さまよい続ける(6)
「殺される気はしなかったんです。どこかへ連れて行くとか、何か探り出すとかしたかったんじゃないかと思うんです。 もしそうなら、むしろ捕まって何が目的か探った方がよかったですよね」
こんなことをいつもの調子でさらりと話すから驚く。
シオンは予想どおり護衛ロボットをつけるという話を断ったが、その理由はアヤセが考えていたものとは少し違った。
「護衛さんが付いてたら襲いにくいと思うんですよ。そうすると何が目的なのか探れなくなっちゃいますから」
確かに護衛ロボットは大きくてがっちりしていて、見るからに強そうな風体をしているものである。襲われにくいだろう。
しかし…
「囮になるっていうのか」
「はい。ユウリさんが警察の上司の方に相談してくださったんですけど、それは駄目だってことになっちゃったんです」
「危ない話だからな」
「それもありますけど、この間の事件と僕が襲われたのは関係ないってユウリさんの上司の方は思ってるらしいです」
ユウリは関係があると思っていたようだったが、警察としてはそうは考えてないんだろうか。
「おまえを襲った奴らが何者なのかはまだわかってないんだろ?」
「そうみたいですね」
シオンを襲った奴らが捕まっているのに素性も目的もわかっていないのであれば、 この先護衛されて襲撃から身を守っても、いつまでたってもシオンの安全は保障されない。
「試してみるか」
「え?」
シオンの目が一瞬輝いたような気がした。
「俺とおまえでやってみるか」
特に変わったことをしようというわけではない。シオンが外出する時にアヤセがボディガードの代わりをするだけだ。 ただ護衛ロボットのようにシオンに張り付いて移動するわけではなく、後を追う形で見ているつもりである。 自分の他にシオンを追っている存在があるかどうか確かめたい。
アヤセが退院するまでの間ドモンにこの役をやってもらえないかと思いその場でドモンに電話しようとしたが、シオンに止められる。
「今朝、ドモンさんから電話があって緊急に出張するって言ってました」
「この間帰って来たばかりじゃないか」
レンジャーの身体に負担がかからないように一度時間移動したらその後10日間は時間移動はできないことになっているのだが、必ずしもその規則が守られているわけではない。 アヤセ達だって21世紀からいったん帰って来て、また次の日に21世紀へ行っているのだから普通はどうということもないのだ。
それにしてもドモンはずいぶん出動させられてるような気がする。
「仕方がないな。俺が帰るまでは我慢して護衛ロボットを付けておけ」
そう言うと、シオンはあからさまに納得がいかないという表情をした。
「ユウリが心配してるから、あいつのために付けてやれ。俺も早く帰れるように交渉してみるから」
たぶん多少早く退院することはできるだろう。
こんなときのために普段真面目な患者をやっているのだ。
薬の副作用が辛いので予定より早く投薬を切り上げてほしい、と言うと医師は驚いてあっさり承諾してくれた。
ここで治療するようになってから殆ど弱音を吐いたことがない。 どちらかというと必要以上に我慢しすぎるという点で要注意患者扱いをされている。 そんなアヤセが辛いと言うのであればよほど酷いということになる。
治療の過程において信頼関係を築いた医師を心配させるのは申し訳ない。
だが嘘をついているわけではないのだ。本当に副作用は厳しい。ただ普段はこの程度は当然我慢している。 今回は我慢するのをやめてみた。それだけだ。
「診断書と休暇願、作っておきました」
次の日の夜、病室にやって来たシオンが嬉しそうに言う。
アヤセが自宅療養のために退院後も仕事を休まなければならないという医師の診断書をシオンに作ってもらった。
「こういうの久しぶりで、ドキドキしちゃいました」
「大丈夫か」
万が一偽造であることがわかればアヤセもシオンも只ではいられないが、何よりユウリに迷惑がかかってしまう。
「完璧です。いつでもメールできるようになってます。僕が付けるための発信機もちゃんと作りましたよ、これです」
シオンの見せた発信機は手の爪よりさらに小さい。
「こんな小さい物に、よく細工できるな」
発信機を受け取って眺める。
「同じ物を幾つも付けておけますから、もし一つが見つかって取られちゃっても大丈夫です」
公文書の偽造や発信機の製作が楽しかったのか、シオンは終始ニコニコしている。
シオンの気持ちもわからないでもない。
俺も楽しんでいるのかもしれない、とアヤセは思う。
遊びではない。それはわかっている。失敗したらシオンの命が危ない。
だが何となく興奮気味なのは確かだ。
ずっと退屈していたんだ。
そのことに気づいた。
「アヤセがシオンのボディガードになるってどういうことなの?」
シオンから話を聞いたユウリはその足でアヤセの病室に来た。
もちろんシオンは計画の本当の目的はユウリには話してはいない。
「俺とシオンと二人いりゃなんとかなるだろ」
