さまよい続ける(9)
「インターシティ警察も最近駄目だね」
電話の向こうのメイに言われる。
悔しいが、少なくともインターシティ警察が管理している人物データベースに漏れがあるのは確かだ。この間何者かにコンピュータシステムに侵入された時も、データは改ざんされなかったということになっているが、実際は被害があったのかもしれない。
「明日までに調べられる?」
「あした?」
驚いた声が返ってくる。
「できれば明日の朝までに知りたい。それが無理ならできるだけ早い時間に欲しいの」
「明日の朝までって、夜中に調べろって言うの」
メイは思わず笑い出している。
「ユウリ、言うこと無茶だなあ」
やはり無理か。仕方ない、と思っていると
/ 「いくら出す?」
笑い混じりでメイが言う。
「調べられるってことなの」
「いつもと同じ値段で明日までにっていうのは無理よ」
もしこの発信機の映像がマリアという女性ではないとしたらわざわざメイに調べてもらうのは無駄な行為だ。
アヤセを見る。眉間に皺を寄せてユウリを見守っている。
この映像が本当にマリアだったら、高いお金を払ってでも調べてもらうべきだろう。
これは賭けだ。
「いつもの3倍出すわ」
電話の向こうでメイがにやりと笑っているのが見える気がする。
「もう一声」
と言われてユウリは小さく溜め息をつく。
「明日の朝までに調べてくれればいつもの4倍。昼までならいつもの3倍。それ以降ならいつもと同じ金額ってことでどう?」
「了解。情報が入り次第連絡する」
すぐに電話を切ろうとするメイに思わず
「危険な女かもしれないから、気をつけて」
と声を掛けると、メイはまた笑う。
「今更なに言ってるのよ。これだけ無理なこと言っておきながら」
この依頼はメイを危険な目に合わせることになるかもしれない。そう思うユウリの不安を打ち消すように
「だけどユウリが心配することないわ。私は仕事として請け負っただけだから。この情報を探るために命かけたりしないわよ」
と言って電話を切った。
こういうところが助かる。メイはいつもビジネスライクである。淋しい気がすることもあるが、余計な気を使わずに済む。
電話を切るとアヤセが
「3倍も4倍も料金払えるのか」
と聞くので
「3倍の時はアヤセとシオンにも払ってもらうわよ。4倍の時はドモンにも払ってもらえば大丈夫でしょ」
と答えた。
「おまえ……」
アヤセは言いたいことがありそうな顔のまま絶句した。
「あ、ドモンさんにまで…」
シオンも言いかけて言葉を失う。
「なに勝手に決めてんだよ。普段いったいいくら払ってるんだ」
いつも払っている金額を教えると、アヤセは少し不思議そうな顔をする。
「その値段は、安いんじゃないか」
「そうなのかな」
「情報屋の相場なんて知らないけどな」
安いのならいいじゃないかと言おうとすると、先を越された。
「だけど俺にとっては高い。こんなに払ってられっかよ。おまえ達と違って高給取ってないからな」
「何言ってるのよ。私だって高給なんて取ってないわよ。それに今月はもう一回使っちゃってるんだから、そんなに払えないわよ」
「インターシティ警察のデータに穴があるからこんなのが必要になるんだ」
本当のことを言われて腹が立つ。確かにその通りなのである。インターシティ警察のデータは不完全だ。それだけじゃない。最近の捜査のあり方にもかなり問題がある。
「もともとアヤセが自分が付き合った女のことぐらいちゃんと知っていてくれれば、こんなこと調べる必要なかったのよ」
思わず言い返した。アヤセはあからさまに不機嫌な表情のままだ。
「あの…」
シオンが口を挟んだ。
「僕が払います。もともと僕のためにやっていただいてることですし」
シオンのためにやっている。アヤセはそうだろう。
でも自分は違う。シオンのためにやっているというだけではない。それなのにアヤセやシオンやドモンにまで料金を払わせるのはおかしい。だが自分にも金銭的な余裕がない。
「シオンが気にすることないのよ。シオンには全然責任ないんだから。アヤセはきょうは勝手に機嫌が悪いだけ。アヤセ、払ってくれるでしょ」
アヤセは溜め息をついた後、苦笑いして頷く。
「わかったよ。払うよ」
シオンが上目遣いにアヤセを見て、アヤセはシオンに頷き返した。
「シオン、私の車にモニター取り付けることできる?」
「できます」
「それなら明日は私も近くまで行って車で待機するわ。そのほうが何かあった時に対応しやすいし」
「カメラだけじゃなくて、マイク付けた発信機も作りましょうか」
「ああ、そうね。そのほうがいいわ。このマリアって人が本当にきのうの女だったら、目に付くところに発信機付けてたら気づかれちゃうからカメラはあまり意味がないわ。マイクのほうがいいわね」
アヤセはギョッとしたような顔をした。だが何も異論は言わなかった。
アヤセの電話が鳴ったのはその日の夜遅くのことだ。
ユウリ達と明日の打ち合わせをしていたのでさっき横になったばかりで、ようやく眠りかけてきたところである。
電話に出ながら時計を見ると、もう少しで午前2時になるところだ。
枕もとの明かりを付けて電話に出る。電話番号に覚えがあった。
「はい」
起き上がって、ベッドに腰をかけた。
「……アヤセ」
電話の向こうで小さく呟く。
「もう寝てた?」
「ああ」
「ごめん」
誰なのかはわかっているが、このまま名前を確かめないのも不自然だろう。さっきまでマリアについて話し合っていたことなど、彼女は知るはずがないのだから。
