さまよい続ける(14)
ユウリのいる場所は男の右後方である。男が右手に持った銃を若い女性の脇腹に押し当てているのが見える。
ユウリは自分の銃の出力レベルをぎりぎりの少し手前まで上げた。
事前の情報では男は地球人とのことだから、出力レベルを上げすぎると撃った時に死なせてしまう危険がある。 多くの異星人に較べると地球人というのは脆弱なので注意が必要だ。 男が人質にしているのは偶然ここを通りかかった女性で星別は不明だが、地球人のように見える。 もし狙いがずれて女性に被害が及ぶようなことがあってもこの出力レベルなら大きな怪我にはならないはずだ。
ユウリは慎重に男の右腕に狙いを定めた。
そのまま待つ。
その時、女性の身体に強く押し当てられていた男の右手がほんの少し動いた。
いまだ。
ユウリの銃から弾丸が発射された。
男は衝撃で銃を取り落とすと女性を抱えたまま大きく前に倒れた。
その瞬間、遠巻きにしていた捜査官たちが一気に男に駆け寄る。
倒れて動かなくなった男の下から女性が這い出ようともがいていて、2人の捜査官がそれを引き上げた。
「大丈夫か」
捜査官の問いかけに女性は目を見開いたまま頷く。放心したような表情のまま周りを見る。 捜査官に抱きかかえられるように立ち上がったが両足がガクガクと震えていた。
2人の捜査官に両脇を支えられて何とか歩いて行った。
倒れている男は衝撃で気を失ったらしくまったく動かない。
「生きてるよ」
近寄って脈を確かめていた捜査官が言った。
「すげえな」
呟くような他の捜査官の言葉はユウリに向けられたものだ。
「狙いもばっちりだな」
ユウリの撃った弾は男の右腕に命中していた。
狙った場所も間違えていなかったし、タイミングとしても撃つのはあの時しかなかっただろう。
同僚たちの視線を感じながらユウリは男の側に歩み寄った。
判断が間違っていなかったことにほっとした。だが倒れている男は思っていたよりずっと華奢だった。
自分のデスクに戻るとドモンに電話した。
何度も連絡をもらっていたのだが、現場に出ていることが多くてなかなか連絡できなかった。 マリアが逮捕された時にテージョ星人殺しの担当を外されたが、代わりにいくつかの事件の助っ人を命じられている。
「忙しそうだな。ユウリ。実は俺もこれから急に出張するところだ」
電話の向こうのドモンが早口なのは急いでいるからか。
「シオンがもう少しで睡眠期なんだ。それからアヤセはきのう退院する予定だったけど発熱してまだもう少し病院にいるって言ってたな」
「酷いの」
「いや、さっき電話したけどたいしたことなさそうだったな。おまえは? なんか大変そうだけど大丈夫なのか」
まったくドモンは人の心配ばかりしている。
「私は大丈夫」
ユウリはきっぱり言う。
「それより自分のことを心配しなさい。出先で余計なこと考えてると命亡くすわよ」
「ああ、ほんとだな」
「あとでアヤセのところへ行ってみるわ。ドモンはもうこっちのことは考えないで業務に集中して」
「そうだな。そうする。じゃあちょっと行ってくる」
ドモンが相変わらずあっちもこっちも心配しているのがなんだか可笑しかった。 しかしあれで彼は現場に出れば迷わないから、出張先ではきっちり仕事をするだろう。
「たいした活躍らしいな」
電話を切ると、いつの間にかセトが近寄って来ていた。
セトは今でもテージョ星人殺しの担当だ。犯人を逮捕したのだからもう問題はなさそうなものだが、 当のマリアに黙秘されて苦労しているらしい。
「頼みたいことがあるんだが」
「なんでしょうか」
「この間おまえが現行犯で逮捕した傷害事件の被害者な、被害届を出すかどうかはっきりしないんだよな」
セトはそう言って押し黙る。
何を言いたいのかわからなかった。マリアを傷害の現行犯で逮捕したのはユウリだ。 ユウリ自身が自分の目で見て自分の手で逮捕したのだ。傷害罪に関してはアヤセの被害届など必要ないではないか。
「友達なんだろ。出すように説得してくれないか」
なぜ被害届が必要なのか。
あ、そうか。
被害届を出させようとしている理由が急に理解できた。と同時に頭に血が上った。
私の逮捕では信用できないと言っている奴が警察内にいるのか。
いったいどうしてそんなことを考え付くのか。そんなことを考え付く奴のほうがよほど信用できない。
