さまよい続ける(5)

 

病室を出ようとしたら、ユウリが入って来ようとするところだった。 「ごめんね、アヤセ」
とすまなそうに言うのでムッとする。
謝る必要はないだろう。
「なんで逃げたんだ」
と問うと、え?と不思議そうな顔をして
「まずいところに来ちゃったみたいだったでしょ」
と言って笑った。
部屋に入って椅子に腰を落ち着けると、ユウリはすぐに
「ちょっと頼みがあって来たのよ」
と表情を引き締めた。
「シオンがきのう襲われたんだけど、聞いてる?」
「いや、聞いていない。怪我したのか?」
「それは大丈夫」
ユウリはきのうの顛末を話した。
「シオンは護衛ロボットは必要ないって言ってるけど、危険だと思う。護衛をつけるようにアヤセから説得してくれないかな」
護衛っていうのは冗談だろ、と思ってアヤセはユウリの顔を見つめるが、ユウリは大真面目だった。
「タイムレンジャーやってた奴に護衛をつけるっていうのか」
苦笑混じりに言うと、
「そうよ」
と生真面目に頷く。
シオンが承諾するわけがない。 もともとレンジャー隊に志願するぐらいなのだから、人に助けられるよりむしろ人を助けたいと思っているのである。 20世紀に行った1年間でシオンのその気持ちがより強くなったこともアヤセは知っている。 タイムレンジャーをやめた今でも身体能力が衰えないようにトレーニングをしていることも知っている。
「シオンを襲った奴らの身元はわかったんだろ」
この時代、異星人も含めて地球に居住するすべての人物のデータは管理されている。だがユウリは首を横に振った。

「登録データに載っていないの。身体検査の結果は地球人だったから載っていないはずはないんだけどね」
「データを消してるってことか…」
異星人は登録漏れすることもあるが、地球人が登録から漏れていることはありえないはずである。 データを消去するなんて、そう簡単にできることとは思えない。
万が一捕まった場合のことを考えてわざわざ自分たちのデータを消してからシオンを襲っているということだとしたら かなり用意周到な相手である。
「何か聞き出せたのか?」
「喋らないわ。あれだけで責められて何も喋らないっていうのは、よほどの訓練を受けているのかもしれない」
聞けば聞くほど、大きな背景がありそうな気がしてくる。
「シオンは強そうに見えないから相手も油断してたと思うの。この次は本気でかかってくるわよ」
確かにユウリの言うとおりだろう。
それはそう思うが。
自分がシオンを説得する、という返事をユウリが求めているのはわかっているが、アヤセには即答できなかった。
「シオンが護衛ロボットを受け入れるとは思えない」
「でも必要よ」
ユウリが低い声で言う。
「狙われてたのが俺だったら、ドモンだったら護衛をつけるか?おまえが狙われてたらどうする?自分に護衛付けるのか?」
「それは…、付けるわ」
ユウリは睨みつけるように、真っ直ぐにアヤセの顔を見た。
「シオンの同僚が殺されて、シオン自身も襲われてるの。偶然かもしれないけど、何かあると考えるのが自然でしょう。 シオンのプライドとかなんとかそういうことを言っている余裕はないと思うわ」
それはそうなのかもしれない。シオンはまた襲われるかもしれない。 相手が二人ぐらいなら自分で自分の身を守れるだろうが、多人数で来られたら無理だろう。
「普通の殺され方じゃなかった。心臓を打ち抜かれて、ガンガン刺されてた。凄惨な現場だったわ。内臓があちこちに飛び散ってた」
ユウリは目を伏せた。思い出したのか、ちょっと辛そうな顔をした。
その時、ドアが開く音がした。
衝立の向こうからドモンが顔を出して、よおっ、と言いかけて、ユウリの様子を見て動きを止め、アヤセとユウリを見比べた。
ユウリはドモンをちらっと見たが、すぐにアヤセのほうに向き直る。
「一発の銃弾で死んだんだのに、その後でわざわざ何度も何度もナイフで刺して死体を傷つけてる。そういう奴が犯人なの。 そういう奴がシオンを狙ってるのかもしれないのよ」
ユウリは俺が見ていないたくさんのものを見ている。ユウリの心配が自分よりずっと切実なのはわかる。 きっと俺が甘いということだろう。そう思う。
「こんなことは教えたくなかった。こんなことを言わなくたってアヤセにはわかってほしかったわ」
ユウリはかすかにため息をついた。
「アヤセ、現場に出なくなって勘が鈍ってるんじゃないの」
ああ、それは当たってるな、と思う。妙に納得する。
「そうかもしれないな」
おそらくそうだろう。ユウリの判断が間違っていたことはない。
だが、シオンが護衛の話をすぐに承諾するとは思えない。
「わかった。護衛のことは俺からもシオンに言ってみるよ。それから、銃を持てるようにしたほうがいいんじゃないか」
銃器を携帯するためには携帯許可を得る必要があるが、 シオンにはレンジャー隊で銃器を扱っていた過去があるから許可を得るのは難しくはないはずである。 使い方について簡単な講習を受けるだけで護身用の銃を持つことができるだろう。
「銃器の携帯許可をさっき申請したから、そろそろ許可が下りると思うわ」
ユウリはここへ来る前に必要なことは全部やっていたわけだ。
「おまえらさ、」
今まで黙って聞いていたドモンが初めて声をあげた。
ユウリとアヤセは同時にドモンを見る。
「いったいなんの話してんだよ」
ドモンはずっと時間移動で留守だった。きのうかきょう帰ってきたばかりだろう。 シオンの同僚が殺されたことも、シオン自身が襲われたことも知るはずがない。