「マリアなのか」
「うん。よくわかったね」
「どうした」
「アヤセが電話してきてくれないから」
マリアは、へへへ、と照れたように笑った。
明日、自宅へ押しかけようと思っていた、とは言えない。
「今から、会える?」
静かな口調だ。マリアはいつも静かに話す。
「今から…って午前2時からか」
「昔はこのぐらいの時間から会ったりしてたじゃない」
そうだった。あの頃は昼も夜も関係なかった。真昼間から会いに行き、真夜中に呼び出された。
だがそれはもう遠い過去の話だ。なぜ今になってまた会いたがるのか。全く見当がつかない。
「何かあったのか」
「会ってくれる?」
どっちみち会いにいくつもりだったのだ。明日だろうがきょうだろうが、たいして変わりはない。
「今マリアから電話があった。これから自宅へ会いに行く」
電話を切るなり隣の部屋へ行くと、発信機にマイクを付ける作業をしていたシオンが顔を上げた。
「えーっ、何があったんですか」
「わからない。来てくれ、っていうから行ってくる。明日まで待って逃げられたりしても困るからな」
4年前に、マリアの家を訪れた時にもぬけの殻になっていたことを思い出す。
「マイク付けるの、間に合いませんね」
少しほっとした。マイクで音を拾えたほうが都合がいいのはわかっているが、聞かれていると思いながら自然に話をするのは難しい。
「会話、聞かれちゃうのはやっぱり嫌ですか」
シオンがにっこり笑う。
読まれてる。感情が顔に出ているらしい。
「ああ、嫌だな」
正直に答えた。
「あっちの事件はどうなってるんだ」
車の中からユウリに電話をかけた。
シオンの同僚のテージョ星人が殺された事件の最新の情報について、本当はさっき聞いておきたかったのだがシオンの前だったのでやめておいた。
やめておいてよかった。
シオンを襲って捕まっている二人は、シオンを襲おうとしたのは殺されたテージョ星人の依頼だったと言っていること。しかし実際には襲わずに一方的にシオンに怪我をさせられたと言っていること。そして警察もなぜか彼らの言い分を信じていること。
ユウリから聞いたのは、信じられないことばかりだ。
「そんな馬鹿なことを言ってるのか」
呆れた。本気でインターシティ警察はそんなことを考えているのだろうか。
「本当にあのテージョ星人の依頼だったなら、きのうまたシオンが襲われるのはおかしいわ。だけど結局きのうシオンは襲われなかったから、テージョ星人の依頼じゃないという証拠がない」
「発信機の映像じゃ駄目…なんだよな」
「勝手に発信機を付けたアヤセとシオンまで罪に問われちゃうわよ」
そうなのだ。それはわかっていた。だからこそユウリに相談せずに勝手にやったのだ。
この時代の法律は、お互いの権利が保護されているのはいいのだが、それに偏りすぎているように思う。タチが悪い奴らの権利ばかり保護してどうするのだ。
「やはりさっき、無理やり追いかけてとっ捕まえて吐かせるべきだったな」
「ちょっと、無茶なこと言わないでよね。そんなことしたら先にアヤセがスピード違反で捕まるでしょ」
ユウリが少し声を荒げる。アヤセにもそれはわかっている。捕まれば裁判になって長くなる。わかっているからあの時追いかけることができなかったのだ。
「冗談だ」
「冗談に聞こえないわよ」
20世紀は楽だった。警察の能力もセキュリティも31世紀の常識からすると非常に不十分だったしいいかげんだった。だからこそ警察無線を傍受することもできたし、ユウリ以外殆ど実戦経験のない自分たちがロンダ−ズを逮捕できたのだと思う。
しかし20世紀の警察にしてもシティガーディアンズにしても、その能力は31世紀より劣っていたに違いないが信用はできた。
インターシティ警察を信用しては駄目だということなのか。
「俺を捕まえる前に、あいつらをスピード違反で捕まえるべきだと思うがな」
ユウリは少しの間押し黙っていたが、やがて低い声を上げた。
「悪いと思ってるわ」
「なにが」
「アヤセがこれからすることは、本来なら警察でやることよね」
インターシティ警察のやり方に納得が行かない気持ちは自分よりむしろユウリの方が強いだろうと思う。シオンが襲われたことまで疑われているのでは、シオンの友人であるユウリは、警察で立場が悪くなっているのかもしれない。
「ユウリが悪いと思うことはないだろ。インターシティ警察の代表者じゃないんだから」
「…そうかもしれないけど」
「おまえもいろいろ大変だよな」
ユウリに迷惑をかけたくなくて、シオンと2人で始めた計画だったのだが、結局巻き込んでしまった。
「アヤセ」
電話の向こうのユウリの口調が少し変わる。
「寝てなくて大丈夫なの」
「え?」
「あなたは今、自宅療養中で仕事休んでる、って覚えてた?」
ああ、そうだった。忘れるところだった。思わず笑いそうになる。
「睡眠薬盛られなくても、眠りこけてたりしてな」
「真面目に聞いてるんだけど」
わかっている、とアヤセは思う。
ユウリは俺のことが心配なのだ。俺が体調を崩すことが心配だ。俺が失敗して危険な目に合うことが心配だ。俺の失敗で重要な何かを取り逃がすことが心配だ。俺の現在の能力自体が心配なのだ。
わかっているから笑いたくなる。
「大丈夫だ」
答えが笑い混じりになる。
「ちょっと」
ユウリがムッとしているのがわかる。
笑いを消してもう一度答える。
「途中で寝たりしないから心配するな」
たぶんな、と心の中で言う。