「誰なんですか」
思わずセトに詰め寄る。
「被害届を出せなんて言っているのは誰なんですか」
怒りを押さえようと思えば思うほどユウリの声は低くなった。
「そう怒るな」
「傷害については私がこの目で確かめて現行犯で捕まえたんです。 それよりマリアは殺人を犯したと自分で言っているんだからそっちを調べる方が重要でしょう」
「わかってる。そんなことはわかってるから騒ぐな」
セトは声を落とした。
「わかってるって何を……」
「押さえられるところは全部押さえておいたほうがいいんだ。隙を見せるな」
セトはユウリをじっと見た。
「いいな。被害届を出させろ」
マリアの事件と関わっている人間が警察内部にいるということなのか。
セトの目を見返す。この人を信用していいのだろうか。
病院にいるアヤセはいつもと変わらない様子だった。
「起きてて大丈夫なの」
「ああ、別に、家にいればこれぐらいは平熱だから」
と言った。
「強引に退院してもよかったんだが、シオンが気を遣うだろ。あいつ自身も起きてるんだか寝てるんだかわからない状態なのにな。 だからこっちにいることにした」
アヤセはよほど具合が悪い時以外は平気な顔をしているので、彼が本当はどんな状態なのかということはユウリにはよくわからない。
だが、わかる必要もないのだと思う。そんなことをわかってもらうことをアヤセは望んではいないだろう。
「シオン、睡眠期近いんでしょ」
「ああ。だからこっちにいたらいたで、あいつがちゃんとベッドで寝てくれるかどうかも気になるんだけどな」
そう言えばシオンとアヤセが一緒に暮らし始めた年、シオンはなぜかキッチンで眠ってしまったらしい。 あとはアヤセがいくら起こそうとしても無駄で、結局ドモンを呼んでベッドまで運んだと言っていたのだ。
そのことを思い出して笑ってしまう。
「笑い事じゃないんだ。あんなでかいのに狭い家の真ん中で眠り込まれたら邪魔でしょうがない」
と言いながらアヤセも笑っている。
シオンは一年に一度しか眠らないから、自分がどこで眠りに落ちるのか未だに自分でわかっていないらしい。
去年は、前の年で懲りたアヤセがベッドで寝るようにうるさく言ってなんとか間に合ったのだ。
「寝相も悪いし、手が付けられない」
「そうね」
シオンの寝相が悪いのはユウリも知っている。 20世紀にいた年の睡眠期の時、凄いから見てごらんよ、と竜也に言われてシオンの寝相を見に行ったことがある。 子どものように頭と足が逆さになっていた。竜也がシオンの頭を抱えてユウリが足を抱えて元に戻した。 だがその日のうちにまた足と頭が逆さになっていたのだった。
「今年はドモンもいないしな」
「あとで行ってみようかな」
「だったら、絶対に自分で自分の部屋へ行って寝るように言ってくれ」
うん、とユウリは頷く。
シオンにもあの事件以来会っていない。
「あの、ね」
「ん?」
「この間の事件のことなんだけど被害届、出すように言われたでしょ」
「ああ、刑事に言われて答えは保留にしといたけど、出したほうがいいのか」
「うん。そうしてもらえる?」
「わかった。それなら出そう」
アヤセはあっさり承諾する。
「出したくないかもしれないけど」
「俺は別にどっちだってよかったんだ。ただおまえに相談してから決めようと思ってただけだ」
アヤセは穏やかな表情で言った。
「ユウリにはいろいろ迷惑かけたな。助かったよ」
「迷惑だなんて」
迷惑をかけたのは自分のほうだとユウリは思う。
あの時アヤセが捕らえられたのは自分の判断が甘かったのだし、突入するタイミングも遅かった。 もう少し遅れていたら、いま目の前にいるこの人は死んでいたかもしれない。
「あの支払をしないとな」
「え?」
「情報屋に支払う料金」
「ああ、あれね。いらないわ」
ユウリの答えに怪訝そうな顔をする。
「どういうことだ」
「私1人でもなんとか払えるからいいわよ」
「払えないから俺たちにも負担しろ、って言ったんだろ」
「そうだけど、なんとかなると思うし。一度に全部支払わなくても待ってもらえると思うし」
あんな目に合わせといてその上、情報屋への支払まで負担してほしいなんてとてもじゃないが言えない。 メイと契約したのは自分なのだからもともと自分ひとりが負担するべきものだったのだ。 アヤセたちにも支払わせようなんてどうかしてたと思う。