「別にアヤセがやらなくたって、護衛ロボットだって同じじゃない。それにアヤセだって仕事があるでしょ」
「ああ、どうせしばらく休むから」
「はい?」
「早めに退院することになるからしばらくは自宅療養だな」
「はあ?」
ユウリが呆れた顔をする。
「自宅療養中の人がボディガードするってわけ?」
自分でも矛盾したことを言っているのはわかっているが、自分たちが何をしようとしているか捜査官であるユウリにはっきり言うわけにはいかない。 それでこんな不可解な説明になっている。
「護衛する必要があるのは研究所と自宅の往復と私用で出かけるときぐらいだろ。だったら俺にもできる」
「本当は何をするつもりなの」
ユウリはアヤセの顔を凝視した。
「シオンの護衛をするだけだ。何か気づいたことがあったらおまえに知らせる。俺にも銃の携帯許可を取ってくれ」
「シオンを囮にするつもりじゃないでしょうね」
ユウリの問いに
「違う」
とアヤセは答えた。
「そんなことを心配するより、おまえには他にやることがあるだろう」
ユウリはアヤセをじっと見たまま黙っている。仕方ないのでアヤセもユウリの顔を見て、睨みあうような形になった。
やがてユウリが口を開いた。
「危険な真似はしないって約束してくれる?」
「ああ」
「アヤセだけじゃなくシオンのことも危険な目に会わせないで」
「わかった」
アヤセが頷いても、ユウリはまだアヤセから視線を外さなかった。
「信じていいのね」
念を押す。
「ああ、信じてくれ」
アヤセが答えると、ユウリはやっと視線を外して頷いた。
「わかったわ。アヤセにも銃の携帯許可を取る」
ユウリに嘘をついた。危険なことをするかもしれない。
だが、おそらくユウリにもわかっているだろう。危険な目に会わずに解決できる事件など殆どない。
この役目をするのが本当に俺で大丈夫なのかということは何度も考えた。
自信はある。しかしそれは思い込みではないのか。自分の力を過信しているのではないのか。
自分が昔の自分より劣っているという自覚はある。普段そう思っているわけではないが時々それに気づかされる。
こういうことは迷っているぐらいならやめたほうがいい。迷ってなくてもだめなときはだめだが、迷いがあれば危険はさらに増す。
やれる。そう判断したからやってみることにしたのだ。
「何考えてるんだか」
ユウリは病院の通路を歩きながら、思わず声に出した。
何を考えているかはわかっている。警察が許さなかった囮捜査をアヤセとシオンでやろうと思っているに違いないのだ。
確かにシオンがなぜ襲われたのか、今後も襲われる恐れがあるのか、ということを調べるためにはシオンを1人にしておいたほうがいい。
ユウリもそう思ったからこそ、上司に願い出た。
それが却下されたのは、きのうになってあの殺人事件の被害者が違法薬物の売買に関わっているという情報が出てきたからだ。 シオンが襲われたのはあの事件とは関係ないという意見が主流になった。
本当に関係ないんだろうか。
そんなにすぐに関係ないと判断してしまっていいのだろうか。
警察が何もしてくれないのなら自分たちで調べようと、シオンやアヤセが思うのは当然のことだ。
だが、そんなのは危険に決まっている。
それをわかっていながら危険なまねはしないと約束させる私も私だ、とユウリは思う。
アヤセが本質的に危険を恐れない人であることは1年間、一緒に仕事をしたのでわかっている。 あの頃は病気のことがあったからなのかもしれないが、むしろ危険を好んでいるんじゃないかという気もした。 はっきり言って心配だ。
駐車場に着くと同時に電話がかかってきた。自分の車に向かいながら電話に出た。
「例の異星人から薬物反応が出たぞ」
「え?今ごろですか」
この間殺された人物の検死結果は随分前に見たが、違法薬物の反応は報告されていなかったはずだ。
「テージョ星人は後になってから血液に反応が出てくる場合があるんだそうだ。」
「何の薬物ですか?違法なものですか?」
あの被害者が何かの形で売買に関わっていたというだけでなく、自ら違法薬物を摂取していたのだろうか。 それとも殺される過程で摂取させられたのだろうか。
「それが何種類もあるみたいなんだ。こんなのメールで教えられてもわけわかんねえよ。 ユウリ、直接研究所へ行って説明聞いてくる時間あるか?」
「はい、これから直行します。」
あの被害者が違法な薬物と関わっている。メイがそう知らせてきたのは事件の当日だった。
あの後ずっと捜査してきたのに、実際に違法薬物との関係がわかったのはきのうである。
メイの方がインターシティ警察よりはるかに情報が早くて正しい。
彼女はどんなルートで情報を得たのだろう。 情報屋が情報元を明かすことはあり得ないから本人に聞いても絶対に話さないだろうが、気になる。
車に乗り込んで、行き先を告げた。
アヤセの言うとおりだ。私には他にやることがある。
シオンのことは今はまかせよう。
心配ではあるが、アヤセとシオンを信用はしている。