬつもりだったのかよ」
予想はしていたが、ほんとに聞くんだな、こいつは。
「あの時は何時間も縛られてた直後だ。そうすぐには動けねえよ」
「いや、おまえは動けてた」
ドモンがはっきりと言う。
「あそこにいた4人の男のうち1人はおまえが沈めたじゃねえか。 おまえはあの女に自分から近づいてって狙われてるのはわかってたのに避けなかった。あのままだったら間違いなく撃たれてた」
ドモンはあの時3人の男を相手に闘っていたのだが、闘いながらもアヤセが何をしていたかも全部把握していたのだ。 たいしたものだ、と感心するが、今もレンジャーの現役のドモンにとっては当たり前のことだろう。
あの時、ドモンのおかげで助かった。ドモンがいなければ今ごろこうやって生きていなかったかもしれない。
この質問を誤魔化すことはできそうにない。
「死ぬ気なんてない」
ドモンの言うとおり、自分からマリアに近づいて行った。だが死んでもいいと思っていたわけではない。
助かるはずのない病気でもう何年も前に死ぬはずだった。やっとの思いで助かったのに、わざわざ自分から死ねるわけがない。
「腕1本ぐらいならいいと思ったんだ」
「は……」
「何もしないままじゃ、あいつの気も治まらないだろう」
こんな話をユウリにしたら呆れられるかもしれない。ユウリは子どもの頃に家族を殺されている。 それをどんなふうに昇華させたのだろうか。
ユウリは強い。だから自分の気持ちときちんと向き合えたのだ。もちろん好きで強くなったわけではないだろう。 強くならなければ生きて来れなかったのだ。
しかし、強くなれない奴というのはいる。そういう奴はどうやってけりをつければいいのか。
「腕1本やりゃあ、治まるのかよ」
ドモンが眉間に皺を寄せて聞く。
「治まらないかもな」
あんなふうに思ったのは単なる感傷だったのかもしれない。
わからないのだ。マリアの気持ちなんてまったくわからない。
「実際、あの状況じゃ腕1本ですんだかどうかも怪しかったな。おまえが飛び込んでくれて助かった」
「おまえな……」
ドモンはアヤセの顔をまじまじと見た。視線を外して下を向き、また顔を上げてアヤセの顔を見た。
「そんなのはおまえじゃなくて竜也が考えそうなことだぞ」
そう言ってドモンはため息をついた。

 

 

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