さまよい続ける(8)
シオンが建物から出てきた。
近づいて来て立ち止まる。何か話している。ずっとカメラより上に向いていた視線が、カメラを捉えたように見えた。映像がぶれた。その瞬間、映像が途切れた。
ゆっくり歩いて自分の車に向かう。車に近づいたところでシオンは立ち止まり、ポケットから携帯電話を取り出す。誰かから電話がかかってきたんだろうか。
だがシオンには電話に出る暇はなかった。
さっきの2台の車から4人の男たちが降りて、シオンのほうへ近づいて来ていた。シオンの周りを取り囲んだ。 4人とも銃を手にしているのが見えた。
アヤセは自分も銃を持ち、いつでも車の外へ出られる体勢で彼らを見つめる。
シオンは4人の男たちを見ると、電話には出ずにそのまま電話をポケットにしまい身構える。
その時、1人の男が何か小さく叫んだ、ように見えた。他の男たちの動きが止まった。 すると4人の男たちはいっせいにシオンから離れ、それぞれの車に戻り始めた。
なにがあったんだ。
なぜかわからないが、男たちは急にシオンを襲うのを止めたらしい。
シオンも一瞬唖然としていたが、走り去ろうとする一人の男に追いすがり、振り払われて尻餅をつく。
アヤセはシオンが立ち上がるのを横目で確認しながら、とにかく走り去る車を追うために車を発進させた。
思ったとおり2台の車は法定速度も何も無視しまくって走り去った。 警察でもレンジャーでもないアヤセが同じことをして追うわけにはいかない。 発信機の位置を示すランプを頼りに車を追うつもりだったが発信機を付けているシオンは駐車場に残ったままである。
気がつくと発信機のランプが物凄い速さで移動している。
なぜなのか考える間もなく、ランプの場所を追って車を走らせる。
シオンから電話がかかってきた。
「アヤセさん、さっき発信機付けました」
さっきシオンが走り去る男の服に発信機を一つ取り付けたのだった。
「わかった」
発信機の後を追いながら答えた。
発信機が急に動きを止めた。その場所に彼らがいるのかもしれない。それとも発信機が見つかって捨てられたのかもしれない。
その場所にアヤセが追いついた時には、壊された小さな発信機が転がっていた。周りを見渡しても、もうあの4人の男たちの姿は影もない。
発信機に気が付いて、払い落として踏みつけたといったところだろうか。
発信機を拾った。たぶん彼らはこの小さな物体にカメラが付いていることには気づかなかっただろう。このカメラが撮った映像は既にシオンのモニターに送られているはずである。
シオンの車が追いついてきた。車からシオンが降りて駈けて来る。
「気づかれちゃいましたね」
アヤセは発信機をシオンに手渡す。
「怪我はなかったか」
「はい、大丈夫です」
「よく咄嗟にこれを付けたな」
「ちゃんと映像が映ってるといいんですけど」
シオンはちょっと嬉しそうに笑った。
「ユウリさんも来るって行ってました」
先ほど襲われる直前のシオンに電話をかけてきたのはユウリだった。
「家へ帰って、これを見るしかないな」
もう一度周りを見回した。
「どうして逃げちゃったんでしょうね」
シオンがモニターを調整しながら首を傾げたが、アヤセにもユウリにもわからない。
「でも、とにかく、相手が4人もいたのにシオンに怪我がなくてよかったわ。ね、アヤセ」
とユウリに顔を見られて、アヤセはハッとする。
「ああ」
と答える。
自分は今かなり不機嫌であり、おそらくそれが表情に出ていたのだろうと思う。 それをユウリに宥められたのだ、と気づき情けないような腹が立つような気分になる。
「見えましたよ」
シオンの声にユウリとアヤセはモニターに目を凝らした。
映像は鮮明ではない。しかしよく見るとだんだん情景がわかってくる。カメラは1人の男の腕についている。 車内で隣に座る男の横顔が時おり見える。特に焦っている様子ではない。もっとも音声がないので本当のところはわからない。 実際は非常に慌てているのかもしれない。
やがて車が止まり彼らは車を降りる。
「発信機の落ちていた場所ですよね」
アヤセが壊された発信機を見つけた場所、のような気がする。
正面から誰か近づいてくる。女性だ。
「ああ、ここで見つかっちゃったんですね」
「あの女性が見つけたのかもしれないわね。
「もう1回見てみましょうか」
車に乗り込むところからはじまり、最後の女性が近づいて話をしているところまで、もう一度見る。
「あの女アップにできないか」
アヤセが言い、女性が画面に大きく映し出される。
アヤセはモニターに近づくが、大きくすると画像が荒くなりよくわからない。
「見覚えあるの?」
「いや」
はっきりわからない。似ているような気もするが違うような気もする。
「ユウリ、この間病院の俺のところに来た時、女に会っただろ。あいつに似てないか」
「この人が」
ユウリもモニターに近づき、まじまじと眺める。
「だめ、わからない。あの時もはっきり顔見たわけじゃないし」
諦めてモニターから離れる。
「アヤセさんのお知り合いですか」
「何者?」
そう聞かれても困る。マリアのことを何も知らない。先日病室で預かったメモに電話番号が書いてあるはずである。捨てようかと思ったが結局捨てられずまだ持っている。
「名前はマリア。これはこの間渡されたけど、電話はしてないからこの番号が正しいのかどうかはわからない。これ以上は知らない」
