さまよい続ける(7)
急に手の中の物がずしりと重くなった。
顔を上げると、竜也が驚いたような顔をしてこっちを見ていた。
竜也じゃない。
わかってる。おまえじゃないだろう。
俺は竜也を撃ったわけじゃない。
それなのに、どうしてそんな苦しそうな顔をしてるんだ。
「竜也」
駆け寄って抱き起こす。
「竜也!」
抱き起こしてみると、それは竜也ではなかった。竜也によく似た面差しの男が腹から血を流している。
「リュウヤ隊長…」
リュウヤは苦しそうにアヤセを見上げている。
アヤセは自分の右手を見てギョッとした。いま火を噴いたばかりの温かな銃を握り締めていた。
目覚めた場所は自宅の寝室だ。
汗だくになっていた。
何度も同じ夢を見ているのにそのたびに焦っている自分は馬鹿なんじゃないかと思う。
この夢は薬の副作用でもなんでもない。あんな薬を服用する前から見ているし、薬をやめてからも見ている。
夢をみるのはかまわない。仕方ない。
しかし竜也もどうせ夢に出てくるのなら、もう少しましな夢に出てきてほしいものだ。
苦笑いでもするしかない。
夜が明けるまでにはまだ少し時間があるが、ベッドを抜けて着替える。 インターシティ警察に借りた銃が机の上にあることを確認して寝室を出た。
「おはようございます。早いですね」
シオンはまた何かを作っている。
何をやっているのかアヤセが聞く前にシオンのほうから
「発信機にカメラ付けることにしちゃいました」
と教えてくれた。
「あんな小さいのにカメラなんて付けられるのか」
「ええ、なんとか、付けられそうです」
病院を出てから1週間たつが、特に変わったことはない。
その間に、シオンが作った発信機の性能はどんどん上がっている。毎晩何かしらいじっている。
性能が上がったのは発信機だけではない。警察に借りた銃の性能もずいぶんよくなった。
病院を出た日、銃を受け取りに行った。
シオンに聞いていたとおり、支給された銃はかなり古い型だった。普段使わない物に金をかけていられないってことなんだろう。
旧式のものではあったが、握った感触は悪くない。
こんなものを手にするのはレンジャー隊を辞めて以来だったので、以前の勘が取り戻せるかどうか正直言えば不安はあったが、 練習場で実際に使ってみれば、勘はすぐに戻った。 もちろん実際の場でどの程度使えるかはまた別の問題だが、なんとかなりそうだという手ごたえは感じられた。
家へ帰った後に、シオンに銃を調整してもらった。
僕のもこんなのですよ、とシオンが自分に支給された銃を見せてくれたが、アヤセの物と同程度に古い型だった。
そんなに詳しくないと自分では言っているが、シオンが少しいじっただけで、たちまちこの旧式の物の性能が上がる。
「暴発の危険は少なくなったはずです」
シオンは調整の終わった銃を渡しながらそう言った。
「ああ、ありがとう」
アヤセはそう答えて受け取った。シオンにとってもアヤセにとっても一番怖いのは暴発なのだ。 自分の意思と違うところで発砲してしまうのが恐ろしかった。
あれから1週間、今のところ不審な人物は現れていない。
シオンの能力はアヤセの理解をはるかに超えているが、この能力を欲しがっている者が大勢いるだろうということは想像がつく。
アヤセ自身、シオンのおかげで生きていると言ってもいい身なのだ。 自分から言い出したこの計画で失敗してシオンに何かあったりでもしたら、変な夢を見るぐらいでは済まされない。
絶対に失敗できない。
「できました。全部の発信機にビデオカメラ付けました」
小さな発信機に向かっていたシオンが嬉しそうに顔を上げた。
「これで準備万端です。せっかく作ったのに、このまま襲いに来てくれなかったらちょっと残念ですね。 もう1週間もたつのに、どうして来てくれないんでしょう」
「もう、って言うより、まだ1週間しかたってないからな」
「そうですね。まだまだこれからですよね」
まるで、楽しいことでも待っているような言い方をする。緊張したり怯えたりしているよりは、シオンのこの態度は余程いいだろう。
「何もなきゃそのほうがいいけどな」
ブラインドを開けて窓の外を見る。空はようやく明るくなり始めていた。
「殺されたテージョ星人の依頼だって言ったんですか」
セトの言ったことを反復するユウリの口調が思わず厳しくなってしまうのは、その内容が腑に落ちないからだ。
「被害者が襲われたのは、殺人事件が起きたずっと後なんですよ」
シオンを襲った二人組はずっと黙秘を続けていたが、昨晩遅くようやく口を開いた。