「ああいう言い方はないんじゃないのか」
病室を出てしばらく歩くと、ドモンが言った。
なにが、という気で隣を歩いているドモンを見上げた。
「現場を離れたから勘が鈍ってるとか、普通そういうこと言うか?」
そう言えばさっきアヤセにそんなことを言ったような気がする。
「おまえ、あいつがどんな仕事してるか知ってんのかよ。あんな仕事でどうやって勘を養えって言うんだよ」
何をドモンは怒っているのだろうか。 ユウリにしてみれば深い意図があって言ったわけではなかったのだが、そんなに酷い言葉だっただろうか。
少し考える。
「ドモンの言い方のほうがよっぽど馬鹿にしてるんじゃないの」
いったん外した視線をドモンへ向けた。
「アヤセが今どんな仕事をしてるかなんて知らないけど、遠慮して言いたいことを言わないでいるほうがずっと酷いと思うけど」
ユウリの答えを聞くと、ドモンはやれやれと言った顔をした。
ドモンにはそう言ったものの、確かにあんなことを言う必要はなかった。
わざわざ言う必要のないことを言った。

「ユウリは竜也に会いたいと思うことはねえのか」
ドモンが突然言った。
え?
思わずユウリは立ち止まる。横にいるドモンの顔を見た。
この人は何を言うのだ。
「俺はさ、ホナミちゃんに会いたいなあ、ってしょっちゅう思うよ」
20世紀にいた頃と同じように可愛い女の子を見ると目の色を変えて騒いでいるくせに、 いまだに特定の女性と付き合ったりしていないことは知っている。 あの時代に知り合った彼女のことを忘れられないんだろうとは思っていた。<
しかし、こうはっきりと言われてしまうと、なんて言葉を返していいかわからない。わからないまま歩き出す。
「ユウリも竜也に会いたいのかなあ、って思ってさ」
「そんなこと…」
どうして突然そんなことを聞くのだ。
「そんなこと、思ったって仕方ないじゃない。会えるわけないんだし」
とりあえず答える。
「そりゃ、そうだけどよ。それでも思うことはあるだろ」
重ねて聞かれても、なんと答えればいいのかわからない。
そのうちに駐車場に着いてしまった。
「そんなことより、ドモンもシオンに護衛のこと、話してみてよ」
ユウリは立ち止まってそう言うと、自分の車へ向かった。
「ああ、わかったよ」
ドモンもちょっとの間ユウリの後姿を見ていたが、すぐに自分の車のある方へ歩き出した。

いつものように車に乗り、行き先を告げる。
車が動き出すと、さっきのドモンの言葉が蘇った。
会いたいかなんて、聞かれても困る。
会いたいに決まっている。
だけど、思ったって仕方ない。会えるわけないんだし。
だから聞かないでほしい。会いたいか、なんて。
口に出したらよけい淋しくなりそうで、言わないことでなんとか自分を保っていると思う。
それとも、口に出してみれば何か変わるだろうか。
竜也のことを思い出さない日はない。
毎日思っている。
竜也に会いたい。

 

 

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