メモをユウリに渡すと、ユウリは自分の電話を取り出した。身元を照会するのだろう。
「昔からの知り合い?」
電話をかけながらユウリが聞く。
「時間保護局に入る前、ちょっとだけな。この間数年ぶりに病院で偶然会ったんだが、その後、俺の病室に来た。ユウリが会った時だ」
しかし本当にこれはマリアだろうか。さっきの画像をもう一度見てみるが、確信は持てない。
「恋人さんだったんですか?」
シオンに聞かれて、一瞬言葉に詰まる。
「いや、そういうわけじゃないが、でもちょっとの間、付き合ってはいた」
「それって恋人さんだってことですよね」
シオンはなぜか恋人という言葉にこだわっている。
「端末貸してくれる?」
シオンが頷いて端末の電源を入れ、ユウリが紹介したマリアの情報データがモニターに映し出される。
渡された電話番号は正しいものだった。
髪が長いのはこの間病室で会ったときと同じだったが、顔はその時より幾分ふっくらしているような気がする。ちょっと古い写真だ。 名前はマリア、現在26歳。職歴なし。犯罪歴なし。住居は以前アヤセが行ったことのある場所とは違っていた。
「どう?合ってる?」
合ってるもなにもマリアのことはよく知らないのだ。年齢も今初めて知った。
「住んでる場所は4年前とは変わったみたいだな」
「ほかには?」
「いや、こいつのことはよく知らないんだ」
「お付き合いしてたのにですか?」
シオンは不思議そうな顔をしてアヤセを見ていたが、ぱっと顔を輝かせた。
「この人はきっと僕がアヤセさんと一緒に住んでるから嫉妬したんですね。だから僕を誘拐しようとしたんですね」
嫉妬などという言葉をシオンの口から聞くのはかなり違和感がある。
「いや、それはないだろ」
「どうしてですか?僕のことをアヤセさんの恋人だと間違えたんじゃないでしょうか。前にもそう思われたことありましたよね」
確かにシオンの能力を欲しがってる奴らに誘拐されるとか、殺人事件の絡みで誘拐されるなどという物騒な理由に比べたら、自分との仲を疑われて誘拐されるというのはまだ穏やかな理由かもしれない。 誤解だったで済むならそのほうがいい。でも残念ながらそれは違う。
「そういう付き合い方をしてたわけじゃないから」
「違うんですか」
シオンはきょとんとしてアヤセを見つめていた。なんて説明すればいいんだろうか、と思っていると
「肉体関係だけのお付き合いってことでしょ」
不意にユウリが口を開いた。
一瞬唖然としてアヤセとシオンはユウリを見る。
「確かにそうだ。その通りなんだが、そう露骨に言われると返答に困る。
「あ、そうなんですね。そういう意味なんですね」
シオンは納得した様子で深く頷いた。
「でも、わからないわよ。アヤセがそう思ってただけでむこうは本気、ってこともあるんじゃない」
「そうですよ、アヤセさん。深夜のテレビ相談だと大概そういう場合は女性は本気なんです」
こいつら、いったい…。
溜め息が出る。
シオンは深夜に1人でいったいどんなテレビ番組を見ているんだろうか。
「いや、それはない」
「そう思う根拠は何かあるわけ?」
なんで今になって、昔の行動についてこの2人にこんなに責めるような目で見られなきゃならないんだろうか、と思う。
「振られたのは俺のほうだから」
いったいどうしてこんなことをこいつらに話さなければいけないのか。
「ええっ、アヤセさんも振られたことあるんですか」
「なぜ振られたの?」
「わからない。突然逃げられた」
もうこうなったら何でも喋ってやろうと思う。
「あの頃はオシリスだって知られたからかと思ったけど、ほんとのところはよくわからないな。 ある日突然連絡が取れなくなって、家に行ったら引っ越してた」
そう答えると、ユウリは頷いた。
「だけどこの間は久しぶりにわざわざ病室に来てアヤセに電話番号のメモを渡してきたわけね。それはどうしてだと思う?」
「全くわからない。不自然って言えば不自然だったな」
「でも、アヤセさんに会った途端に懐かしくなっちゃったのかもしれませんよ」
そうかもしれない。
「この映像が本当にマリアなのかどうかもわからないしな」
「このデータ、随分簡単よね」
マリアの情報データを見ていたユウリが言う。
「職歴も書いてないし、家族の記載もないなんて」
あの頃、マリアは何か仕事をしてたんだろうか。学生だったんだろうか。
本当に何も知らないな、と思う。あの頃関わった女性のことは皆よく知らないが、マリアは他の女とは少し違う。遥かに印象に残っている。
「とにかく行ってみるか」
電話番号のメモを見つめる。
「連絡しろってことだろうし」
「アヤセさんもこの発信機付けて行ったらいいですよ」
「明日は私休みだから、もし何かあっても対応できるからちょうどいいな。ここで発信機見ていられるわ」
カメラ付きの発信機を付けて、そしてそれをユウリに監視されている状態でマリアに会いに行くというのは正直言ってぞっとする。
「それまでにこの人のこと、もう少し詳しく調べてみる?」
映像データを見てたユウリが顔を上げた。
「何かあてがあるのか」
「知ってる情報屋がいるの。ちょっとお金かかるけど」
情報屋なんてものを使っているのか。
「明日までに調べられるかどうかはわからないけどね」
そう言いながらユウリはもう電話をかけ始めている。