シオンを襲ったのは、シオンの能力と出世を羨む同僚の依頼によるものだと話したらしい。 同僚というのは例の殺されたテージョ星人である。
テージョ星人は地球人に比べるとかなり優秀な頭脳を持っているというが、ハバード星人ほどずば抜けているわけではない。 優秀なテージョ星人が、自分より更に優秀なハバード星人を妬んで傷つけようとした、という動機は考えられないわけではない。
しかし依頼人が無残に殺されてしまった後で、依頼された人間がわざわざ危険を冒すだろうか。
「どうして彼らは今までずっと黙っていたんですか。今ごろになって急に喋る気になったのには何か理由があるんですか」
「あいつらは、あのテージョ星人が殺されてたことを知らなかったんだそうだ。 知らなかったから依頼を実行しようとしたし、捕まったあとは黙秘していた」
セトは視線を下に落として説明した。
「信じられません…。死んでしまった人に罪を着せるのは簡単ですから」
口を突いて出たユウリの言葉を聞くと、セトは顔を上げた。
「俺に当たられても困る。俺があいつらを取り調べたわけじゃないからな」
「すみません」
ユウリにしてみれば当たっているつもりはなかったが、確かにセトに文句を言っても仕方のないことではあるので謝っておく。
「珍しく素直だな」
セトはユウリの爪先を見る。そして視線を徐々に上に持ってくる。
「証拠は何もないんですよね」
「あいつらとテージョ成人との間で交わした契約書が出てきた」
「彼らの登録データが抹消されてることについては?」
「それはあのテージョ星人がやったそうだ」
なんだか納得できない。
「それから結局、襲わなかったって言ってる」
一瞬、ユウリには、セトの言う意味がわからなかた。
「おまえの友達が本当に襲われたって証拠は何もないんだよな。本人がそう言ってるだけで」
ユウリは思わずセトを睨んでしまう。この男は、あれがシオンの狂言だったとでも言いたいのか。
「おまえの友達は怪我一つしていないのに、今捕まってる奴らの方は怪我してる。あいつらは発砲もしていないんだが」
「発砲されていたらもうとっくに被害者は死んでいます。 彼には護身術の心得があるので自分の身を守るためにそれを使うのは当然だと思いますが」
「私情を挟んでるんだよ、おまえは」
セトは視線を合わせずにポツリと言った。
「友達が襲われたってんでムキになっているんだ」
「そんなつもりはありません」
シオンのことを心配はしているが、だからといってムキになっているわけではない。 どうしてこの男はいつもいつもこういう的外れのことばかり言うのだ。
「冷静になったほうがいいよ」
「冷静です」
腹は立てていても冷静なつもりである。
「自分の友達だってむやみに信じてたら見誤るぞ」
捨て台詞のように言うと、セトは部屋を出て行った。
ユウリはその後姿を暫し唖然として見送った。
シオンを疑うなんて時間の無駄だ。
こんなことを言うとまた、私情を挟んでいるなどと言われるに決まっているが、 シオンを疑うなどという無駄なことをしている間に調べなくちゃならないことは他にいくらでもある。
「まったく馬鹿馬鹿しいわ」
自分の席に付きながら、つい口に出すと、隣の席のリサが笑いながらユウリの肩をたたいた。
「ユウリ、気づいてないでしょ」
「なに?」
「セトってユウリに気があるんだよ」
何だそれは。ユウリは意外な言葉に驚いて、リサを見つめる。
「まさか。いつもあんな感じなのに」
「気があるから、いろいろ突っかかってくるんだよ」
「そんな、子どもじゃあるまいし」
疲れることを言わないでほしい。しかしリサは可笑しそうに言う。
「子どもなんだよ、あいつは。だからちょっと我慢してやりなよ」
リサは本気でこんなことを言っているんだろうか。<
そんな我慢はできそうにない、とユウリは思う。
結局今回もシオンは待ち伏せされていた、ということになる。
研究所の駐車場のセキュリティは甘い。狙うほうにしてみればここが最も狙いやすいだろうとは思っていたが、 この間と全く同じ場所である。
ここ1週間のいつもの夜と同じようにアヤセは研究所の駐車場に入りシオンが出てくるのを待っていた。
2台の車が入ってきたのは、シオンが出て来る予定の時間のほんの少し前だった。 怪しい、と思ったのは、2台の車からいっこうに人が降りてこなかったからである。
自分だって車から降りずにじっとしているわけだから、傍から見れば怪しいのは同じかもしれない、などと思いながら、 シオンに電話をする。
「シオン、来てるぞ」
「やっと来てくれましたか。いよいよですね」
シオンが落ち着いた声で答えた。