「それはだめだ。支払が遅れたら信用に関わる。あの情報屋が信頼できるんだったら今後のためにも大事にしたほうがいい。 それにあの情報のおかげで俺は助けられたんだから俺が料金ぐらい払うのは当然だろ。 シオンやドモンには払わせなくてもいから俺とおまえとで半額ずつにすればいいよ」
ユウリはアヤセの言葉を聞きながら俯き、しばらく沈黙した。
「確かにそうね。支払が遅れたら向こうが困る」
呟くようにそう答えると顔を上げる。
「前にアヤセに酷いこと言ったわ」
生真面目な表情のユウリが急に何を言い出したのかわからない様子でアヤセはユウリを見た。
「アヤセが最近現場に出てないから勘が鈍ってるって言った。でも鈍ってるのはアヤセじゃなくて私のほうだった。私が間違ってた。 間違えてばかりよ。この間だってあのマリアって女が怪しいってわかってたのにあんなことになってしまったじゃない。 突入するのだって遅すぎたからアヤセだってもう少しで死ぬところだった。迷惑かけたのはアヤセじゃなくて私よ」
言い募るユウリの顔をアヤセは黙って見ていたが、やがて苦笑いする。
「そういや勘が鈍ってるって言われたな」
「ごめん」
「謝ることはない。あの時ユウリが言ったことは正しかったよ。悪いなんて思うな。 ユウリがほんとのことを言ってくれなくなったらそのほうがショックだ」
「正しくなんかないわよ」
いや、とアヤセは首を振る。
「俺にはほんとのことを言ってくれる奴が必要だ。同情はしてもらえてもシビアなことは言ってもらえないからな。だから遠慮するな。 まあ他の奴に対してはもう少し甘くしといたほうがいいかもしれないけど」
そう言ってアヤセが笑ったので、今度はユウリが苦笑いする。
正しくなんてなかった。
だがアヤセが求めているのはそんなシビアな言葉なのかもしれなかった。 優しくされたり同情されたりすることにうんざりしているのかもしれない。
「この間の判断だって間違えてなかっただろ。俺は助けてもらった。 おまえがもっと早く来ていたらマリアがあの殺人事件の犯人だっていう話は聞けなかったから、あのタイミングは結果としてもよかったよ」
そうだったのだろうか。アヤセの身を危険に晒したことは間違いないが、それでもよかったのだろうか。
「20世紀に行ったときもユウリがいたから何とかなったんだよな。俺たちはレンジャーに入ったばかりだったし竜也はああだろ。 使えねえのばかりだったよな。ユウリのおかげでなんとか乗り切ったんだよな」
確かに使えないメンバーだと最初は思った。事実そうだった。ユウリがいたからなんとかなった部分はあった。 そのことはユウリにもわかっている。結局は、当初使えないと思った彼らに大いに助けられたわけだが。
「いつも間違えてない。ユウリはよくやった」
そう言ってアヤセは微笑んだ。
慰められてしまった。辛いのはアヤセのほうだと思うのに。
病院を出て自分の車に乗るとなんだか涙が出てきた。
馬鹿みたい。泣く理由なんてないのに。あの言葉に反応してしまったのだ。 アヤセが20世紀の話なんかして、よくやったなんて言うから思い出してしまったのだ。
あの時竜也にも言われた言葉だ。
よくやったと言われることはある。上司にだって同僚にだってそう言われることはある。珍しい言葉でもなんでもない。
竜也が作った明日の延長上にある竜也の子孫のマリアを逮捕した。それを知ったら竜也はなんて言うだろう。 それを知ってもよくやったと言ってくれるんだろうか。
竜也に会いたい。
竜也に何か言ってほしい。
馬鹿みたい。こんなことを思っても仕方ない。
疲れているのだ。それだけなのだ。疲れているからどうしようもないことを考えてしまう。疲れているからなんでもないことで涙が出る。
休めばいいんだ。
今は涙が出るんだから仕方ない。とにかく涙が止まるまでここでじっとしていよう。
そしてシオンに会いに行こう。こんな顔で行ったら心配されてしまう。 もう少したって涙が止まったら、シオンに会いに行って、ちゃんとベッドで寝るように言わなくてはならない。 そしてあとは私も少し休暇を取ろう。あの事件からは外されたんだし休暇を取ってもいいだろう。
少し休めばまた前へ進むことができるはずだ。